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シュガー・シュガー・シュガー(!)  作者: 助供珠樹
大学一年:4~7月まで(エピソード1)
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プロローグ『ノンシュガー』

 ――女が寝ている。


 悟司はその場に凍り付いたまま、これは幻覚なのではないかと目を疑った。


 ありえない。


 だって“女が寝ている”のだ。


 もちろん単に「女が寝る」、それ自体に関しては特別珍しいことでもなんでもない。事実、実家の母親は日がな、リビングのソファーに身体を預けながら、つけっぱなしテレビの前でぐうすか眠っている。

 男女の問題などではない。人は寝る。

 そんなの幼稚園児にもわかる当たり前のことだ。


 では一体、その何が“ありえない”というのか。


 それは女が眠っている場所が「今日から自分が住むはずの部屋」だということだ。見るからに温かそうな布団の中にくるまって、その女はすやすやと可愛らしい寝息を立てているのである。


 なぜ? どうして?

 悟司の頭がぐるぐると混乱し始める。一体ここで何が起きているのだろうか。


 しかも、だ。

 今日から住む予定であるはずのこの部屋には、見たこともない荷物が散乱している――といっても数は少なく、どうやら家電製品もろくに揃っていない。そこらに転がっている段ボールの多くは、まだ封の切られていない状態のままであった。

 まるで、この女もつい最近この部屋へと越してきたばかりの様なのだ。


 これはもしかして――部屋を間違えたとか?

 慌てて悟司は、自分の部屋の鍵をポケットから取り出した。

 部屋に入る前に、部屋番号の方ははっきりと確認して鍵を開けたはずなのだが。一応。


『一○一号室』


 鍵にはそう書かれたネームタグがしっかりとついていた。

 やはり間違いない。ここは今日から自分が住む予定の部屋なのだ。

 悟司はそっと鍵をポケットの中へと戻すと、再び目の前の彼女を見た。


 そこでまた最初の疑問へと戻る。

 では、どうして自分の部屋に見知らぬ女が寝ているのだろうか?

 布団まであるぞ。


「んん……」


 突如、静寂していた室内にそんな声が漏れる。

 悟司はびくっと肩を震わせて思った。まずい。この状況はなにかまずい気がする。


 だが、一体何がまずいというのだ? ここは今日から自分が住む部屋のはずだ。勝手に不法侵入しているのは彼女の方じゃないか。

 さっさと彼女を叩き起して、すぐにでも安穏とした空間を取り戻すべきではないのか。


 どうした! ほら! いけ!


 そう気持ちを奮い立たせてはみるが、出来るわけがない。なぜなら相手は女性だ。悟司は小中高、ろくに女性と喋った経験がなかった。


 ――そういえばたった一人だけ、高校の頃にギターを教えてもらった女子の先輩がいた。

 いるにはいたのだが、それはとある一つのささいなきっかけから、偶然にも話す機会が生まれてしまっただけのことであって。


 かように見ず知らずの、無防備に寝っ転がっている女性の肩を揺すって、「出て行け!」と言えるようなコミュニケーション能力(そう呼んで良いべきものかどうかわからないが)など、悟司には全くと言って良いほど持ち合わせていなかった。

 

 ……そもそも男同士ですらうまくコミュニケーションが取れやしないのに。


 極度の人見知りと根っからのあがり症を併せ持った、まさに逸材ともいうべきコミュ障の中のコミュ障。悟司は慣れない相手だと、誰であろうが必ず言葉がどもってしまうのだ。


 そんなわけで、ただひたすら硬直し続けるしかなかった。

 他人とろくにコミュニケーションがとれないくせに、「それでもここは自分の部屋なのだから、こちらが出て行くなんておかしい」といった、これまた妙に頑固な性格が完全に足を止めてしまっていた。


 大体、外は信じられないほど寒いのだ。


 暦で言えば現在は三月の末。

 だが場所は北海道にある小さな田舎町。


 いまだ雪もしんしんと降りしきるこの町の外へ出て、いつ起きるかわからない女性のために外で待機など馬鹿げている。


「んん……。ふぁ……んー」


 再びそう声が聞こえたかと思うと、布団がもそっと大きく膨れあがった。

 目が覚めたのか?

 悟司はようやく言葉をかけることが出来ると思って、どきどきしながら彼女の方を見た。


「す、すみませ――」


 寝ぼけ眼の彼女が、悟司の方を振りかえる。

 その瞬間、布団がばさりとはだけて彼女の上半身が露わになった。


「「…………え?」」


 二人全く同じタイミングで、そんな台詞がまろび出る。


 布団の中から現われた女性の姿は下着姿であった。

 それも悟司より一回り、いや二回りほど小さな体格の女性。


「「……………っっ!?」」


 ごん、と床にギターのハードケースが落ちる鈍い音がした。

 続く、彼女の絶叫。


 朱に染められていく彼女の表情を、悟司は呆然と見届けることしか出来なかった。


 樫枝悟司、十八歳。

 樫枝千佐都、十九歳。


 この二人の出会いはかように珍妙で、およそドラマチックとは言いがたいものであった。



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