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呪われたもの  作者: ありま氷炎
第三章 海と空
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リン。明日、帝は宮を離れて、雁山かりやまに行くんだ。いい機会だと思わないかい?」

 クウは凛の長い前髪をその長い指に絡めながら、そう囁く。凜は空の側から体を起こすと真っ青な着物を羽織った。そして背を向ける。

「君はつれないよね。でもそこが僕の好むとこなんだけど」

 空も体を起こして肩まで伸びた黒髪を鬱陶しそうに振り払う。空は帝によく似た顔立ちをした男だった。年ごろは二十代後半、凜は空の身分を知らなかった。黒族であることは間違いがないのはわかっていた。しかし身分を知るのが怖く聞いたことがなかった。

「僕が帝を招いたんだ。お茶をしようと思ってね。どう?」

「……そうだな。いい機会だ」

「じゃ、決まりだね。楽しみだよ。今朝もいいとこまで行ったみたいじゃないか。おかげで典の奴が側にいない。凛、草とともに腕の見せ所だよ」

 ふふっと空が笑う。

「凛。僕は母上が亡くなってからこの日をずっと待ち焦がれてたんだ。帝が死ねば、継承権は叔父である僕に回ってくる。帝の子供は草しかしない。純粋な黒族ではない草は帝になれないからね」

 帝の叔父という男は、着物の帯を締め部屋を出て行こうとする氷の呪術師の腕を掴む。

「だめだよ。凛。計画をまだ練っていない。今夜は部屋に帰さないから。草もわかってると思うけど?」

 空は凛の腕を掴み、胸にその体を抱く。甘い囁きがその行動を封じる。


 氷の呪術師は空の腕の中で人形のように無抵抗だった。

「凜は本当にきれいだ」

 空は狐のように笑うと凛にくちづける。


 宮京の離れにある屋敷はみなに見捨てられたように静かだった。


「やっぱり帰ってこない」

 月が真上に上がり、時刻は真夜中であった。

 ソウは襖を閉めると床に入る。


 空を一緒にいる凜は別人のようだった。そしてこうやって夜は帰ってこないことが多かった。

「しょうがない。寝よう」

 深く考えてもしょうがないと草はあくびをして目を閉じる。

 母親を突然なくし、その死直前に自分の父親が帝をあることを知った。

 迷わず宮京に向かった。

 警備兵は冷たく自分をあしらった。しつこく絡む草に苛立ち、刀を振り上げ、凛が止めに入った。止められなかったら自分は殺されていたかもしれない。


 凜は命の恩人だ。 

 そして空は生きる道を授けてくれた。


 母を、自分を捨てた帝を殺す。


 草にとって、それが今自分が生きている証であり、目的だった。





「子供?」

「そうです。草っていうかわいい少年です。黒髪に緑色の瞳という変わった色彩の組み合わせでしたが……」

 男からレイの住んでいる場所を聞き出し、ラン達は男を森の外まで送り届けると紫曼しまんの町に向かった。

 思っていない情報に飛ぶのが苦手なキョウも嫌な顔をせず、藍達と供に紫曼に向かった。

 

 眠い…


 朝から宮に引っ張り出され、緑森国りょくしんこく碧雲国へきうんこくに飛び、紫曼の町まで足を伸ばすことになり、藍の体力は限界に達しようとしていた。

 しかし、ここで弱音を吐いたら、じゃあ、君はその姿でいいよねと師に嫌味を言われる可能性があり、藍は必死に師と供に強を支え、飛んでいた。


 ぐらっ


「大丈夫か?」

 紫曼の町に降り立ち、眩暈を覚えた藍はがしっと強に腕を掴まれた。

「あ、ありがとうございます」

 やばい…

 強様も自分も大変なときに…


 自分の腕を掴み、側に立つ強を見上げると同じように青ざめた顔をしていた。

 こちらは疲労というよりも、長く飛んだせいで、吐き気を催しているようだったが…


「強様、大丈夫ですか?」

 藍の問いに、強はこくりとうなずく。


 大丈夫じゃないよね。


 続きは明日、ってことにはなんないかな。


 藍はちらりとテンを見る。

 すると師は弟子の視線と気分が相当悪そうな親友を見て、ため息をつく。


「しょうがないな。今日はこの街に一晩泊まろう。麗の詮索は明日の朝だ。こんな遅い時間、動いてもしょうがないだろう」

「しかし…大丈夫なのか?」

 

 大丈夫って、帝のこと?

 やっぱり兄といってもケンさんじゃ心配よね。


「大丈夫だろう。宮に張った結界は強力だ。帝はしばらく宮を出る用事がないはずだ」

「そうか、なら安心だ」

「強、賢もああ見えて東の呪術師だ。この国では多分五本の指に入る力量だ」

「五本の指?そんなに強い呪術師がいるんですか?」

 師からそんな話を聞いたことがなかった藍は疲れた体に鞭打ってたずねる。

「ああ、一番はもちろん私だが、他に四人ほどいる。賢は四番手くらい、その次が君じゃないかと思っている」

「私?私もその中に入るんですか!!」

 藍は疲れも吹き飛ぶ勢いで喜ぶ。


 賢さんの次ってとこがちょっと許せないけど、すごい五本の指に入るなんて!


「そう、だから、この件が終わったら宮に残ってくれるよね?」

「それは簡便してください。宮は嫌いです」

「どうしてかな?宮には強もいるし」

「俺か?何でそこで俺なんだ?」

「だって君は藍のことが好きだろう?」

「?!」

 典からふいに話を振られ、強は飛び酔いも忘れ、男前の顔をゆがめる。若干赤くなっているように見えないこともない。

「典様、強様をダシにしても私は残りませんよ。宮は大嫌いなんです。だいたい強様が私のこと好きなわけないじゃないですか!」

「そうかな?そうなの?強?」

「…そんなことは…」

「ほら、藍。みてごらん。やっぱり強は君のことが好きなんだ。どうせならここは仲良く二人で同じ部屋でも取るかい?」

「なんでそうなるんですか?!」

「典!」

「冗談だよ。冗談。さ、早く、宿に向かおう。私も少し疲れた。休みを取りたい」

 典がけらけらと笑いながらそう言い、話はお開きになった。

 藍は村に行き、いつもと様子が違う師を心配していたがこうして軽口を叩く様子をみて安心していた。


 でも頭にくるけどね。


 典を先頭に眠りに入った紫曼の町に藍達は足を踏み入れる。

 動くものは何もなかった。

 宿を表す提灯の明かりを頼りに三人は宿を探す。そして面倒だからと三人部屋を取った。

 信じられない、典様の馬鹿!と思いながらも藍は疲労には勝てず、二人よりも先に眠りに落ちた。


「典、大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だよ。明日は朝から行動だ。早く寝よう。強、悪かったね。藍と二人っきりになりたかったんだろう?」

「典!」

「冗談だ、冗談」

 典はクスクス笑って床に入る。部屋はベッドではなく、布団を敷いて寝るようになっていた。

 寝入った藍を一番端に寝かせ、二人の男は隣あわせで寝ることにした。

 典が寝息を立てたのをみて、強も目を閉じる。

 頭の中で鐘が鳴っているような気がして、気持ちが悪かった。しかし眠るしかないと目を閉じる。

 すーすーと静かなかわいらしい寝息に強は思わず目を開ける。藍の平和な寝顔がすぐ横にあり、男前の警備隊長は胸がざわつくのがわかった。


 そしてすくっと立ち上がると座敷ではなく、廊下に布団を引くと横になった。


 『藍のことが好きだろう?』

 笑い混じりに典にそう聞かれたことを思い出す。

 そんな感情ではない。

 脳裏でそう答えると意地っ張りの警備隊長は目を閉じた。



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