六
「空……その髪は」
「似合うかい?」
目を覚ますとそこに髪を短髪にした空の姿があった。肩まであった髪をばさりと切り、女性のような繊細な輪郭があらわになっていた。垂れていた前髪は短くなり、その黒い瞳がくっきりと見えた。
「印象がまったく違う」
少年のような空の様子に凛は驚きを隠せなかった。
「草に、草に似てるだろう?」
空が悪戯な笑みを浮かべる。
「髪を切るまでわからなかったんだ。まあ、似てて当然だけど。草は僕の甥の子供だからね」
少年のような空は目を細める。
「…っつ」
そんな空に触れたいと思い、体を布団から起こそうとして凛は顔をしかめた。背中にひきつるような痛みが走る。
「無理しないほうがいいよ。背中の傷、治ったと思ったんだけど……。ごめん」
空はその黒い瞳に影を落とし、凛の頬を撫でる。
「なんで謝るんだ。これは私の判断でやったこと。あなたのせいではない」
「……でも僕が君を傷つけた」
「そんなこと、私はあなたになら殺されていいのに」
愛する人の言葉に空が目を見開く。
「空。私はあなたを愛してる。本当はずっと言おうと思っていた。でも言えなかった」
凛の告白に空は目を瞬かせる。
「空。頼む。私と共に生きてくれ。私を置いて、死のうなんて考えないで」
南の呪術師は頬に触れる、愛する男の手に自分の手を重ねる。
「凛……」
「頼む」
「わかったよ。凛」
空はふわりと笑うと凛に唇を重ねた。
「紺、話がある」
空と凛を部屋に残し、二人は部屋の外にいた。
腕を組んでたたずむ紺に草は恐る恐る話しかける。男は少年に冷たい視線を向けた。
南の呪術師に弟子入りし、呪術を知った。その理由は父――帝への復讐であったが、父と和解した今、その必要はなくなっていた。
しかし、草は呪術を極めたいと思い始めていた。師匠や宮の呪術師、呪術司などの力を見てきて、その力に心が震えた。
そして誰よりも強い呪術を使う紺は少年にとっては畏敬の存在だった。南の呪術師である凛は、これから空を共に人生を歩んでいくことを草は知っていた。藍に実家の店に誘われたが、呪術を極めるにはそれは足りないような気がした。
空が凛と歩むのであれば、紺は空のもとを離れるはずだった。南の呪術師が傍にいれば、空の身辺に不安はない。しかも宮からの追及はもうないはずだった。
少年はこれがいい機会だと思った。
震える拳をもう片方の手で押さえ、草は足を踏み出す。
「紺…、紺様!俺を。俺を弟子にしてください!俺はあなたみたいな強い呪術師になりたいんだ」
「……断る。俺は弟子などを取るつもりはない」
紺は草を一瞥すると迷いもなくそう答える。
少年は予想していた答えに肩を落とす。しかしあきらめるつもりはなかった。
「お願いだ。お願いします!」
草は必死に頭を下げる。
「断る。俺は人に呪術を教えるつもりはない」
「紺様!」
「紺!」
ふいに少年ではなく、主人の声がして紺は顔を上げる。
襖が開けられ、空が顔を見せる。
「紺。弟子にしてあげなよ。僕は凛と共にこの国を出るつもりだ。君についてきてもらうつもりはないからね。僕は凛と二人で新しい人生を歩むつもりなんだ」
「……空様!」
「駄目だよ。僕は凛と生きて行くんだから」
主人のつれない言葉に、紺が落胆するのがわかった。
草はその姿に一抹の同情を覚えながら、いい機会だと捉える。
「紺様。お願いします。凛様が空様と旅立つと俺は師匠を失います。だから」
「そうだよ。紺。草一人だと凛が心配するだろう?僕の代わりだと思って、草を弟子にしてあげなよ」
にこにこと空が部屋から微笑みを向ける。
坊主頭の屈強の呪術師は、主人の顔を見た後に、目の前で頭を垂れる少年に目を向ける。
鍛えがいがありそうな少年ではあった。しかも素質は十分だ。わずか数カ月で宮の呪術師と戦えるほどに呪術を身に付けることなど通常の者では無理なことだった。
「…了解いたしました。空様の願いとあれば、この紺聞くしかないでしょう」
「あ、ありがとうございます!」
「よかったね。草。凛、これで君も安心だろう?」
空は後ろを振り返る。すると凛が安堵の笑みを浮かべて頷くのが見えた。




