五
「…典様!」
目を覚まし、そこにいたのが金髪に緑色の瞳を持つ美しい師匠であることに気づき、藍は安堵する。
もう会えないかと思っていた。
「心配かけたね。でも君のほうが重傷みたいだ」
典は痛々しい姿でベッドに横たわる弟子を愛しげに見つめる。
あの時、死を受け入れていた。
しかし、藍の声を聞いて術を試してみる気になった。
「それで…どうなったんですか?」
周りを見渡し、自分たちしか部屋にいないこと確認して、藍は尋ねる。
「うまくいったよ。計画通り」
宮の美しき呪術司は艶やかに笑う。
呆と桂には今後余計なことを話さないように呪いをかけた。そしてどさくさにまぎれて作り物の死体は焼却した。悪人だが、単純な二人は典の誘いに簡単に乗り、自ら証拠隠滅してくれた。
「……傷が完治するまでは、宮から出たら駄目だから。わかってるね」
「……わかってますよ。いくら私でも傷が開いて死ぬ思いをするのは、もう嫌ですから」
「いい子だ」
典は腰を上げると藍の頭をふわりと撫でる。金色の髪はらりと顔にかかり、藍はなんだか胸がどきどきした。
「じゃ、私は忙しいから。また来るよ」
宮の呪術師は弟子の動揺を知ることもなく、くるりと背を向けると、扉へ足を踏み出す。
「でも傷が治ったら村に戻りますから!」
なんだか、からかわれた気分になり、藍はその背中に対して叫んだ。
「…わかってるよ」
典は振り向くこともなく手を振ると扉を開け、部屋から出て行った。
ばたんと音がして、藍が取り残される。
村に戻るつもりだった。
宮なんて嫌いだった。
しかし、藍はなんだかこのまま宮にいて、典と強と一緒にいたいと思うようになっていた。
「典……。空は無事なのだな?」
「はい。御心配無用です」
人払いをした部屋の中で、帝と宮の呪術司はそんな言葉を交わす。
空の首が飛んだのを見て、帝は心臓が締め付けられる思いがした。
幻ではなく、本当のようだった。
誰もが空と紺は死んだと思っている。
将軍さえも空の死を疑っておらず、呆と桂を牢から出したことを後悔していた。
「会うことはもう叶わぬな。わしは空にもう一度会って詫びたかった。あの時、空の手を離したことを詫びたかった……」
帝と空を会わせることはできない。
会わせてしまうとそこから空の生存が外部に漏れる恐れがあった。
典は帝の顔をじっと見つめる。
「空は幸せになるだろうか……?」
「はい。きっと幸せになるでしょう」
空の傍には愛する者がいる。
その者が傍にいる限り、空は幸せだろうと思う。
「ならばよい。しかし、草には再び会うことは可能だろうか」
「それは大丈夫です。私が時折宮に連れてきまししょう」
「そうしてくれるか?」
「もちろんですとも」
帝の麗に対する想いは消えることはない。しかし、表立って口にすることはできない。内所という犠牲があり、帝は草のことを公式に御子であることを認めることはやめた。それは本人の希望でもあり、宮の平和を保つためでもあった。
「草がこれからどうするつもりか、知っておるか?」
「彼は呪術師を目指すでしょう。素質は十分です。私を超える呪術師になるでしょう」
「それは頼もしい言葉だな」
「本当ですとも」
帝の言葉に典は自信たっぷりに返した。




