三
「凛!」
「凛さん!」
光が弾け、二人は目の前に立ちふさがる人物を見て声を上げる。
「間に合ってよかった」
凛はぎこちない笑みを二人に見せる。
え?なんで凛さんが?
確か、賢さんと明様が止めにいったんじゃ?
「空も草も無事だ。東の呪術師と宮の女性呪術師も死んではいない」
強の腕の中で唖然とする藍に南の呪術師はそう答える。
「裏切りものが、何のために来たんだ?」
「裏切りもの?最初からお前たちみたいな輩と組んだつもりはない」
呆に向かって凛はそう言い放つ。
「ふうん。あんたも傷を負ってるんだろ?あたいを甘くみると痛い目見るよ」
切り落とされた腕を抱える呆の前に立ち、桂が睨みを利かせる。
そうだ、凛さんも背中に傷が……
「残念ながら、傷はほぼ完治している。覚悟するのだな」
南の呪術師は刀を抜くと、構える。
「警備隊長。その娘の怪我の手当てを急いだ方がいい。ここは私に任せろ」
「……すまん」
「強様?凛さん?!」
嫌だと抵抗する藍を抱え、強がくるりと凛に背を向ける。
「強様!離して下さい!」
しかし警備隊長は愛しい女性の願いを無視して、走り出す。
「あらら、美しい友情だねぇ」
藍達から興味が薄れたのか、桂は二人を追おうともせず、凛に対峙する。南の呪術師の傷が完全に癒えていないことはわかっていた。しかも、その傷だらけの様子から、誰かと戦闘をした上でこちらに来たようだった。
桂は今日こそは自分に勝機が回ってきたと満悦な笑みを浮かべる。
「さあ。始めようか。南の呪術師様」
闇の呪術師は舐めまかしい唇をちろりと赤い舌でなめると、懐から小刀を出し、構えた。
「強様、離してください!」
藍は強の腕の中でもがく。
しかし強の腕の力が弱まることはなかった。
凛さんも怪我してるし、そんな……
「お願いです!」
「駄目だ。君に死んでほしくない。頼む。おとなしくしてくれ。動くと出血する」
ぎゅっと抱きしめられ、かすれるような声で懇願され、藍は押し黙る。
「大丈夫。凛はやられはしない。典も術を成功させるだろう」
それは祈りのような言葉に聞こえた。
「だから藍殿。君は君のことだけを考えてくれ。頼む」
傷がじくじく痛み、正直眩暈がしていた。こんな状態あの場にいても役に立たないことはわかっていた。しかし、戦場から逃げるようなことはしたくなかった。
自分を抱いて走る強の顔は強張っていた。自分を本当に心配しているのがわかる。
「……わかりました」
藍は唇を噛みしめるとそう答える。
「ありがとう」
強は、にこりを微笑む。
ありがとう……って、それは私の台詞なのに……
なんで、強様が……
「俺は君に生きていてほしい。だから……これは俺のわがままだ」
そう言った彼の顔がすこし赤らんでいるように見えた。
藍はその胸に顔をうずめる。彼の想いが伝わり、どう答えていいかわからなかった。
沈黙が流れ、二人は医部にたどりついた。
「医所!」
そう叫び強は藍を連れ、1階の医室に駆けこんだ。
刀が振り下ろされた。
しかし、それは典に届く前に止まる。
空気が張り詰めていた。
音が聞こえなかった。
宮の呪術師は前帝の弟の姿のまま、ゆっくりと立ち上がる。
「紺殿。力を貸してくれたんですね」
典は同じように立ち上がった背の高い影にそう声をかける。
「気まぐれだ」
紺はニコリともせず、そう答えた。
そこで動いているものは二人だけだった。
すべてのものが時を止めていた。
飛んでいた鳥はそのまま宙で動きをとめ、帝達がこちらに視線をむけたまま身じろぎもしない。
「こんなことが可能だとはな」
「あなたの力のおかげです。私一人では力不足でした。さあ、早く身代わりを作りましょう。この状態も半刻しか持ちません」
紺は頷くと懐から紙を取り出す。紙に文字をしたためるとふっと息を吹きかける。するとそれはもう一人の紺になった。
「さすがですね。じゃ、次は私の番ですね」
典は空の容姿のまま、ふわりと笑うと同様に紙を取りだし、力を込める。
すると紙は空の姿に変わった。
「さあ、ここからが私の腕の見せ所です」
空の顔で自信たっぷり微笑む様子に紺が口をゆがめる。
典はそれに構わず、宙に両手を掲げて、空気を掴むように動作をした。すると紙から二人の姿に化けたものは動き出した。
「空様のそんな姿など見たくはないのだがな」
「仕方ありませんよ。こうしないと空様は一生、宮に追われます」
身代わりの二つの体は刀が振り下ろされるはずの場所に膝をつけ、頭を垂れる。
「さ、こんなものでしょうか。後は私達ですね」
「何に化けるつもりだ?」
「呆と桂はどうですか?どうやら結界の外で騒いでいるみたいですし」
「それはいい考えだな」
紺は腕を組んでうなづくとパチンと指を鳴らす。
「え、あ。私が桂ですか?」
空の姿から桂の姿に変化したのに気付き、宮の呪術師はその真っ赤な唇をゆがめる。
「そうだ。俺は女などになる気はない」
紺は皮肉な笑みを浮かべる。
「はあ。しょうがないですね。それじゃ、あなたが呆に」
典は目を閉じると、手の平を紺に向ける。すると、紺の姿が毛むくじゃらな猿男の姿に変化した。
「さあ、術を解きましょう」
呆の姿になり、ぎこちない動きを見せる紺に笑いかけると、桂の姿の典は両手を合わせる。
その動きは本人と異なり上品なもので、毒香のない色香が漂う。
中身が違うとこうも印象が違うのだな。
「紺殿?」
自分の動きに呼応しようとしない紺に典が呼びかける。
「ああ、術を解こう」
そんな馬鹿げたことを考えた自分を冷笑し、紺は目を閉じる。
パシンっと音がして、光が弾けた。




