二
「呆、桂!」
藍と強は牢にいるはずの二人の姿を確認し、立ち止まる。
二人はにやにや笑いながら、文字が書かれた結界石を弄んでいた。
「お前たち、どうしてここに!」
「おやおや、警備隊長どの。そしてお若い呪術師。こんな時にデートかあ?」
「あたいたちは将軍の使いで、処刑の見張り番さあ。なんでも処刑が無事にすんだらあたいたちを無罪放免にしてくれるっていうからさあ」
「無罪放免?!」
「そうよ。粋な将軍様さ」
父の所業に顔を曇らせる強に呆がにやにやと笑みを向ける。
「男前さん、なんなら将軍様に確かめてみるかい?」
桂は真っ赤な唇から、ちろりと赤い舌を出して、そう問う。
「その必要はない。その石を元に戻すのだ」
強には父が空を毛嫌いしていることを考えると、聞かずともそれが本当であることがわかった。しかし、その代償にこの悪徳呪術師を放任するのは度が過ぎる判断だと感じた。
典を見殺しにするわけにはいかない。
父に背いてでもこの二人と止めるつもりだった。
「そこの猿男に、蛇女、石を元に戻せっていってるでしょ!」
腕の中の藍はぎゅっと強の着物を掴み、怒鳴りつける。
「猿男?」
「蛇女あ?言ってくれるね。お嬢ちゃん」
二人が怒りで顔をゆがめる。
「ふん、あんたたちみたいな闇の呪術師なんて、私が成敗してあげるわ」
「藍殿?!」
自分の腕の中から降りようとする呪術師を、強が慌てて止める。
「強様、離して下さい」
藍はぎりっと歯軋りをするそう口にする。おなかに痛みが走ったが、この二人に好き勝手にさせ、結界を壊させるわけにはいかなかった。
「藍殿!」
「お願いします!」
「わかった。が、俺も共に戦う」
強は二人を睨みながらゆっくりと藍を地面に下ろす。そして愛しい呪術師の後ろに立ち、腰の刀に手を当てる。
「はん。お嬢ちゃん、威勢がいいが、傷が痛むんだろう?そんな体で俺らと戦えるのか?」
呆は鼻を鳴らすと動く。結界石を宙に投げた。藍は気を使いそれを受け止めようと空に飛んだ。
「藍殿!」
「あんたの相手はあたいだよ。あんた将軍の息子だろ?その男前の顔、十分楽しませてもらうよ!」
藍に放たれた気に気づき、断ち切ろうと動いた強の前に、桂が立ちふさがる。
「邪魔だ、女!」
強は刀を抜くと桂に切りかかる。しかし、刀は宙を切り、背後から気をぶつけられる。
「くっつ」
「あたいを甘く見ると痛い目をみるよ」
「甘いわ!」
藍は結界石を掴むと、宙で体を捻り、気を避ける。そしてすかさず気を呆に放った。気は呆にあたり、藍は無事地面に着地をする。
しかし、傷は開いたようで痛みとともに眩暈に襲われる。
「お嬢さん、怪我してるとはいえ、さすがだな。しかし、傷が効いているようだ。気に勢いが足りないぜ」
砂煙から呆が現れる。気はたしかに当たっていたが、彼の言うようにいつもより威力が落ちていた。
「今日は以前に喰らった仕返しをたっぷりしてやるぜ」
呆が刀を抜きながら皮肉な笑みを浮かべる。
藍は額に浮かぶ脂汗を拭うと、結界石をあるべき場所に戻す。
典様が術を使い終わるまで、持てばいい。
藍は目を閉じると、息を整えた。
「おや。大人しいな。やられる覚悟ができたのか?」
呆は笑いを収めると刀を構え、藍に向かって跳んだ。
結界を張るために結界石の気を探る。
ひとつかけていたが、それが元の場所に戻ったのがわかった。
一人ではできない術だった。
紺が力を貸すつもりかは、わからない。
賭けのような術、まだ典も試したことがないもの。
彼が力を貸さなければそれまでだ。
15年前、従姉妹の麗が海の藻屑となったとき、自分の行動を心底後悔した。
帝を、海を村に連れて行くべきではなかったのだ。
しかし、麗の息子―草に会い、その思いは変わった。
麗が幸せだったと息子の様子からわかった。
帝も麗の残したもの、愛の証である草と和解し、心穏やかであろう。
唯一心苦しい存在、空はすでに宮から脱出させてある。
心残りはない。
『典様!』
ふいに弟子の声が暗闇の中で聞こえる。
目隠しがされ、姿を見ることができない。
幻聴か、でも違う。
確かに藍だ。
結界石から彼女の生きた気を感じた。
戦ってるのか?
あの傷で?
「刑を実行せよ」
将軍の声がした。
鞘から刀を抜く音がする。
ここで、今、死ぬわけにはいかない。
まだ遣り残したことがある。
紺!
すっと空気を切り、戦士が刀を振り上げた音が聞こえた。
宮の呪術師は気を高め、後ろで結ばれた手を合わせた。
光が空に向かって立ち上る。
「始まったか!」
呆は舌打ちをする藍を振り切り、結界石を破壊しようと動く。
「させない!」
出血するお腹を抑え、藍が呆に向かって再度跳ぶ。しかし、呆はその手を掴むと地面に叩きつけた。
「血がたくさん出てるなあ。止めを刺さなくても死にそうだ」
呆は息を切らす藍を見下ろし、笑みを浮かべる。
昨日開き、やっとふさがった傷は今日の戦闘でまた開いた。そしてそれは藍の力を奪い、呆の動きを止めることができなかった。
「猿扱いしやがって、苦しいだろ?俺が楽にさせてやる」
呆は藍の体を足で押さえつけると手に気の玉を作る。
「させるか!」
しかし強の行動が早く、気の玉は呆の腕ごと地面に落ちる。
「うおおおお!!何しやがるんだ!」
呆が切り落とされた部分から流れる血を押さえ、その場でもだえる。
「藍殿、いまだ」
強は藍の体を抱くと、呆から離れる。
「くそおお。ゆるさねぇぞ。桂!」
「わかってるよ」
桂は呆の側に降り立つと、懐から布を取り出し、それを呆の傷口に巻く。
「ああ。男前。やっちまったねぇ。呆はあたいの大事なだちなんだ。ゆるさないよ」
桂は両手を胸の前で合わせる。そして気を両手に集めると二人に放った。
「強様!」
藍は強の腕から逃れ、その気を防ごうとする。しかし、強はその行動を許さず、ただぎゅっと抱きしめた。
「君を死なせるわけにはいかない」
通常の藍であれば、気を跳ね返すことができることは強もわかっていが、今の状態の彼女にそれができるとは思えなかった。
守りたい。
強はただその想いを胸に藍を抱き、迫り来る気から彼女を守るために背を向けた。




