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呪われたもの  作者: ありま氷炎
第八章 贖罪
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クウ様……」

 謀反を起こした者と言えども黒族で、前帝の弟である空は丁重に扱われた。馬車が用意され、その屋形に座らされた。コンは空の真向かいに座り、主の顔を見つめる。目を閉じ、深く腰を落として座っているその様子から主の考えはわからなかった。

 愛しい女を遠ざけ、空は宮で死ぬことを選んだ。

 紺は空とリンを一生守ることができると思っていた。主が自ら死を、投降を選ぶとは想像したこともなかった。

「あと半刻もしたら到着かな」

 ふいに空は目を開くとつぶやいた。その表情は穏やかですべてを諦めている様子に見える。

「紺、君は僕をただ助けただけだ。何もついて来ることはなかったのに」

 主は母の幼馴染に笑いかける。

「……私は最後まであなたの側にいるつもりです。それがあなたの母君、ジュン様への誓いです」

「そう……」

 黒族の男は苦笑すると目を閉じる。

 

 本当であれば空を連れ、逃げることが簡単だった。 

 しかし主が宮で死を望んでいる以上、紺がそれを実行することはできなかった。




「父がやりそうなことだな」

 親友から将軍が独断で動き、空と紺を拘束した話を聞き、キョウは溜息をつく。帝が空を放任するつもりであること強もわかっていた。

 帝を誘拐し、一時的に宮を乗っ取った罪は重い。それを承知で帝は空を追わなかった。しかし、薬を盛られ、操られた将軍はそれを無視して行動に出た。

「やっぱり母上に怒られたのが痛かったのかなあ」

 椅子に深く座り込んでいた東の呪術師がくすっと笑いながら口を挟む。

「……兄さん」

 兄の軽口を弟が咎めると、(ケン)は舌をぺろっと出す。典はそんな兄弟から視線を天井に向けた。

「空様は多分、死ぬために宮に戻ってくる。あの紺がやすやすと兵士ごときに掴まるはずがない」

「ごときって…」

 強の代わりに兄が肩をすくめる。宮の呪術師の口の悪さは健在のようだった。

「凜が側にいないこともおかしい。きっと空様は凜にこのことを黙っているはずだ」

「黙ってるって、どうやって?」

「そこで君の出番なんだ。東の呪術師。凜、南の呪術師の身柄を確保、その安全を保ちつつ、宮に近づけないようにしてくれ。彼女が出て来るとややこしくなりそうだ」

「南の呪術師か…。手強いなあ」

ミンも連れて行くといい。二人ならどうにかなるだろう」

「そう?じゃ、明ちゃんと二人で行って来る」

 明の名前を聞くと賢がとたんにふやけた笑顔を浮かべた。典は冷ややかな視線を東の呪術師に向けた後、その弟の顔を見る。

「強、私は帝の意志を尊重したい。しかし将軍は空様の処罰を進めるだろう。内所ないどころの自害もあり、他の所司しょし達も将軍と同じ考えのはずだ。だから帝は強く出られない。処罰は確定するだろう」

 呪術司はそこで一旦言葉を止め、顔立ちの似た兄弟を見つめる。

「多分刑は打ち首……斬首刑だ。宮を騒がせ、帝を狙った罪は重い。私は空様を救出するつもりだ。しかし、刑は実行させる。そうでないと宮内で揉め事が起きてしまう」

「どういう意味だ?」

 斬首刑が実行されれば空は死亡する。兄弟は呪術司のつじつまの合わない言葉に顔を見合わせて首を捻る。

「私にいい考えがあるんだ」

 典は緑色の瞳を輝かせると、空を救出する計画を二人に話し始めた。




ソウくん、無事でよかった!」

 扉を開けて、おずおずと入ってきた少年を見て、(ラン)ははじけんばかりの笑顔を向ける。

「っつ」

 しかし、ベッドから下りて歩き出して、床に座り込んだ。

「藍、無理したらだめだよ。まだ傷が治ってないんだろう?」

 草は藍に肩を貸すとベッドに連れ戻す。先輩呪術師は痛みに顔をゆがめながらベッドの上にもどる。

「ありがとう。君の世話になるとは思わなかった」

「俺も藍の世話をするとは思わなかった」

 草はくすっと笑ってそう返答し、藍がむっとした顔をする。

「藍。怒ると傷が治りにくいと思うけど?」

「誰がそんなこと言ったの?」

「典さん」

 少年は師と同じ緑色の瞳をきらめかせて、迷わず名を口にする。師の名前を出され、藍はふっと溜息をつき、心を落ち着かせる。

 

 そのうち草くんも典様のようの口悪くなるのかな。それだけは避けたい。


「草くん、確かに典様はすごいけど、彼から学んだらいけないことはたくさんあるからね。わかった?」

「……うん」

 少年は先輩呪術師の青い瞳に見据えられ、こくんとうなずく。しかしその言葉の真意には気づいていないようだった。


「そうだ、藍。傷が治ったら村に帰るの?」

「うん。私、やっぱり宮が嫌いなんだ」

「そうか。俺も実は宮を出るつもりなんだ。昨日宮から出てもう戻って来ないつもりだったけど、典さんに別れの言葉を言うべきだといわれ戻ってきただけなんだ」

「そうなんだ……」


 藍は少年の少し沈んだ顔を見て、それが辛い決断であったことがわかった。師匠と慕った凜は空の元にいる。宮を出れば天外孤独ではないかと少しおせっかいな呪術師は思う。


 だったら、私が引き取ればいいじゃないの?

 母さんも男の子欲しいって言ってたし、可愛い顔してるから喜ぶかも!


 藍は自分のその考えがとてつもなくよい案に思えてにんまりと笑った。草はベッドの上の呪術司の弟子が不気味な笑みを浮かべる様子に顔を引きつらせる。


「草くんさあ、うちの村にくる?うちの実家は呪術の店をしてるんだ。小さいけど結構いい店でさあ。人手足りないし。君は呪術そこそこ仕えるからいい人材だし。どう?」

「え、いいの?」


 先ほどの不気味な笑顔に嫌な予感を感じたが、藍から提案されたことは少年にとって喜ばしいものだった。


「もちろんだよ。うちの母さん、男の子欲しいっていってたから喜ぶと思うし。あ、でも紫曼しまんの町の可愛い子はどうするの?」

 

 藍はふいの草の町であった少女のことを思い出し、そう尋ねる。草のことを心配しており、少年自身が少女に迎えにくるなどと言ってることから、いい仲であったのは確かのようだった。


「可愛い子?」

 しかし当の少年は怪訝な顔をしてそう聞き返す。


 え?迎えにくるとか言っといてわからないの?


 少年の反応に藍はむっと顔を膨らませる。


「可愛い子よ。あのお団子頭の!」

「ああ、ユウか。彼女はただの幼馴染。なんでもない」

「本当?」

「本当だよ!」

「うわあ。君、そんな若いうちから女の子をその気をさせるなんて。ひどいよ。迎えにいくって言ってたのに!」

「な、なんで知ってるんだ!」

「だって聞いたもん。やっぱり、さっきの提案なし。そんな女たらしの子はうちの店にいらない」

「たらし?なんだよ、それ!」


 二人の元気な掛け合いが繰り広げられる。

 それは、緊張が走る宮で妙に浮いた光景だった。


 宮の上空に暗雲が立ち込め始めていた。それはこれから起こることを暗示しているようで、空を見上げる人々に嫌な気持ちを持たせた。


 警備隊長は目を細めると頭上に広がる空から視線をはずす。そして親友の計画を実行するために医所に足を向けた。


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