七
「そうか……」
帝は息子の言葉を聞くと目を伏せた。
呪術司が草を連れ返り帰り、喜びと安堵を胸に対面した。しかし聞かされた言葉は別れだった。
宮の雰囲気を居心地悪く思っていることを帝は知っていたが、愛した人の子を手元に置きたかった。無理やり宮入りを進めていたが結果的に1人の命を奪った。
そのことに草が責任を感じていること理解できた。
「俺は、帝様…父さんに会えて、息子と認めてもらったこと、嬉しく思ってます。だけど、ここは俺の場所じゃないんです。住んでみてわかりました。だから、俺は宮を出ます」
「お前がそう言うのであれば、わしが言うことは何もない。しかし、わしがお前のことを思っていることは忘れないでくれ。いつでも好きな時に宮を訪ねてくるがよい」
「ありがとうございます」
草はそう言い、頭を垂れる。
「草」
帝は名を呼ぶと玉座から立ち上がる。
「別れの前にお前を抱きしめさせてくれ。わが子よ」
「はい」
草は涙出てきそうになるのを来られ、帝に近づく。
「草。麗のこと、わしは一時も忘れたことはなかった。お前が生まれたこと感謝している。お前はわしが麗を愛した証だ」
帝は草を抱きしめるとそう言葉にした。
「……父さん」
その言葉は草の胸に沁み込み、目頭が熱くなる。気がつくと緑色の瞳から大粒の涙がこぼれ出ていた。
「泣くではない。男が泣くものではないのだ」
帝は苦笑しながら、着物の袖で草の涙を拭う。
「草、愛している。お前がどこにいようともわしはお前のことをいつも思っている」
「……はい」
少年は帝の腕の中で深く頷く。しかし溢れる涙が止まることはなかった。
「通すのだ」
「現在帝は謁見中です。通すことはなりません」
部屋の前で典が待っていると、将軍が慌てた様子で足早に向かってくるのがわかった。将軍は部屋の前に呪術司の姿を確認すると眉間に皺を寄せた。そして中に誰がいるのが予想をし、さらに顔を歪める。
「緊急の用だ。通して貰おう」
「どういうご用でしょうか?私に先に聞かせてもらえませんか」
金色の髪の美しい男はその緑色の瞳で将軍を見据え、そう問う。将軍は視線を真っ向から返し、相手が引かない様子を確認すると、溜息を洩らし口を開いた。
「空様とその部下紺を拘束した。あと半刻で宮に到着する」
「空様を!?」
信じられない言葉に典は目を見開く。草を連れ宮に戻る途中に将軍が派遣したと思われる数人の兵士をみた。しかし紺相手では惨敗するのは目に見えていた。だから紺に先日のお返しをするだけで、もう会うことはないだろうと宮に戻ってきた。まさか、二人が掴まるなど予想もしていないことだった。
「どうしたのだ?」
将軍は意外な様子の呪術司に面白そうに目を細める。
「さあ、通してもらおうか。呪術司殿」
「……わかりました」
典は息を吐くと返事を返した。草が中に入って随分時間が経っていた。話もすでに終わっているだろうと予想した。
「帝。将軍が緊急謁見を求めております」
中に入ろうとする男を押しとどめて呪術司が声を上げる。
「……わかった。入るがよい」
帝の声がそう聞こえ、典は扉を開いた。
「草くんは戻ってきたんですね!」
「ああ、そうだ。まず帝に会ってからこちらによると典が言っていた」
「よかった……」
藍は嬉しそうな顔をして微笑む。
男前の警備隊長はその笑顔に気持ちが和むのがわかった。藍が怪我をしてからというもの強は自分の気持ちの急激な変化に戸惑っていた。自分よりも十歳以上年下の女性呪術師の笑顔や仕草にドキッとしたり、安堵したりすることが多くなり、妙は感情も生まれ、気持ちが悪かった。
かといってその姿を見ないと、今ごと無茶をしてないかなどと心配になり、考えて見ると四六時中、藍のことを考えているような気がした。
「強様?」
黙りこくった、不機嫌そうな警備隊長の顔を窺うように藍がベッドの上から見上げる。その仕草がまた可愛く思われ、強は顔が赤くなるのを見られないようにぷいっと顔を背けた。
「強様、私、何か怒らせるようなことしましたっけ?」
親友の弟子が心配気にそう問う。男は慌てて顔を向けると否定した。
「何も、何でもない」
「そうですか。それならいいですけど」
ほっと安堵の表情を浮かべ、水を飲もうと体を起こす。
「っつ」
「藍殿!」
急に動いたため、痛みが走り声を発した藍の体を強が支える。
「大丈夫です」
男は支えた体の柔らかさ、華奢さを感じ、可愛いと思ってしまう。
「水だな」
そんな自分の意識を追いやり、男は机の上の水の入った湯飲みを藍に渡す。
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると藍は湯飲みを受け取ろうと手を伸ばす。しかし、ふと手が触れあい、二人は反射的に手を離した。
ガシャンっと音がして湯飲みが床の上に落ちる。
「すみません!」
藍が砕けた陶器の破片を見て、顔色を変える。暖かいその手に触れたら、思わず手を放してしまった。
「いや、今のは俺が悪かった」
冷たい藍の指の感触を感じ、同じように思わず手を離してしまった紺はそう答えながら、床に散らばった破片を拾い始める。
「すみません。本当に」
「いや、藍殿のせいではない」
藍の申し訳なさそうな視線が自分に注がれるのがわかった。強はそんな気持ちをさせた自分に苛立ちながら黙々と破片を拾い続けた。




