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呪われたもの  作者: ありま氷炎
第五章 空の治世
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「…兄さん?」

「あ、起きた?」

 男前の警備隊長は自室のベッドの上で目を覚ました。軋む体を起こし、部屋に見渡し最初に見たのは異母兄の姿だった。

「いやあ。派手にやられたね。まあ。おかげで何もお咎めがなかったけどね」

 (ケン)は弟に水の入った湯呑みを渡しながら微笑む。

 兄の言葉にキョウは気を失うまでの記憶を取り戻した。

 最後に残っている映像は親友の笑顔と光。やりすぎほど自分を吹き飛ばした気、手加減している様子はまったくなかった。

本当典テンは遠慮がないよね」

 そう言う東の呪術師も一刻前に美しき呪術司と対戦し、あっけなく敗退していた。気がついたときはすでに典達は逃げた後で、悔しげなコンが竜巻にとらわれているのを見た。


 目を覚ましたミンと共に気の竜巻を消し去り、怒りをあらわにする紺に命じられて典達の行方を追ったが、闇が宮全体を覆っており、その行方を知ることはできなかった。


 とりあえず捜索は打ち切られ、賢は襲われたという弟の元に向かった。


「典達はうまく逃げきれたんだな」

「ああ。本当、力の差を見せ付けられたよ」

 そう言って弟に兄は肩を落としてみせる。美しき宮の呪術司の力は知っていた。しかしあそこまで力の差があるとは思ってもいなかった。

「兄さん。父上の様子はどうなんだ?」

「ああ?だめだめ。すっかり腑抜け。あれはケイの仕業だと思うね。なんであんな年増の女に引っかかるんだか。僕なら絶対に若い子のほうがいいのに」

 賢は半刻前に訪れた父、将軍の部屋で聞きたくない、見たくもないものを見てしまった。それでいそいそ強の部屋に戻ってきたのだが、実の父とはいえ愕然としてしまった。しかし同時にそういう父だから、こうやって自分も生まれたのかと妙に納得もする。賢の母は娼婦だった。5歳まで母の元にいたのだが、母が病死後将軍の家に引き取られた。太っ腹な強の母は実の子と同じように賢を育てた。

「そうであれば、しばらく大人しくしたがっていたほうがいいな」

「そう。下手に動かないほうがいい。典に、ランちゃんに南の呪術師だよ。うまく帝を見つけるさ」

「しかし、南の呪術師は協力するか?」

「うーん。多分。ソウくんのためとかなんとか説得すればうまくいくさ」

 能天気な兄はにかっと笑う。

 その笑顔に警備隊長は一抹の不安を感じる。

「賢様!」

 ふいに扉が開けられ、金髪の巻き毛の魅惑の呪術師が入ってくる。

「明ちゃん?どうしたの?」

「紺様、呪術司がお呼びです」

「そうなんだ。紺がね…。強、何か動きがありそうだよ。君も持ち場に戻ったほうがいいかもね」

 賢は明の腰に手を回しながら、顔だけ弟に向ける。その表情はいつものにやけたものではなく厳しいものだった。

「そうだな。そうする」

 強がベッドの上でうなずくと、賢は手を振り、明を伴って部屋を出る。

 警備隊長はベッドから下りると、着ている着物を調え、机の上に置かれていた鎧を身に着ける。そして刀を腰に刺すと扉を開けた。



「さて、草。君が誤解しているようだから。私が君の両親のことを話そう」

「そんなの聞きたくもない!」

「君は真実を知るべきだ。それが君の母が望むことだろう。ちなみに私は君の母の従兄弟に当たる…」


 典達は宮を出た後一休みをしようと森の中に入った。気を使い、光を作り、宮の元呪術司は従姉妹の息子を見つめた。

 草がクウに利用されているのはわかっていた。憎しみは悲しみを忘れさせる。憎んでいる方がましかもしれなかった。しかし、従姉妹のことを想い、少年に真実を話すことを決めた。


 全てを聞き終わった少年は無言だった。

 空の嘘に踊らされていた。師匠と慕った南の呪術師はそれを知っていたようだった。全てが信じられなかった。信じたくなかった。

「草、すまない。恨むなら私を恨め。全てを知っていたわけではない。しかし、帝がお前達親子を捨てたわけではないことは知っていた」

リン様!」

 大好きだった師匠、それが嘘をついていたなんて、草は愕然として凜を見つめる。


 藍は草と凜、そして師を見つめていた。

 自分が出る幕ではないとわかっていた。

 しかし、何か自分にできることはないかと思った。


「草くん。みんなそれぞれ事情があって、したことだと思うの。でも凜さんは草くんを助けたいと思ったのは確かだと思う。だって、もし君がまだ牢にいたら打ち首になっていたと思うから。凜さんはそれを知ってて、あの時逃げなかったし、こうやって敵だった私達と一緒に逃げたわけでしょ?だからさ」

「そんなの、そんなの、俺にはわからない!なんで、なんで凜様。俺…。俺は!」

「草くん!」

 藍はぎゅっと草を抱きしめる。

 彼の母の姿をしているためか、藍は草を愛おしいと思い反射的に動いていた。

「離せ!」

「草くん。私には君に辛さはわからないけど、想像はできる。こうやって誰かに抱かれると温かいでしょ?ほっとするでしょ。君は悪くないんだから。大人の事情に巻き込まれただけなんだから。ほら泣くなら泣いて。気持ちを外に出せば少しは楽になるよ」

「………」

 藍の腕の中で草は抵抗するのをやめた。そしてその胸に顔をうずめる。


 大人達の思惑に巻き込まれた少年は母の姿をした女性の腕の中で安らぎを覚え、気持ちが落ち着いていくのがわかった。


 母が突然病死し、その死の間際に父親が誰だかわかった。

 半信半疑だったが、確かめられずにはいられず宮京に向かった。そこで聞かされた父の仕打ち。

 悲しみは憎しみに変わった。

 憎しみは悲しみを飲み込んだ。

 

 そして復讐を実行するために学んだ呪術は興味深く、師は母のように優しかった。だから、悲しい気持ちを忘れていた。


 母を失った悲しみを忘れていた。

 いや、多分忘れていたつもりだった。


 でもずっと心の中に悲しみは残っていた。

 美しい母、優しかった母。


 ごめんなさい。

 母さん、

 母さんはきっとこんなことを望んでなかった。


 少年は帝を、父を殺そうとしたことを悔やんだ。

 

 森の中はしんと静まり返っていた。時折梟や野生の猿の声が遠くから聞こえてきた。草は声を押し殺して泣いていた。


 少年は自分がしようとしていたことを後悔していた。

 


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