二
「ふーん。それで藍は君の部屋にいるわけだ」
意味ありげに典は笑いながら強を見上げる。
「俺の部屋って、仮眠をとるところが必要だから、提供しただけだ」
「そう?君にしては親切だよね。やっぱり」
「典。ふざけるのを止めにして、草の行方はわかったのか?」
「全然~。でも私は黒幕は宮の中にいると思っている」
「そう思うか?」
「君もそう思う?」
2人の男が視線を交わし合う。その頭に浮かぶのは同じ人物だった。
現帝の叔父にあたる空、
彼の招きで雁山に行ったこと、
帝が消えれば得をする人物、
襲撃の際に姿が見えなかったこと
それらの要素を考えれば、彼以外には黒幕は考えられなかった。
「しかし…証拠をどう取る?帝は空様に甘いからな。証拠なしじゃ信じないぞ」
「そうだね」
親友の言葉に典は手を頭に当て、考える。
空は25歳、現帝の海より7歳年下だ。
前々帝は第一正妻が崩御し、若い黒族の女性を第二正妻として迎えた。前々帝がなくなる直前に生まれた空とその兄の前帝とは親子のような歳の差で、前帝は空を弟とは認めることはなかった。事あるごとに空とその母に辛く当たる前帝から二人を庇ったのが現帝の海だ。現帝は叔父である空を自分の弟のように愛情を持って接していた。
しかし空は狐のような男だった。姿は海と類似しているのに、雰囲気はまるで異なった。穏やかに見えるのだが、その本心はいつもその笑顔の裏にあるような男だった。
「空様の別荘を当たるか?」
「すでに当たった。しかし蛻の空だった」
「そう簡単に尻尾は掴ませないか」
「そう。頭にくるけどね」
「さあ、どうする?」
「実は私にいい考えがある」
「え!!」
正午すぎ、どんどんと扉を叩かれた。
開けて見るとそれは典と申し訳なさそうな顔をしている強だった。
そして寝ぼけた頭を一気に覚醒させたのが師のとんでもない話だった。
「無理です。無理!!」
典に聞かされた話とは、帝の愛妾の振りをするというものだった。
「大丈夫だ。帝もそう節操のないかたではない。君の腕を買って言ってるんだ。君なら帝を完璧に守れる」
師はその緑色の瞳をじっと向ける。
「でも、私そういうのって、全然向いてないですよ。無理ですよ」
こういうってお色気たっぷりの人がやったほうがいいよね。
私じゃ無理無理。
「大丈夫。明がそう言うのは詳しいから」
「嫌、でも…」
「藍、これは草をおびき出す作戦でもあるんだ。麗に似た君が帝の側にいるなら、草が絶対に何かをしかけてくるはずだ。それを狙う」
草くん…
確かにお母さんそっくりの私が帝の愛妾とかで側にいたら何か仕掛けてきそうだ。
草くんの手掛かりも見つかってないし、しょうがないか。
嫌だけど、元に戻りたいし。
振りだけだし……
「わかりました。私やります」
「そうか、よかった!じゃ、今から一刻で簡単な宮の礼儀などを明から教わってくれ。何も知らないんじゃ、内所などに小言をもらうからね」
「え~!!」
「それが終わったら、愛妾に相応しい正装してと…」
「え~!!」
「じゃ、頑張ってくれ。私達は他にやることがあるから」
不満そうな藍にひらひらと手を振ると典は部屋を出ていく。
「強?」
部屋を共に出ようとしない強に典が声をかける。男前の警備隊長は眉をハの字にして、頭を抱えている藍を見ていた。
「藍殿、まあ。しばらくの我慢だ。何かあったら俺が側にいる」
「そ、そうですね!それは助かります」
その言葉に、藍ははっと我に返り表情を笑顔に変えた。可愛らしい笑顔を向けられ強はちょっと照れた様子をみせると「では、また」と親友の後を追う。
「強。やっぱり君は藍が好きなんだね」
「そ、そんなことは!」
「じゃ、嫌いなの?」
「………」
「まあ、帝の側に送ること心配だろうけど、帝もそう節操のない人じゃないし、中身は藍だから大丈夫だよ」
黙っている親友が悩んでいると思い、典はその肩を軽く叩く。
「あーでも、君は今の藍が好きなのかあ?じゃあ、元に戻ったら残念だね」
「そ、そんなわけない。藍殿は藍殿だ」
咄嗟にそう答えた強に典はしてやったりと笑顔を浮かべる。
「素直じゃないんだから。警備隊長殿は」
「典!」
「怒らない。怒らない。さあ、私達は次の大戦に向けての準備だ。わかってるね」
「もちろんだ」
美しき宮の呪術司と男前の警備隊長は表情を切り返ると、草達を迎え撃つ準備のため、呪術部に向かった。




