五
草が目を覚めると、側に人の気配を感じた。それが凜だとわかり、笑顔で目覚める。
「草。朝食を取ったら、雁山に行くぞ。帝が遠出をするらしい。空の招きでお茶会に参加する。そこが狙い目だ」
「はい」
目覚めばかりの脳はまだ完全に覚醒してなかったが、草はしっかり返事をする。
「さて、ご飯を食べに行こう。帝の周りには東の呪術師がいる。チャラチャラした男だが、腕は確かだ。力を蓄えねばな」
師匠ににっこり微笑まれ、草はすこし照れながら笑いかえす。
草は美しい師匠が大好きだった。氷の呪術師と呼ばれるのが不思議と感じるくらい、草にとって凜は優しい師匠であった。
凛と草が布団を畳み、襖を開けると朝日の眩しい光が差し込んできた。
今日、いよいよ間近に帝の顔を拝める。
自分と母を捨てた帝…
許さない…
草は朝日に誓うように目を凝らして空を見上げる。
凜はそんな草の様子を悲しげに見つめた。騙していることで胸が苦しかった。しかし、騙し続けなければならない。空のために、自分が愛する男のために。
二人は外出着に身を固めると、屋敷を後にした。
「ひえええ!!お、お化け!」
これで何度だろう。
麗はこの町では有名だったようだ。確かにこの町では浮くような色彩で、しかも可愛い顔立ち…目立つのは当然であったが、この反応はなんだろう。
「典様、これって」
「麗は生きていないかもしれないな」
藍の顔を見るごとに人々が驚愕の顔を見せるので、典は苦虫を噛み潰したような顔をしてそう答えた。
しかし、あの男が紫曼の町を訪れたのは半年前のこと。その時には確かに生きていたようだった。
「あそこだ」
男に教えてもらった住所を元に、一行は麗の家に辿り着く。一階建の長屋の一部屋が麗の家のようだった。
トントンと扉を叩く。
しかし反応はなかった。扉が堅く閉められており、典が開けようとしてもびくともしない。
「俺が開けよう」
気で破壊するのもなんだと思い、強は自分が開けることを申し出る。そして、力を込めた時、ふと声がかけられた。
「麗おばさん…?」
おばさんん??
自分のことと信じたいが、麗の姿をしている今、『おばさん』という呼び方が自分を指していることは明らかだった。
「…麗の知り合い?」
典は顔を引きつらせている藍に代わり、そうたずねる。声をかけた少女は赤毛を頭のてっぺんで団子にしている大人しそう女の子だった。
少女は警戒しながらもこくんと頷く。
「そうか。でもこの子は残念ながら、麗ではないんだ。私は麗の従兄弟でこっちが私の妹。麗とその子供の行方を探している。どこにいったか教えてくれないか?」
妹…
確かにこの場合は妹って言ったほうがいいよね。
麗さんの姿に呪いで変わってしまったと説明したら、ぎょっとするだろうし。
少女は、典と藍をじっと見つめた後、ぼそっと口を開く。
「……従兄弟。おじさん達は知らないんですね」
「…おじさん!?」
典がそう呼ばれわなわなと震えるのがわかった。
宮の美しき呪術司をおじさん呼ばわりするのがきっとこの少女だけだろう。
藍はおかしくて笑い出しそうになり、その後ろの強は明らかに笑いを堪えている様子で顔を背ける。
「…君、おじさんはないよ。私は宮の呪術司なんだ。せめてお兄さんと呼んでもらいたいんだけど?」
「す、すみません。呪術司?!ご無礼をお許しください」
少女は宮の呪術司がこんな田舎に来ていると知り、恐縮する。
あーあ、おじさん呼ばわりしたからって言わなきゃいいのに。
「あの、私達は純粋に麗さんの行方を探しているの。教えてくれない?」
典にすっかり恐縮してしまった少女に藍はにっこりと微笑んでそうたずねる。それは効果的だったようで、少女は安堵の表情を浮かべると話始めた。
「麗さんは四ヶ月前に病で亡くなったんです。その息子の草くんはお父さんを探すとかで、宮京に行きました」
「宮京…?草くんはお父さんについて何か君に言っていたかい?」
少女は先ほどはおじさん扱いしたが、その美しき顔で微笑まれてちょっと赤くなる。
出た。典様の必殺技!
この邪気のなさそうな笑顔、これまで何人もの人が騙されてきたか…
少女はふと何かを考えるように俯いたが、呪術司だし、人がよさそうだ、しかも草の叔父ということで、決意を固める。そして消え入るような声で答えた。
「草くんは、お父さんが帝だから、宮に入ったらいつか私を迎えに来てくれるって」
知ってたんだ!
「すみません。こんなこと。草くんを咎めないでください。多分お母さんが亡くなってすごく悲しかったから、そんなことを言ったと思うんです。もし宮京で草くんを見つけたら町に帰ってくるように伝えてください!」
少女が顔色を変えた藍達に慌ててそう言う。帝の息子など、そんな大それたことを少女は信じていなかった。でももしかしたらと思うこともあり、宮の呪術司に話してしまった。
「大丈夫だよ。草くんは私達が見つけるから。君は心配しなくてもいい」
典がにっこり微笑むと少女は泣き出してしまった。
結局少女が泣き止むまで付き添い、藍達がその場から離れたのは半刻後だった。
「典。俺は今回の犯人は草を利用した者だと思うぞ」
「……君もそう思うかい?」
3人は街はずれの食堂に来ていた。
とりあえず、今の状況を落ち着いて話すべきだと典が提案したのだ。
藍は朝ごはんもまだだったし、運ばれてきた麺をつるつると食べながら二人の話を聞いていた。
「典様、草くんは本当に帝の子供なんでしょうか?」
「…多分、そうだろう。会ってみないと確証は持てないけどね」
箸で麺をすくい、そう質問する藍に、師はつめたい視線を投げかけ、そう答える。
だっておなかすいてたもん。
緊迫した状況だとはわかっていたが、藍は食欲には勝てなかった。
2人の男は食事を取る様子もなく、真剣な表情を浮かべている。
「藍。おなかはいっぱいになったかい?宮京に戻るよ。草を探す必要がある」
「はいはい」
藍はそれ以上食べるのは無理だとあきらめ、箸を机の上に置き、立ち上がる。
睡眠もしっかりとり、おなかも結構満腹で、藍の体調は絶好調だった。
問題はこの動きづらい体だけど…
藍は垂れ下がる銀色の髪を鬱陶しそうに触る。
本当は切りたかったが、切ってしまうと元に戻った時、支障が出る可能性があった。
元に戻って、指が短くなっていたりしたら嫌だもんね。
「さ、行こうか」
典の言葉を合図に一行は店を出る。
そして、空に飛び上がる。
相変わらず飛ぶのが苦手な強も、さすがに二日目となると少しは余裕が出てきたようで、表情が少し和らいでいた。
「藍、嫌な予感がする。速度を上げるよ」
「はい!」
「!!」
師にそう言われ藍は気を高める。
そうして、呪術師の二人は恐怖に顔をゆがめる警備隊長の腕を掴み、猛スピードで宮京に急いだ。




