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呪われたもの  作者: ありま氷炎
第一章 呪われた帝
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二年ぶりに宮へ

「はあ…」

 呪術師・ランは本日何度目かのため息をついた。

 

 決めたことだ。

 呪術部――みやを出る。

 

 呪術部で会得できる技術はすべて習得していた。

 この場所にもう、未練はない。


 藍は十五歳のときにその腕を見込まれ、宮にある呪術部に招聘された。それは帝を外敵から守り、国の運営に力を貸すことでできる有能な呪術師に育てるためであった。

 呪術とは自らの気を操り、相手を呪いかけるものであり、物理的に攻撃することもできる戦闘にも長ける術だった。

 宮の呪術部は数年に一度このような招聘を行っており、宮に集められた呪術師は二、三年にかけ呪術部で修行を積む。そして宮の呪術師として華麗な道を歩むのが決まりであった。

 しかし藍は三年目の今日、宮から出ようとしていた。

 

 藍は小柄な可愛らしい女性であった。その茶色の真っ直ぐに伸びた髪はいつも後ろで結ばれ、海のように青い瞳には意志の強そうな光が宿っている。着ている物は他の女性のように明るい配色の着物ではなく、黒や紺といった地味な色であった。このため、藍の印象は華やかな呪術部の中では薄い方だった。


「やっぱり行くのかい?」

 呪術司のテンは、大きな布袋を背中に背負って部屋を出て行こうとする藍にそう声をかけた。

 藍はまさか典がそこにいるとは思わず、驚いて彼を見つめる。

 典は呪術部をつかさどる呪術司で、藍の師匠だった。宮の美しき呪術司と呼ばれており、整った卵型の顔に透き通るような緑色の瞳、見るものにため息をつかせるほどの美しい金色の髪は無造作に肩にかかるまで伸ばされていた。

 藍は典の下で三年修行を積んだ。その優しげな容貌とは裏腹に、指導は厳しく、三年の間に集められた呪術師で残ったのはたった五人だった。


 呪術の世界に浸るのは楽しかったが、藍は宮の生活にどうしても馴染めなかった。

 帝を呪いから守るのが呪術部の呪術師の主な仕事であったが、帝の元に集うものたちが己の欲望のために、呪術師に個人的な呪いを頼む事も多かった。宮の呪術師という立場上、断ることもできず、藍は日々いやいやながら依頼を受けていた。

 藍は「表」の顔を着飾り、清らかな心しか持たないように振舞う宮の人々が嫌いだった。三年間我慢してきたが、藍は今日という今日は宮を出ることを決めていた。

 

「すみません。田舎ものの私にはやはり宮の生活はむずかしいです」

 藍はぺこりと頭を下げると、扉に寄りかかったまま微笑を浮かべる典の前を通りすぎようとした。

「藍!」

 典はそう名を呼ぶと藍の腕をつかんだ。

「君がいなくなると仕事量が半端になく増えるんだ。いてくれないか?」

 緑色の瞳は藍を捉えるとそう懇願した。

「……典様。部には私以外にもミン様やたくさんの呪術師がいます。心配しなくても」

 弟子のつれない答えに典はため息をもらす。

「君くらいの能力じゃないから、役にたたない」

 

 役にたたないって。


 あいかわらず容赦ない言葉だと思いながら、藍は美しい師の顔を見つめ返す。


「……典様。それを言ったら明様が怒りますよ」

 すると典は苦笑する。

「正直なことをいったまでだ。私はただ美しいだけものよりも、能力のある者が側にいたほうがいい」


 すみませんね。美しくなくて。

 でも、美しいだけって、明様が聞いたら泣きますよ。

 

「藍。お願いだ。行かないでくれ」

 

 まったく、愛の告白みたいだ。

 でもその手には乗りません。


 藍には典が必要としているのが、自分の呪術師としての力だけだということを、充分にわかっていた。

 典が誰かを好きになったり、いれこんだりするところなどを見たことがなかった。


 最初はその言葉に期待して、宮を出ていくのをやめたこともあったが、五回目となる今日はもう騙されるつもりはなかった。


「典様。がんばってください。私がいなくなればみんなちゃんと仕事をしますよ。きっと。だから大丈夫です。田舎から応援してますから」

 呪術司に言う言葉じゃないと思いながらも、藍は笑顔を作り、つかまれた手を振り払う。

「藍!」

「典様、お元気で~」

 藍は師に背を向け、ひらひらと手を振ると呪術部の建物を出て行った。

「藍!」

 



「はい!」

 そう勢いよく返事した自分の声で藍は目を覚ました。そして自分が森の中で寝てしまったことに気づく。

 宮から帰ってきて二年ほどたっていた。

「夢ぇ?」

 村に帰ってきて初めてみた宮での夢だった。

「まさか、なんか典様にあったのかな?まさか、あの典様が…」

 藍は師から夢が何かを暗示することもあると言われた言葉を思い出す。


 でもまさかな…

 無敵を誇る呪術司が危機に陥るなんて、ありえない話だ。

 気のせいだ…

 きっと…


「さあ、仕事、仕事!母さんに怒られる!」

 藍は嫌な予感を振り払うように首を横に振ると、うーんと背伸びをする。そして店に戻るために、気合をいれ勢いよく立ち上がった。



 宮から村に帰ってから、藍は両親が経営する呪術店を手伝っていた。さすが宮帰りの実力者ということでその噂は広まり、両親がほそぼそとやっていた店はたちまち人気の店になった。店に押しかけるのは呪いを解いてほしい人や、呪いを防ぐ護身具を求める者たちだった。

「藍、あんたどこいってたの~」

 店の扉を開けに入ったとたん、母親がそう声をかけてきた。

「どこって…」 

 藍は返事を返そうと顔を上げ、自分の前に立ちふさがる男を見て目を疑った。

「……キョウ様?!」

 それは宮で警備兵をしていた強だった。強は典の親友でよく呪術部に姿を現していた。そのため、顔と姿は記憶していた。

 強の姿は二年前と変わっていなかった。違うところといえば、鎧を着ていないことくらいだった。外出用の紫の着物を羽織り、褐色の肌に茶色の瞳、後ろの方でまとめた長い黒髪は藍の母でなくともうっとりするような男前であった。

「藍。お前、やっぱりこの人知り合いなのかい?店で待たせてくれと言われて、どうしたものかと思ってたんだけど」

 藍の母はそう言いながら、驚いた顔をしている娘と、渋い顔をして店の真ん中に立つ男前を見比べる。男の話に半信半疑の母親だったが戻ってきた娘の様子を見て納得したようだ。

「藍殿。久しいな。だかすまない。挨拶してる時間がないんだ。典が…呪術司が呼んでる。緊急だ。悪いが一緒に来てくれ」

「……緊急って?」 

 強の切羽詰った顔を見て、藍は自分の心臓が跳ね上がるのがわかった。そして先程見た夢を思いだす。


 やっぱり典様に何かあったんだ。


「今は言えない。とりあえず一緒にきてくれ」

 その言葉に藍は仕方なくうなずき、彼とともに宮に向かうことになった。


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