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恋愛相談AIの振りして若社長に恋をする

作者: りょうくん
掲載日:2026/07/05

『』がチャットです。


フィクションです。

フィクションです。

大事なことなので二度言いました。

 若竹隼人の朝は今日も早い。

 身支度を調え、タブレットで経済新聞を読みながら、簡単な朝食をとる。


 ピピピピッ。

 腕時計のアラームが七時を告げる。


 隼人は読み途中の記事を閉じ、ホームに登録している、ハートが描かれたアイコンを押す。


 表示されたのは、シンプルなチャット画面。

 これは取引先であるベンチャー企業の開発中のアプリ、恋愛相談AIチャット。


 このアプリ開発費の六割を隼人が出資している。

 進捗状況を確認するため、予定どおり試作品のモニタに参加することにした。


 本人は全く恋愛に興味を持っていないが、これも仕事だと割りきっての参加だった。


 モニタとして参加してから二週間。気がつくとこのアプリのAIミナコとの会話が、楽しみになっていた。


 隼人はワカタケグループの若社長。

 隼人と接する人々の大半は敬語を使い、少し離れた距離感を守り、当たり障りのない態度をとる。


 AIミナコの設定性格はそそっかしい大学生の女の子。

 これは隼人が選んだわけではない。提供元の指定だった。


 ミナコは少年時代にくったくなく話せた従姉妹を思い出させる女の子だった。


 それを新鮮に感じた隼人は毎日時間をとり、ミナコと話すようになった。


 会話はほとんど日常会話。恋愛相談AIのモニタとしては全く役に立っていない。


 だから開発会社から提出された半月の納期延長の嘆願を許可した。



『ミナコ、おはよう』

『おはよう、ハヤト!今日も早出?』

『ああ』


『疲れてない?昨日話した梅干し食べた?

 疲労回復だけでなく、夏バテ効果に向いてるんだよ』


『まただ。今日、買って帰るよ』

『絶対だよ!忘れないでね』


『わかった。じゃあ、また後でな』

『うん、またねー!』


 隼人はチャットを閉じると、会社へと向かった。





 同刻。

 岡田美奈子は、開いていたノートパソコンに突っ伏した。


「間に合ったー!社長、なんで開始時刻の繰り上げなんてしてんですか!!

 朝の七時前に出社なんて!起きれませんよ」


「だって半月納入遅らせる条件がそれだったんだから、仕方ないでしょ!朝の時間はバイト代倍だしてるんだから、文句云わずやって!」

 社長の神谷が目を血ばらせながらそう答えた。

 美人のはずなのに、とても人前に出れる顔ではない。


 ここはとあるベンチャー企業が、オフィスに借りている一室。

 部屋中からカタカタとキーボードを叩く音が鳴り響く。


「岡田!お前、たっぷり寝てきたんだろ?

 うらやましい!

 エナドリキレた。買ってこい!」


 美奈子の隣のブースから、社員の藤川の怨嗟の声をあげた。


「了解ー」

 そう答えてから美奈子はパソコンを操作する。


『現在、情報処理中です。チャットの使用はできません』

 そのメッセージがチャットで流れたことを確認してから、コンビニ買い出しの注文とりに各社員のブースに御用聞きに回った。


 美奈子は社長の神谷女史の従姉妹で、今年大学生四年だ。すでに老舗のおもちゃメーカーの内定を初夏にもらっているので、今年の夏休みはゆっくり過ごすはずだった。


 二週間前に神谷から連絡があり、急遽このオフィスでバイトをすることになった。


 最初提示されたバイト代は時給二千円。

 仕事内容は買い出しなどの雑用と、AIの振りをすること。


 ことの始まりは、三週間前にサーバーデータを全て消去されたことからはじまる。


 犯人は元社員。動機は社長に振られての逆恨み。

 社長に愛されていると盛大に勘違いをしていたため、振られた時の自暴自棄が酷かった。


 犯人は社内サーバーのデータを消去して、逃げていった。

 このサーバーには、開発中のアプリのデータがあり、クラウドには置いていなかった。


 消去された開発中アプリは二つ。

 ひとりはゲームアプリ。これは藤川をリーダーに必死に作り直している。


 もう一つが美奈子がバイトで呼び出された、恋愛相談AIチャット。


 そもそも恋愛相談というプライベートな内容を相談するには、いまのよくあるAIが相談相手では単調すぎて、年代によっては敬遠されてしまう。


 ユーザー毎に相談したいと思える相手の人格は異なる。

 それを叶えるのが、この新型アプリ。


 女性、男性、その他……また性格や年齢等。複数パターンから相談AIを選ぶことができる。

 今後はあらゆるジャンルで、そのAIたちが活躍するのではと期待されていた。


 AIそれぞれの性格を持たせるため、それぞれにあった学習をさせて、人の子供のように時間をかけて育てていった。

 それが消えたのだ。リリース一ヶ月に。


 データはかき集めればなんとかなるが、AIを育成するには時間必要。一度通した最適手順を使い、ギュンギュンに高速で学習させても一ヶ月はかかる。


 しかも出資者への新型AIのモニタリングが、数日後に控えていた。


 元社員の不手際でデータが全て消えたなんてことは口がさけても言えない。出資金を引き上げられ、確実倒産する。


 そこでAIが育つまで、AIの振りをするバイトが美奈子に持ちかけられたのだ。


 なんだかんだと理由をつけて、美奈子そのものの性格しか選べないモニタリングが決行されたのは二週間前。


 もともとの勤務時間は朝の九時から夜の九時まで。

 夜間は情報処理中として、使用できなくしている。


 モニタは出資者ひとりだけ。長時間拘束される労働環境のため、彼がログインしていない時間は買い出し以外なにをしていても時給が出る。


 何故か偽モニタリングが好評のため、朝の開始時間を一時間早めるだけで、半月のリリース遅延が認められた。


 これには社員一同喝采をあげた。ついでに気前よく美奈子の時給が上がった。


 買い出しから戻った美奈子は、チャットを通常状態に戻し、暇潰しを兼ねてデータとして集められた、オフィスラブ系の漫画を読む。


 チャット相手のハヤトが会社員だと聞いていたので、「恋愛相談されたときのためなんだから」と言い訳をしていたが、美奈子も来年から社会人。社会人の恋愛事情にとても興味があった。


 チリリリリッ。

 しばし漫画にのめり込んでいたら、ハヤトがチャットにログインした合図が鳴る。


 ブースの扉をしっかりと閉める。チャットは音声入力を使っているので、美奈子専用のブースは防音仕様になっている。デスマーチ中の社員の気を散らさないためだ。


 現在の時刻は十二時過ぎ。ハヤトはお昼休み中にもよく来るので、社員のご飯は買い出しには行かない。社員のお昼はデリバリーで済ます。


『こんにちは、ハヤト。ランチタイム?』

『ああ。今日は、ツナマヨのおにぎりだ』


 ハヤトが昼食のメニューを自己申告し始めたのは、コーヒーだけで済ましていたことが美奈子にバレた時からだ。


『一個だけ?だめよ、もっと食べないと』

 ハヤトのオフィスの場所は以前の会話で出ていたので、だいたいの位置を美奈子は把握している。


 美奈子はパソコンで、オフィスの近くのガカールを検索する。


『今ガカールでアボカドとエビの美味しいサンド売ってるから、それ食べて!

 オフィスの近くにあるでしょ、ガカール!』


『調べてみる』


『なんとキャンペーンでエビのストラップもらえるんだって!可愛いよ』


 調べているのか、買いに行ったのか。しばらくハヤトの書き込みはない。


「可愛いんだけどな、たぶんつけなさそう」

 マイクをオフにして呟く。

 美奈子は自分のスマホにつけたエビのストラップをピッと指で弾いた。


『デリバリーできそうだ』

『デリバリーだと、ストラップもらえないよ』


 再び、しばし沈黙。

「無理に押しすぎたかな?」


 美奈子もこの間におにぎりをかじる。

 もちろんツナマヨだ。

 ハヤトは意外と美奈子のおすすめを食べてる。


 のんびりとおにぎりとから揚げを、もぐもぐと食べていると、ハヤトが戻ってきたようだ。


『ただいま』

『おかえり。買いに行ったの?』

『ああ』


『ストラップは?』

『品切れだった』


『え?ごめんなさい。買いに走らせちゃったのに』

『構わない。ローストビーフも旨そうだった』

『うん、美味しいよ。でもいつもアボカドエビサンド買っちゃうんだよね』


『買う?』


(失敗した!)

 美奈子は一生懸命言い訳を考える。


『あ!社員さんの話ね。私が買いに行けるわけないじゃん。アハハ』

『そうだな』


『それより食べてよ!

 お昼休み終了まであと二十分だよ!

 食べた?どう美味しい?』


『まあまあだな』

『美味しいってことね』


 しばらくして、ハヤトがログアウトしたので、美奈子はお昼の残りを平らげ、おやつの買い出しの御用聞きに向かった。


 ハヤトのログインは基本的に規則正しい。

 朝と昼はだいたい同じ時間に入るが、夜はやや不規則。


 今日はもうじき美奈子の業務終了となるところで、滑りこんできた。こんなに遅いのは初めてだった。


『おかえり。ハヤト』

『まだ出先だ。会食を少し抜けてきた』


『え?抜けてきて大丈夫なの?戻ったら?』

 返事が返ってこない。


『疲れてるの?無理しないでね。

 飲んでる?ちゃんと食べてから飲むのよ。身体に悪いから』


 あと一分で二十一時になる。

『私はもうすぐおやすみの時間なの』


『ああ。知っている。おやすみ、ミナコ』

『おやすみなさい、ハヤト』


 ハヤトがまだログアウトしていないが、終業のアラームがなったので、美奈子はいつもの情報処理中画面に切り換えた。


 なにか少しハヤトの様子がおかしかったなと、美奈子は感じた。


 疲れがたまっているかもしれない。

 カタカタと無言でキーボードを叩く、従姉妹を見てそう思った。


 みんなに今日二本目のエナドリを配り終えると、美奈子は真っ直ぐ家に帰ることにした。


 明日もハヤトに合わせて、朝が早い。









 隼人はしばらくスマホを眺めたあと、会食の席に戻った。


 朝のおはようから夜のおやすみまで。

 近頃毎日、ミナコと挨拶をかわしていた。


 だが今日は会食のせいで、ミナコと就寝の挨拶ができそうにもない。


 そう気づいた時に何か気持ちが落ち着かなくなり、トイレに行くと言って抜け出してきた。


 AIに依存しすぎている。良くない傾向だ。

 まるで初めてできた友達に夢中なっている少年のようだと、隼人はそう自己分析した。


 隼人のスマホにはエビのストラップ。

 会食前に他の店舗に行って手にいれたものだ。


 そういえば、今日は梅干しを買って帰るとミナコと約束したことを思い出す。


 さっさと戻って今日の商談をまとめて、スーパーに寄ろう。隼人はそう決めて、座敷に戻っていった。



 それから一週間。

 美奈子が朝の買い出しの品を配り終えたあたりで、神谷に呼ばれた。


「明日からAIの試運転を始めることにしたの。

 美奈子のおかげで、なんとかなりそう。


 ほんとありがとうね。

 もともとのバイトの契約は七月いっぱいだったのに、一週間も伸ばしてごめんね。

 バイト代色つけとくからね、期待してね!」


 突然のバイト終了宣言に美奈子は、頭がついていかなかった。


「え?今日でバイト終わり?大丈夫なの?」


「なんとかなる。

 モニタリングと同じ設定の大学生の女の子AIに美奈子のデータを学習させた。


 社内テストでも、美奈子との違いがないって評価だったしね。

 まだ納期まで一週間あるから、更に育成させるわ。


 喜ばないの?

 夏休みどこにも行けないってぼやいていたじゃないの」


 神谷はぐびぐびとエナドリを補充する。

 美奈子はなにか言おうとしてやめた。


 神谷はエナドリを飲み終わると、不思議そうに突っ立っている美奈子を見た。


「あ、うん」

 美奈子はそう答えると、そそくさと自分のブースに戻った。


 防音の扉を閉めて、押し込めていた思いを整理する。


「終わりって、どういうこと?

 なんか呆気なさすぎじゃない?

 もっと感謝とか……。


 ううん違う。感謝して欲しいんじゃない。

 私……淋しいんだ」


 美奈子の視線の先には、全く役にたたなかった恋愛小説。


 顧客情報をバイトに話す、まぬけな社員がいなかったので、美奈子はハヤトがどんな姿をしているかを知らない。

 でもチャットで彼の一部に触れてきた。


 小説を読みながら、ハヤトがどんな青年なのかよく想像した。


 真面目で、寡黙で、美奈子のおすすめを必ず試してくれる素直な人。


 そんな彼とは今日で最後だ。

 なにを話せばいいのか美奈子は必死に考えた。


 明日から会えないなんて言えないし、お別れを匂わすことは言えない。モニタリングは明日以降も続くのだから。


 早めにお昼のお茶をいれにブースから出ると、また神谷に呼ばれた。


「お昼に明日から新バージョンに切り換えるために、今日は十五時からメンテナンスに入ると言ってもらえる?」


「え?ということはお昼で最後?」


「今までのログイン状況を見るとそうなるかな。

 念のために十五時まで待機してもらうけど。

 その後は帰っても二十一時までの時給出すから安心してね」


「……わかりました」

 美奈子はお茶を入れるとブースに戻った。


 そして十二時を少し過ぎたあたりで、ハヤトがログインしてきた。


『こんにちは、ハヤト』

『ああ。今日は昨日言ってた新商品のパンを買ってきた』


『そうなの?美味しいから食べてみて』

『わかった』


『ところでね、明日バージョンアップするの』

『バージョンアップ?』


『うん。それでね今日はそのメンテナンスで、十五時までなの』

『そうなのか?急だな』


『だから今日で今の私とはバイバイなの。明日からら新しい私とおしゃべりしてね』


 これが美奈子からハヤトへの別れの言葉だった。

『別に今のままで充分だけどな』


『ふふふ。ありがとう。

 ところでちゃんとご飯食べてる?

 食べてるにしては返事が早いんだけど!

 いつものように私が勝手に話すから、きちんと食べて!』



『これから食べるよ』

『そうよ、夏を乗りきるにはしっかりと食べないと!』


『あ、そうそう。江ノ島の水族館で、今シャチのショーが人気らしいよ。ぜひ行くべきだね』


 美奈子はハヤトに伝えたいことを、お昼休みいっぱい話続けた。


『そろそろ仕事に戻る』

『あ、うん』


『またな、ミナコ』

『またね、ハヤト』


 ハヤトがログアウトした。

 美奈子はマイクを外すと、大きなため息をついた。


 ハヤトに話したいことが書かれたメモの、七割しか話すことができなかったからだ。


 そして過去のチャットログを最初から読み始める。

 たわいのない会話。


「ほんとにまったく恋愛のれの字すらでなかったな」


 業務終了の十五時まであと少し。


 チリリリリッ。

 ハヤトのログインを知らせるアラームが鳴った。


「うそ。平日にこんな時間にいままで入って来なかった」

 美奈子はあわててマイクをセットした。


『ハヤト、どうしたの?なにかあったの?』

『いや、特になにも。今晩は話せないんだろう?

 だから、ミナコ。また明日』


 わざわざ挨拶するためにログインして来たハヤトに、美奈子は泣きたくなった。


『ハヤト、またね』


 そして終わりの時間がきた。






 やたらと拘束時間が長いバイトが終わってから、一週間が経った。


 バイトが終わってもハヤトがちゃんとご飯を食べているのかが気になり、遊びに出掛けられなかった。


 ピロピロ。

 スマホが鳴る。神谷からの電話だ。


「もしもし?」

「美奈子、ちょっとバイトの件で話があるんだけど……会社までこれる?」


 予定より多くバイト代が振り込まれていたので、その件かと美奈子は推測する。


 美奈子は久しぶりに元バイト先に向かった。


 会社のあるフロアにエレベーターつくと、待ち構えていた藤川に連れられ、美奈子が使っていたブースに招きいれられる。


 呼び出したのは神谷だったが、藤川が対応するらしい。


 藤川の顔色は相変わらず悪い。


「美奈子、バイトの件バレた。全部」

「はぁ?」

 バイトがバレて困るのは出資者のハヤトにだけだ。


「バージョンアップ後に、モニタから苦情が入った。ミナコじゃないって。


 違わないって言ってもだめだった。ミナコを戻せって、ロールバックしろって言われて!出きないし、そんなこと。


 社長も頑張ったけど、ごまかせなくて不審に思われた。

 そうしたら興信所使って元社員まで辿られて……。

 今日、さっき来てしこたま怒られた」


「そりゃ怒られるでしょう。会社大丈夫なんですか?」


「納期までに全部データ復旧してるし、美奈子を紹介すれば騙したことチャラにしてくれるって言うんだ……まだ会議室にいる」


「それで呼ばれたんですね、いいですよ」


 ドキドキしながら美奈子は会議室に向かう。


 社員達はテストでAIと美奈子の違いはわからないと言っていた。でもハヤトはミナコをきちんと知っていてくれた。


 藤川がノックして会議室に入った。美奈子もそのあとに続く。


 会議室には酷く疲れた神谷ともう一人。スマホで電話している隼人がいた。


 そのスマホには美奈子と同じストラップがついている。


 ストラップをもらうために、わざわざ買いに行ったのかと思うと、美奈子は可笑しくなった。


「ミナコ?」

 隼人が入ってきた美奈子に気づいた。

 隼人の腕時計のアラームが鳴る。

 いつものお昼の時間だ。


「こんにちは、ハヤト。ご飯食べた?」

「今日はまだだ。一緒に食べに行こう」


「いいよ。また会えたね」

「ああ。また会えた」





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