空が降る夜に
「ねぇ、春樹。本当に0時までこの寒い中外で突っ立ってなくちゃだめ?」
ここ西奇町には、”年の境の真夜中に、家が震え、空が青くなる時、空が落ちてくる”なんて陰謀論みたいな言い伝えがまことしやかに受け継がれている。
もうすぐ2020年が終わる大晦日の晩、僕は友達の春樹に連れられて夜空を眺める為に公園に来ていた。
「当たり前だろ、なんならこれ言い出したの裕太だろ?海外じゃ大晦日の夜はみんなで外に出て新年のカウントダウンをするものなんだぁ!とか言ってさ」
「そ、それはそうだけどさぁ…」
時刻は深夜23時55分、吹いてくる寒風が露出している顔を激しく痛めつけてくる。
今日は春樹の実家でウチの家族共々一緒に大晦日を過ごす予定だったところを、トイレに行くふりをして2人でこっそり抜け出してきたけれど、すでに若干後悔し始めている。
「ま、俺もずっと気になっていたけどよ。」
「何に?」
トイレを行くふりをして抜け出すという完璧な作戦を組み立てた僕の思考についてかな。
「何って、そりゃ俺たち12年間も生きてきてて、今まで一度も大晦日の晩家の外に出たこと無いじゃねぇか。何なら年越しとかを過ごすリビングは外が見える窓なんか1つもないしよ。」
隣のベンチに腰かけている春樹が白い息を吐きながら近くの民家を指さす。
確かにどの家の窓もカーテンで閉められており、カーテン越しですらも一切の明かりが無いように見える。
「確かに、大晦日の夜は出歩いたことが無かったけど、普段の夜と比べてマジで真っ暗だよね。」
真夜中の静かな公園、車通りは一切なく、公園脇の道路に立っている切れかけの街頭だけがほの暗く灯っている。
「だろ?あんな”空が青くなる”だなんて言い伝えがあるのに、今まで一度も新年のタイミングで夜空を見たこと無いのも怪しくね?」
「確かに、そう考えると大晦日に出たからこそ西奇町でもこんな綺麗な夜空が見えるんだね。」
そう言って僕は夜空を指さした。
この町に暮らしてきて初めて見た天の川が夜空一面に広がっていた。
「うわぁ…すげぇ…」
「ね、綺麗…」
公園の真ん中に生えてる大木の葉の隙間から、まるで木漏れ日みたいに天の川が目に入って来る。
「でも、葉っぱに隠れて全体像は少し見えづらいね。」
「だな、このベンチからだとちょっと樹が邪魔だからもっと開けたところ行こうぜ。」
春樹は公園の隣にある何もない空き地を指して言った。
「うん、行こう」
そう言ってついていこうとしたら、片方の靴紐がほどけて踏んでしまっていることに気付いた。
「あ、ちょっと待って。靴紐がほどけちゃった。」
「おう」
待たせないように急いで靴紐を結ぶ。
その時、ただでさえ暗い西奇町が更に暗くなったように感じた。
「あ?なんか暗くね?…え、何、あれ」
春樹につられるように空を見た。
空には”蒼”があった。
違う、”空”じゃない。
星が無い、月もない、所々あった雲すらも。
地響きのような音が響き渡る。
「お、おい!逃げるぞ裕太っ!」
春樹が僕の手を引いて走り出す。
結びかけの靴紐が再びほどけた感覚がした。
見る余裕なんか無かった、ただ転ばないことを祈って必死に春樹に付いていった。
頭上から死が迫っていることを本能で理解していた。
窓を破るつもりで、近くの一軒家の柵を飛び越えた僕たちだったけど、遅かった。
”蒼”は一瞬で落ちてきた。
窓ガラスに飛び込もうとした春樹を飲み込んで
視界が”蒼”に染まった
西奇町にはこんな噂が受け継がれている。
”年の境の真夜中に、家が震え、空が蒼くなる時、空が堕ちてくる。
だから、決して外には出てはいけない。
外に居たら、星に変えられてしまうから。”




