トワとお散歩
早朝、辺りの高層住宅は静かだ。大岡は大好きなこの時間に今日もナコトと散歩する。そして、今朝は彼女の友達も一緒だ。
「……トワ。今朝の散歩に付き合ってくれて、ありがとうだぜー」
「マニアとナコトが家を出ちゃったら、私は一人で残されるからね。それは寂しいじゃないか」
昨晩から、友人のトワがマニアの家へ遊びに来ているのだ。それにしても、と大岡は思う。トワは寂しいと言っているが、実際は大岡の方が寂しがり屋なのだ。だから、大岡はトワの気遣いを嬉しく感じる。
「……えっと、この前もありがとうな。トワが送ってくれた呪物のおかげで、この前の配信はバズったぞ。新人配信者マニアちゃんの人気もうなぎ登り~ってね!」
「それは良かったよ」
「……いや、ごめん。ほんとはめちゃくちゃ恥ずかしいんだ。配信はバズったけど、何度もアーカイブを消そうかと迷った。でも、あれで人気が出たのは事実だから……消すに消せなくて……」
「だと思った」
「人気が出ちゃって、もう止まれねえって感じだなー」
トワがフフッと笑う。ナコトが速度を上げて、大岡は引っ張られる。そうするとトワの表情はまた柔らかくなった。トワは軽い足取りで大岡についてくる。
「……とと、ナコトちゃんも、トワが一緒で、嬉しいみたいだぞー。目が覚めてからずっと、はしゃぎっぱなしだもんなー」
「そうかー。ナコトが嬉しいなら、私も嬉しいよ」
歩いているうちに、トワの表情が、少し固くなる。大岡は何があったのかと気になる。大岡が緊張していると、トワは言う。
「マニアは、配信者を続けられそう?」
「……うん、なんとか。恥ずかしいこともあったけど、楽しいし……続けるよ」
大岡の返事を聞いたトワは「そっか」と言って、再び表情を緩めた。そんな彼女の顔を見ると大岡はホッとするのだった。
静かな、住宅や店の前を横切り、大きな公園までやって来た。広場の真ん中まで行って、大岡は柔らかいボールを手に取る。ナコトのリードから手を離し、思いきりボールを投げた。大岡の想像ほど遠くへは行かないボールをナコトが走って取りに行く。愛犬の様子を見守りながら、大岡はふぅ……と息を吐いた。この時間がずっと続いても良いのに。
ナコトが持って帰ってきたボールを、今度はトワが手にとって投げる。大岡より肩に力が入ってないことは明らかだったが、さっきより遠くまでボールは飛んだ。同い年の女子なのに、ズルいと大岡は感じてしまう。
すぐ近くに居るはずのトワが、大岡にはずっと遠くの人物のように思えた。お互いに同じボールを投げても、大岡は近くにしかボールが投げられなくて、トワはずっと遠くにボールを飛ばせる。昔から、そうだった。体を動かすようなことでは、大岡はトワとの差を何度も意識した。
妬ましいとか、そういう感情ではない。と、いうよりは……寂しい。昔から、大岡は友達との差を感じる度に、彼女たちがどこか遠くへ行ってしまうのではないかと、意識してしまう。それは寂しいし、怖かった。怖さを振り払うためには、とにかく行動して、彼女たちに近づくしかない。
だから、だ。大岡が配信者になったのは。運動のできない大岡は、ダンジョンに行っても死んでしまうだろう。彼女は彼女なりに、ダンジョンに関わる道を模索し、鑑定士になった。そして今度は、配信を始めることでダンジョン配信者の友人に近づきたい。それが、大岡の願い。
大岡の思いを、トワは知っているのだろうか? それは、大岡には分からない。猿の手を使ったならば、トワの心を知ることができるだろうか? けども、きっとそれは安易な願いだ。呪われた願望機に安易な願いをすれば待っているのは破滅。それを知っているから、猿の手は使わない。願いを達成する手段があっても、未来に破滅が待っているのでは使えないのと同じ。歯がゆくても、仕方がない。
そのうち、ナコトがボールに飽き始めているのが見ていて分かった。ボールを投げると、ナコトは取りに行くのだが、足取りがゆっくりになっている。こういう時、ナコトはその遊びに飽きているのだ。翌日になればまた遊んでくれるけど、今日はここらが潮時だろう。
「……そろそろ家に戻ろっか。トワ」
「そうだね、戻ろう。私、昼まではマニアと一緒に居るよ」
大岡はナコトの毛並みを撫でつつ、彼からボールを受け取った。ボールは少しベタついている。唾液のベタつきすら愛おしく思えるから、愛犬というものは不思議だ。
帰り道、大岡は隣を歩くトワの存在感に安心していた。同時に不安も覚える。少なくとも、家に帰りついたら、トワと共に歩くこの時間は終わってしまう。トワは昼までは家に居てくれると言っている。けれど、その時間もじきに終わる。そうしたらトワとの距離が開くようで、怖い。
「朝ご飯は何にしよっか? 帰りに何か買っていくかい? それとも決めてる? マニア」
「家にご飯無いし、今はナコトも居るし、早朝だし、選択肢は少なそうだぞ……コンビニでも寄るか」
「コンビニね。食べたいものあったら買ってくる。マニアはナコトと居てやりな」
「……助かるぜー。トワは頼れる友人だ」
ほどなくして、大岡たちはコンビニの前に到着した。早朝の店の明かりは少し眩しい。大岡は、トワがコンビニへと入っていくのを見送りながら足元のナコトに目をやった。彼は呑気にあくびをしていて、大岡はそれを可愛いと思った。




