猫の呪い(6)
「マリー。君がトワと競っていたのは、どちらが私の心を掴めるか。そういう勝負だったんだろう。もっと言うなら、どちらが私を納得させるか。そういう勝負をしていたんだと思う」
大岡の言葉にマリーは黙って頷いた。やはり、勝負の結果を決めるのは大岡の心次第だったか。そうでなければ、マリーが告白すれば、それで呪いは解かれる。マリーは本気で、大岡を振り向かせたかった。残念だけれど、今の大岡がマリーの思いに答えることはない。今回の事件で、大岡は自分の求めていたものに気付いたから。
「マリー、君の気持ちは分かったさ。でも、私は君の気持ちには答えない」
「どうしても……ですか?」
「どうしてもだ」
マリーから懇願するように問われても、大岡の答えは変わらない。大岡の心に、罪悪感は無かった。むしろ、今の彼女には悲しい思いがある。
「マリー、君は私をここに閉じ込めて、無理矢理にでも私に並ぼうとした。それは、私にとっては悲しいことだし、すぐに許せることでもない。私の先生にも迷惑をかけたわけだしね」
「マニアさん……それは……」
「私を思ってのこと……でもあるんだろ? 何ヵ月も前から私は不安でいっぱいだったし、最近は特に落ち込んでもいたからね……けど、君の行動は私には嬉しいものじゃなかった。どうしてか分かるかい?」
マリーは答えない。なら、大岡から彼女に話す。大岡には、その必要があるように思えたからだ。
「私は君やトワと並ぶことを願っていた。けど、それは君たちが私に歩調を合わせてくれることを意味するんじゃない。私はずっと君たちへどうにかして追いつきたいと足掻いていた。私にとって君たちは前を行く人たちでなければいけなかった。だって、私は心の底では、君たちのような凄いやつになることを望んでいたからだぜ」
「マニアさん……」
「だから、私は……正直に言うぞ。私は……マリーに失望した。君が私に手を差しのべて、同じ場所まで降りてこようとしたからだ。私は面倒くさい女だから、君のそんな行動は良しとしない。君のそんな行動は見たくなかった」
だから大岡はマリーの思いを否定する。ただ、大岡がマリーに一点だけ感謝していることはあった。その気持ちを大岡からマリーに伝える。
「一点、君に伝えるべきことは、君のおかげで私が、本当の私の気持ちに気付けたってことだな。私が君の行為に失望した時、同時に私が本気で求めていたものを言葉にすることができた。その点だけは、感謝してる。ありがとう」
大岡はマリーを見下ろしながらスマホを手に取った。大岡はスマホで通話先の相手に短い言葉を伝え、それをポケットにしまった。
「私は今から、屋敷を出る。きっともう猫の呪いは解けているから。屋敷から出たって時間は戻らないはずだ」
大岡の答えはすでに決まっていた。これから、トワに会いに行く。そうして、もう一度大岡からトワに告白する。それで今回の事件は終わりだ。ただ、それには結構な勇気が必要だ。大岡は静かに息を整える。
「……マリー、今の私は君に失望したままだ。けど、私は君の背中を追い続けてたくらいに、君のことを尊敬していた。だから、これからトワを追う私なんか追い越して、いつかまた、私の前を走ってほしい。また、いつか……」
「それは……私を……」
「許す訳じゃない。これ以上私を失望させないでくれって話だぞ。私は、君たちのようになりたくて、君たちに憧れていたんだから……」
それがその日、大岡とマリーが交わした最後の言葉だった。部屋を出て帰り支度を始める大岡にメイドたちは慌てていた。廊下をついてくる彼女たちに大岡は言う。なんだかんだで、友人のことが心配な気持ちもあったから。
「今、マリーは落ち込んでいると思う。正直、私も言い過ぎたところはある。だから、君たちに頼む。マリーを支えてやってくれ」
その言葉に唖然とするメイドたちを置いて大岡は走りだす。荷物をまとめ、外に出た大岡はただひたすらに目的地を目指す。いつだったか、ヤエ先生は大岡が答えにたどり着いた時には、もう迷うことはないだろうと話していた。その通りかもしれない。
やがて大岡はタクシーを見つけて乗り込んだ。運転手に「探索者協会まで」と伝え、息をつく。果たして大岡はトワにもう一度告白することが、できるだろうか? 不安な気持ちが無いわけではない。けれど、やると決めたなら、行動あるのみだ。できるだろうか? じゃない。やるんだ!
先程、マリーの屋敷から大岡がトワに思いを伝えた時、彼女はとても嬉しそうで、同時に困惑をしていることが、彼女の声だけでも分かった。
トワはきっと大岡の思いに答えてくれる。それでも、少しだけ不安を感じるのはなぜだろうか。トワがマリーのように、大岡の先を行く憧れの人から、歩調を合わせてくれる失望の対象に変わることを恐れてか。もしかしたら、そうかもしれない。それでも、大岡はトワに思いを伝える。その後どうなるかなんて、その時に考えれば良いのだ。
大岡が再び思いをトワにぶつける時が刻々と迫っていた。




