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猫の呪い(3)

部屋のソファーに腰かけたマリーが大岡を見上げていた。サクヤとナガヒメ……屋敷のメイドたちはは部屋の入り口に控えている。今は、悠長にしている場合ではないだろうに。そう思いながら大岡はマリーにある提案をしていた。


「屋敷から出る……ですか?」


 そう言いながら、マリーは手の上でコインを遊ばせていた。大岡の提案に対し不真面目な印象がある。大岡は眉が引き付くのを感じながら、つとめて冷静に話す。


「ここに来るまでに、何をするべきか迷ったがな……まずはこの呪物の影響がどこまでの広さなのかを調べたい。移動しながら、スマホでネットの反応を調べる。もしこの呪物の影響から逃れられたなら、一旦安心できると思わないか?」

「積極的に動くことが、必ずしも良い結果になるとは思えませんが……」

「……さっきから思ってるけどさ。らしくないぞ。私が今提案してるのは避難の試みだぜ。それすらも、するべきではないと?」

「もしかしたら、時の経過が問題を解決してくれるかもしれませんわ。それとも、これからどう動くか、再びコイントスで決めますか?」


 さっきから、マリーの反応は明らかに変だ。疑いたくない気持ちの大きい大岡だが、ここまで怪しいと、流石に疑わざるを得ない。


「……マリー。そこまで非協力的だと、まるで君が黒幕みたいだぞ……」


 つい、イラつきをぶつけるように言ってしまった。大岡は、少し気分が悪くなりながら、それでもマリーが協力的になってほしいと願う。けれど彼女から返ってきた言葉は、大岡にとって衝撃的なものだった。


「みたいも何も、わたくしが黒幕ですもの」

「なっ!?」


 言葉に詰まる大岡へ、マリーはこともなげに話す。


「ええ、わたくしが黒幕です。あなたに黒幕かを問われれば、わたくしはそうだと答えますわ。この呪物は、そういう縛りで力を発揮するものですから」

「なんで……」


 大岡の理解が追いつかない。もっと言えば理解したくないのだ。大岡はマリーに自由自在物を使われている事実を信じたくない。けれど状況から考えて、そう判断せざるを得ないだろう。それに自分が黒幕だと、マリー自身が話している。


「マリー、どうしてこんなことをした」

「それは答える必要がありません」

「……だったら、何なら話せる?」


 さっきマリーは自身が黒幕だとあっさり自供した。それが縛りだとも、話していた。ならば質問されれば答えなければならないこともあるはずだ。大岡は強いショックを受けながらも、マリーの行動には、何か事情があるのかもしれないと考える。


「君に何か特別な事情があるのなら、私は協力ができる。そのためにも、私の問いに答えてもらえたなら、助かる」

「……わたくしは、あなたが特定のワードを話したときにだけ正直に答えますわ。わたくしの事情をあなたに話す必要はありませんの」


 あくまで落ち着いた様子のマリーは、大岡を害そうとする様子を見せない。マリーに向いていた大岡の視線がメイドたちに向く。彼女たちも大岡のように驚きや戸惑いを隠せていない様子だ。となると、これはマリーの個人的な行動か? 大岡は落ち着いて思考するべく、一度大きく息を吸って吐いた。再び、大岡はマリーを見る。


「……マリー。私はこういう状況を作り出す呪物をいくつか先生の研究室で見たことがある。縛り……というかルールを設定することで、その条件が満たされるまで過程をやり直す呪物だ」


 特定の結果が確定するまで、ある空間の情報が定まらない。そのため、何度でも時間がループする。ヤエ先生が話していた。箱の中の状況をずっと確定させずにいられる。そういう変わった呪物だと。


「元の思考実験とは似て非なるそれ。その呪物は……シュレディンガーの箱……先生はその名前より、猫の呪いという言葉を好んで使っていたが」

「わたくしが使っているのは、その猫の呪いだと、マニアさんは疑っているのですね」

「ああ……単刀直入に聞くぜ。君が使っているのは、ヤエ先生の元から盗んだ呪物か?」


 マリーは「ええ」と頷いた。マリーが先生の元から呪物を盗んだ。それが確かになって、大岡は悲しい気持ちになる。が、悲しんでばかりはいられない。問題解決のためにできることをしなければ。


「……意外と、早くわたくしが犯人だと気付きましたわね。もう、何ループか必要なものかと思っていたのですけれど」

「マリー、たぶん君は……仮にここで拘束されても問題ないと考えている。そうだろ? だから落ち着いているし、メイドたちが武器を構えていても、動こうとしない」


 大岡の左右ではメイドたちが武器を構え、少しずつマリーへ近づいている。マリーは余裕の表情だ。


「マニアさん、わたくしは拘束されても問題ないと考えていますし、そもそも拘束自体ができませんのよ。だってこの屋敷内では一切の暴力が禁止されているのですから」


 その言葉は事実か、嘘か。二人のメイドが主人の拘束を試みれば、はっきりする。大岡は不安を感じつつ、状況を見守る。


「……マリー様、あなたがヤエ教授から呪物を盗んだのであれば、我々はあなたを拘束せざるを得ません。あなたが我々の主人だとしても」

「やってみなさいな。抵抗はしませんわ」


 サクヤはなるべく慎重にマリーへ触れたのだろう。それを大岡は確認し、次の瞬間には、屋敷の玄関に居た。


 また時間が巻き戻った。大岡はその事実を認識し、頭を悩ませる。とにかく、マリーと会って話をしなければ、状況は動かない。

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