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猫の呪い(1)

 一月も終わる頃、大岡は朝からマリーの屋敷を訪ねていた。以前訪ねた時と変わらず、屋敷は広い。部屋の数は百を越え、その部屋全てがマリーのための物なのだから、お嬢様って凄い。大岡はこの屋敷に来る度にそんなことを思うのだ。


「……ようこそいらっしゃいました。お嬢様は居間でお待ちです」


 玄関でメイドのサクヤに出迎えられた。大岡は彼女に荷物を渡して、運ぶのを手伝ってもらう。こうやって色々なことを手伝ってもらえると便利だなんて考えて、大岡はメイドを雇うべきか、割と真面目に悩むのだった。


 サクヤと共に歩きながら、大岡はふと、屋敷の時計を見る。時刻は午前九時を過ぎたところか。それにしても、英国風のアンティークな柱時計は格好いい……あれ? と大岡の頭に疑問が浮かぶ。こんなことをさっきも思ったような。


 やがて、大岡たちはマリーの待つ部屋に到着した。この屋敷の中でも特にマリーが使うことの多い部屋、ここをサクヤは居間と呼んでいた。前に来た時、大岡たちのコラボ配信に使った部屋だ。ちょっと前のことだが、なんだか懐かしさを感じるのは大岡だけだろうか。


 サクヤが荷物を持ったまま扉を開けた。すると……パンッと小さな破裂音がなった。それがなんなのか分かった時には、大岡の足元に赤いものが散らばる。


「……クラッカーってびっくりするよな」


 呆れ顔の大岡を出迎えたのは、楽しそうに笑うマリーとナガヒメだった。彼女たちの背後の壁には『お誕生日おめでとう!』と書かれた張り紙が見える。大岡は床に散らばった赤いものを拾う。良い紙が使われているようだ。クラッカーの中身まで一級品とは、流石お嬢様だ。


「ようこそいらっしゃいました。今日という日はマニアさんが主役でしてよ!」

「マニアちゃん誕生日おめでとー! 今日は全力で祝っちゃおー!」

「お誕生日おめでとうございます。お嬢様も、姉も、私も、この時を楽しみにしていました」


 突然のクラッカーに驚き、呆れた大岡だったが祝福されるのは嬉しい。「ありがとうだぞ」と応えながら、大岡は部屋を見回す。広い部屋にトワの姿はない。今日は彼女もここへと呼ばれているはずだ。


「……マリー、トワはまだ到着していないのかい?」

「ええ、彼女は探索者協会での手続きを済ませた後に、ここへ来るという話ですわ。到着は十二時前くらいになりそうだとも聞いていましてよ」

「そうなんだ」


 大岡はそのことを聞いてはいないが、先に連絡があったのだろうか。大岡には連絡がないことに少し寂しさを感じつつも、大岡は席に着く。相変わらず、この部屋のソファーはフカフカだ。


 マリーの隣に着席した時、大岡の目には、彼女の頬がほのかに紅くなったように見えた。緊張をしているのだろうか? あるいは熱があるとか? それとも、ただの勘違いだろうか? そんな疑問が頭に浮かぶマニアの横でマリーが一枚のコインを取り出した。このコインは、なんだか見覚えがある気がする。デジャブだろうか?


「マニアさん、わたくし。こんな芸も覚えましたのよ」


 そう言って、マリーはコインを指で弾く。指の上に落ちたコインを再び弾く。そんなことを何度か行い、それはただのウォーミングアップとでも言うように、手の上でコインを自在に操る様は、マジシャンみたいだ。大岡は思わず拍手で応える。


「凄いなぁ。マリー、練習したのか?」

「ええ。今日、あなたに見せるために」


 大岡のためにマリーは一芸を練習していたのだという。その事実が、大岡にはとても嬉しい。


「……マニアさん、一つゲームをしましょうよ」


 トワからの提案、このタイミングで話すということは、コインを使ったゲームだろうか? 特に断る理由もない。大岡が頷くと、マリーはコインの表面がよく見えるようにしてみせた。


「本当に簡単なゲームですわ。わたくしが弾いたコインが手のひらの上でどっちの面を向いているか。それを当ててほしいのですわ」

「なるほど。とりあえず、やってみよう。私は表を宣言するぞ」


 大岡の返事を聞いたマリーは嬉しそうに「では」と構える。そして彼女はコインを弾く。結果がどうなるか、大岡はドキドキする。ほどなくして手のひらに落ちたコインをもう一方の手でさっと隠す。


「では、開けますわよ」

「どっちかな?」

「どちらでしょう? さて、結果は……」


 マリーがコインを隠していた手を離す。そこには……表のコインがあった。大岡の予想が的中した。それが、なんだか嬉しい。


「表……ですわね!」

「だな!」


 それから、和やかなムードで大岡たちは会話に花を咲かせる。最近落ち込み気味だった大岡の心が少し楽になったかのようだ。こんな時間が続いてほしい。大岡は、そんなことを願っていた。


「……ようこそいらっしゃいました。お嬢様は居間でお待ちです」


 夢が覚めたかのような感覚が、大岡にはあった。気付くと、そこは屋敷の玄関。大岡の前にはメイドのサクヤが居る。


「あ、あれ!?」

「どうなさいました?」


 不思議そうな顔をするサクヤの前で大岡はほおを掻く。今見ていたものは夢だろうか? そんなことがあるだろうか?


 大岡はサクヤに荷物を渡し、屋敷を進んでいく。その途中、ふと目をやった柱時計は九時を示していた。

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