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毒の指輪(後編)

「無味無臭の毒に、本当は匂いがあった……ね。ダンジョンで見つかる全ての呪物は元となる逸話をベースにした物品となるはずだよ?」

「確かにそうだぜ、トワ。だからこそ私は今からその問題を解いていくぞ」


 大岡は、この問題の解き方を分かっている。後は、説明しながら解くだけだ。落ち着いて、順序だてて説明していく。


「まず、前提として呪物そのものには香りがある。より正しく言うなら、呪物の中の液体にだな」

「そうだね。私たちはその香りを確かに嗅いだ」

「ああ。で、問題はこの呪物の元となる物語には無味無臭の逸話があるってとこなんだ。けれど、私はその逸話には裏があると思っているぞ」

「裏……?」


 大岡の言葉に、トワは不思議そうな顔をする。トワは大岡の説明を一通り聞くつもりのようだ。トワの思慮深さには、いつも大岡は感心させられる。


「そう、裏だぞ。思うに、無味無臭の逸話とは、毒が周囲の環境に溶け込んでいたために生まれた話だと思うんだ。つまり、この毒の香りは、別の香りの裏に隠れていた」

「なるほど? 木を隠すならってやつだね?」

「木を隠すなら森の中、香りを隠すなら香りの中ってな。当時、毒薬カンタレラが使われる近くでは、似た匂いだったり、より刺激的で強烈な匂いがあったはず。私はそう思うぞ」

「似た匂いというのはアーモンド臭だね。それは例えば、アーモンドを使った菓子とかだろうか。なら、より刺激的な匂いというのは?」

「当時の貴族の食事では、とにかく多くの香辛料が使われていたと思う。そういう匂いや……あるいは、この毒の使い手自身がまとっていた香りかな?」

「香水……だね?」

「ああ、おそらくルクレツィア・ボルジアも香水は使っていたはず。となれば、香水の匂いに、毒の匂いを隠す……ということもできたかもしれない」


 大岡の説明を聞いたトワはしばらく黙って思考を巡らせているようだった。トワの思考がまとまるのを、大岡は静かに待つ。


「……マニアの説明は分かったよ。ただ、そんなに上手く毒の香りは隠せるものかな? 完全に毒の香りが、ターゲットの鼻に届かない。とは、考えにくい……気がする」

「正直なことを言うと、私もそう思う。いかに強い香りを周囲に漂わせていようと、毒の香りは、ターゲットの鼻には、届いているかもしれない。もしかしたらその香りは、かぎ分けられるかも、しれない……だとしても」

「だとしても……?」

「トワ。今からちょっと、いじわるな問いかけをするぞ」


 大岡は両手を広げた。ここはトワの家だし彼女は凄く鼻が良い。けれど、そうだとしても、この質問には答えられないと、自信を持って言える。


「この物が少ない部屋の中で、トワはありとあらゆる香りをかぎ分けて、すぐに説明できるかい?」

「それは一つ一つのものを嗅ぎながら答えても良いの?」

「もちろんだめだ。今この場の全て、私と、トワと、ナコトと、机、椅子、ベッド、パソコン、鞄、コーヒー、そして指輪。たったこれだけの全ての匂いを正確にかぎ分け、どれがどの香りかを説明する。これができるかい?」

「それは……」


 トワは何かに気付き、そして困ったように肩をすくめた。そして彼女が微笑みながら言ったことに大岡は驚かされる。


「私にそれができないと思ってるなら、マニアは特級探索者のトワを軽く見すぎだよ」

「え……できるん? まじに?」

「まじまじ。それくらいなら、できるよ私」


 トワからの思わぬ返事に大岡は驚き、恥ずかしい思いでいっぱいになった。まさか、この回答は想定していなかった。大岡としては自信満々の問いかけだっただけに、凄く恥ずかしい。穴があったら入りたい。


「……でも、マニアの問いかけの意味は分かったよ。普通の人は、これだけものが少ない場所でも、どれがなんの臭いか、とっさに判断することなんてできない。多少の時間をもらったところで難しいだろうね。マニアが私に言いたかったのは、そういうことでしょ?」

「あ、ああ……そうだぞ」

「だから、両手で顔を覆ってないで、最後まで私に説明してよ。マニア先生」

「先生って言うな。ま、まぁ……ともかくだ。話を続けるぜ。その呪物のオリジナルが使われていた場所では、より多くの、強い臭いがあったはず、その場で毒の香りを正確にかぎ分けて危険を回避できるのは、よっぽどの人間だ」

「私みたいなね」

「……そう、トワみたいな人間なら、毒のかぎ分けも可能かもしれない。けど、それは本当の例外。それと、普通の人は毒の匂いに関する深い知識は持たないだろう。当時のヨーロッパの貴族だったとしてもだ」

「だね。マニアの考えに私も賛同するよ」


 大岡は恥ずかしい思いをしたものの、これで、無味無臭の逸話に関する謎は解けた。後はダメ押しだ。


「最後に、この指輪に彫られている『B』の文字についてだ。これが何のイニシャルか。トワは分かっているだろう?」

「そうだね。話の流れからして、それはボルジア家の『B』なんだろうね」

「当たりだぜ。というわけで、毒の指輪と、伝説の毒カンタレラの説明は終わりだぜ」


 トワからの拍手を受けながら、大岡はほおを掻くのだった。

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