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毒の指輪(前編)

「今日の鑑定は配信しないんだね?」


 トワに聞かれて大岡は頷く。今は、配信をする気分にはなれない。だから、この鑑定を見せるのはトワにだけ。これが、もしかしたら気分転換になるかもしれない。


「今日は、トワのためだけの鑑定だぞー」

「そう、じゃあ……お願いするよ」


 トワは別の部屋から運んできたケースを開け、その中から一つの小さな呪物を取り出した。それが机に置かれる。小さな指輪には長方形の台座に宝石が乗ったような装飾があり、よく見れば装飾部分に『B』と彫られているのが分かる。


 この時点で大岡は、この呪物の正体にピンときた。念のため、もう少し調べてから、トワに呪物の正体を伝えるとしよう。この時点で正体を言い当てることに自信があっても、慎重に呪物の正体を見定めたい。自信満々に説明して間違ってたりしたら恥ずかしいし、鑑定士としての沽券に関わる。


「呪物を見ていくぞ。たぶん、この形なら……ここをこうすれば……」


 大岡は慎重に指輪の装飾部分に触れる。少し探って、すぐにそのギミックは見つかった。長方形の台座部分が開き、中には液体が入っていることが分かる。その匂いを嗅いでみると、甘いものが感じられた。香水やリキュールを思わせるそれ。おそらくはアーモンドだ。


「トワ、この液体の香りが分かるかい」

「私の鼻をなめてもらっちゃ困る。この距離でもほのかに感じるこの匂いは……アーモンドに似ているね」


 流石トワだ。同じ特級探索者のマリーと比べると、彼女の呪物に対する知識量は少しだけ劣る。けれど、トワの方が目や鼻が良く、様々なことに気付きやすい。それもまた彼女の強みなのだろうと大岡は思う。そうして、彼女と意見が一致したことを嬉しく感じる大岡だった。


「アーモンド集のする液体。単なる甘い飲み物ってことはないだろうぜ」

「つまり?」

「おそらく、これは毒の類い。アーモンドの香りがする毒物といえば、青酸カリが有名だぞ」

「青酸カリか……直球の危険物が来たね」

「とりあえず、この呪物のことは私からも、後で協会に伝えておく。それはそれとして」


 大岡は開いた指輪のギミックを閉じた。呪物であるこの指輪からは、無限に毒が生成されると思われる。シンプルに危険な物品。大岡も少し緊張している。


「誰かを、毒殺したいとか考えるのでなければ、さっさと探索者協会に渡すことをお勧めするぞ。ダンジョンで魔物相手に一服盛るってこともないだろう?」

「そうだねぇ。私は毒の類いは使わないし、見たところ、その毒は何か……飲み物とかに混ぜて使うものなんじゃないかな?」

「飲み物に混ぜて使う。私もそう思うぞ。というわけで、この呪物についての説明をしたいんだけど、聞くだろ?」

「ぜひ、説明をお願いするよ」


 トワからの了承は得られた。なので大岡は説明を始める。ヨーロッパに伝わる恐ろしい毒婦の話。けれど、大岡はこの物語の主人公を嫌いにはなれない。むしろ、魅力を感じるのだ。そんな、人物の名前は。


「ルクレツィア・ボルジア。ルネサンスのイタリアを生きていたとされる人物。トワも先生の授業で、その名前を聞いたことはあると思うぞ」

「ボルジア家はイタリアの貴族の家系だったかな。毒の逸話と関わりが深い……だったかな。その、毒の名前は……なんだったかな?」

「カンタレラ。毒の名はカンタレラだ。ボルジア家が暗殺に使ったとされる伝説の毒薬。それは、無味無臭。マンダラゲという植物の根だったり、豚の肝臓を使って作ったと言われているぞ」

「ん……ちょっと待って。その説明って少し、おかしくない?」


 トワの口から出た「おかしくない?」という問いの言葉に大岡は一瞬ドキリとした。けど、トワが今の話のどこに引っ掛かりを覚えたのかは大岡にも想像できた。だから、すぐに落ち着いてトワの言葉が続くのを待つ。


「まず、伝説の毒は無味無臭と言ったよね? けど私たちはさっきアーモンドのような匂いを嗅いだ。それに、毒の製法は青酸カリの作り方とは違うもののように聞こえたよ」

「その疑問は最もだぜ。まず、毒の製法について答えていくんだけど、このカンタレラの作り方には諸説ある。どういう製法で、どのような毒が作られたか、はっきりとしてはいないんだ」

「なるほど。続けて」


 今回の呪物の鑑定では、トワの疑問を解く必要がある。それは厄介な問題のようにも思えるし、かつてヤエ先生の研究室で交わした楽しい会話のようにも思えた。だから今、大岡はこの時間を楽しんでいた。


「伝説に伝わる毒は無味無臭……しかし私たちは、さっきアーモンドのような匂いを嗅いだ。これは確かに妙な感じがするぜ。なので今からそのことについて話していきたいぞ。構わないかな?」

「もちろん。それを知りたいからね」

「分かった。じゃあ、今からちょっとした説を話してみるぜ。もしかしたら、変な風に聞こえるかもしれないけど、聞いてほしいぞ」

「うん、話して」


 その返事を聞いて、大岡は話す。彼女が唱えた説に、トワは不思議そうな顔をした。大岡自身、変なことを言っていると思う。だって。


「もし、無味無臭の毒薬に、ほんとは匂いがついていたとしたら?」


 それはあまりにも、矛盾する言葉だからだ。

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