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トワの家で

 駅から離れた静かな住宅街。そこにトワの住む一軒家がある。元々は、彼女の祖母のものだったらしいのだが、今はトワが受け継いでいるという。そこへ大岡はやって来た。愛犬のナコトと共に家の扉の前に立つ。インターホンを押して、少し緊張した気持ちで待っていると、ほどなくして扉が開いた。


「やぁ、マニア。ナコトも一緒だね。とりあえず中に入ってよ」


 扉を開き、出てきたトワを見て、大岡は気持ちが高鳴るのを感じていた。促されるままトワの家にお邪魔する。家の中に物は少ない。


「ほとんど、寝泊まりするためだけに使ってる家だからね。あとは動画編集作業と食事に使ってるくらいかな。もっと物を置いた方が良いと思う?」


 トワに聞かれて大岡は困った。その質問には、どう答えたら良いものか。でも、何か答えるべきだろう。ひとまず、大岡は無難な返事をすることにした。


「新しい物が必要なければ今のままで良いし、何か必要になるなら、その時に増やせば良いと思うぞ」

「ん、そうだね。ところでさ、この辺に良い銭湯があるんだよね。大岡はそういうところは使うかい?」

「私は、家でシャワー浴びてるくらいだぞ」

「そっか」


 他愛のない話をしているうちに、二人はトワの部屋についた。ベッドと机、あとは椅子と、パソコンと、ダンジョンの探索に使うであろう物が詰まった鞄がある。本当にトワにとっての必要最低限の物だけが置かれた部屋だ。それもまた、彼女らしくて良いんじゃないかと大岡は思ったり。


 ナコトはベッドの側へ行き、そこで丸くなった。大岡としては、ナコトが大人しくしてくれるのは助かる。けれど、人のうちでくつろぎすぎ、ではないかな……とも思う。トワが気にしてる様子もないので、大岡から何か言うことは無い。


 トワはベッドに座り「マニアは椅子に座りなよ」と言う。言われた通り、大岡は部屋の椅子に座った。この椅子には、普段トワが座っている。そのことを意識すると、なんだか体がムズムズする。それは他人からすると気持ちの悪い感上だったりしないだろうかと大岡は、少し不安になる。


「……マニア、最近元気がないってヤエ先生に聞いたよ」

「別に元気がない訳じゃないけど……トワから見てもそう見えるかい?」

「そうだね。最近のマニアは少し元気がないように見えるよ。まだ慣れない配信に疲れちゃったって感じかな?」

「いや、配信活動自体には、もう慣れたぞ。ただ……」

「ただ?」

「なんとなく……かな。少し配信をやる気分じゃないんだ……」

「そう……気分じゃないなら仕方がないね」


 そこで、会話が止まった。大岡は無言の間を息苦しく感じる。何か話さねば……そう考えるのだが、上手い言葉が出てこない。そんな中で「ねえ」と話してくれたのはトワだった。彼女の言葉が今の大岡には、ありがたい。


「それでも、今も鑑定の仕事は続けてるんでしょ? 今回も、私の依頼を受けてくれたのだし……依頼品は別の部屋にあるから、後で持ってくるよ」

「ああ、依頼には応えるぞ。大丈夫、私の鑑定士としての腕は鈍ってないぜ」


 ぎこちない会話をしているうちに、大岡は目の前の相手からじっと見られていることに気付いた。観察されているような、そんな感覚。トワが相手なら嫌な気はしない。けれど、なんだかこそばゆい。


「……マニア」

「何かな?」

「君、何か悩んでる?」


 それは鋭い質問だった。やっぱり、トワは人の気持ちに対して鋭い。それは彼女の長所だ。大岡はそんな彼女に凄いなあと思いながら「そうだね」と答える。


「悩んでるっていうか、先生に宿題を出されてね。それで、ちょっと考えてるぞ」

「先生からの宿題かぁ。また彼女から無理難題を頼まれてるんじゃないかい?」

「そんなことはないぞ。けど、じっくり考えたいんだ」

「……そうなんだ。とにかく、今日は私の依頼を受けに来てくれてありがとう。マニア」


 トワは一旦部屋を出た。少しして、彼女は戻ってくる。彼女は二つのコップを持っていて、その香りから、コーヒーを淹れてきてくれたのだと分かる。「インスタントだけど」とはにかむトワに大岡は「嬉しいぞ」と答えた。嬉しいという言葉は、紛れもない本心だ。


 大岡はコップを受けとる。暖かい熱が手の平に伝わった。それを一旦机に置き、大岡はふと思い出す。


 昔、トワが初めてコーヒーを奢ってくれた時、彼女がそれを美味しそうに飲むのを見て、当時の大岡は彼女を羨ましく思った。その頃はまだ大岡はコーヒーが苦手で、それを、美味しく飲める友だちをかっこよく感じたのだ。後日マリーもコーヒーが好きだという話を聞いて、大岡は彼女たちのようになりたいと思った。


 その後、大岡はコーヒーを何杯も飲んで、苦味に慣れる特訓をした。もう大学生なのだし、コーヒーくらい飲めるようにならなければと、それは馬鹿みたいな話だけれど、当時の大岡は真面目に考えていた。その時、どうしてそれほど真面目になれたのだろう? なんだか不思議で面白かった。


 大岡は「ふふっ」と笑みをこぼしながらコーヒーを一口飲んだ。胃の奥へ暑いものが流れていく感覚にホッとする。あの時の特訓のお陰で、大岡は友だちと同じ飲み物を好きになることができたのだ。


「……コーヒーのお陰で、ちょっと元気になったぞ。それじゃあ、トワ。そろそろ依頼品を見てみようか?」

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