先生と居酒屋で
大岡が、マリーとのコラボ配信に向けて準備をしていた頃、ある人物からスマホにメッセージを受け取った。その人物と今、大岡は居酒屋に来ている。静かな雰囲気で落ち着ける店だと大岡は思う。
「……今日はお誘いいただいて、ありがとうございます。先生」
「世辞は良いわ。今日はのんびり飲みたい気分なのよ」
ヤエ先生も、そういう気分になるときがあるんだな。と、考えて、それを口にするのは失礼に当たるだろうと大岡は黙っている。そんな大岡に、ヤエは「最近、配信活動で楽しくしているのね」と言う。その言葉がなんだか嬉しい大岡だった。
「ええ、トワやマリーが時々コラボしてくれて。今度、またマリーとコラボするんです」
「そう、君たち三人は似た者同士だし、波長が合うのでしょうね」
似た者同士、という言葉は引っかかる。大岡は、トワやマリーが自分と似ているようには思えなかったからだ。もしかしたら今の言葉は世辞なのだろうか?
「似た者同士……でしょうか?」
「私はそう思うよ。これは本心」
ヤエ先生の言葉の真意は分からない。それは、どういうことかと大岡が聞こうとした時。焼き鳥が運ばれてきた。先生は「これこれっ」と口元を緩め「ここの焼き鳥は美味しいのよ」と得意気に話す。大岡は相槌を打ち、焼き鳥を一本手に取り食べてみる。確かに美味い。
「焼き鳥にビールッ。こんなに美味い組み合わせが他にあるだろうか。いや、ない! 大岡君も、そう思うでしょう?」
「……まあ、そこは同意します」
先生が手に持つジョッキの中身はほとんど減ってないのだが……彼女はすでに酔っているのだろうか? 大岡は少し不安になる。酔っぱらいの面倒を見ることになる。なんてのは、ごめんなのだが。
「酒も肴も美味い。その上、お気に入りの生徒と呑めるなんて、最高よねぇ」
「ありがとうございます。呑みすぎないでくださいね」
「大丈夫よ。私、セーブはできるもの」
本当だろうか? 大岡は大いに疑問を感じている。思い返すと、先生は昔から、酒には弱かったような気がする……たぶん、そうだった。
「私、悪い酔い方はしないのよ。すうっと眠くなって、気がついたら一時間くらい経ってる。けど一眠りもすると、お酒はすっかり抜けているの」
それは、羨ましい酔い方だな。と、大岡は思う。けれど、自分の前で眠るのは勘弁してほしいなあ。と、考えながら大岡はジョッキの中の液体を一口飲んだ。冷えたビールは喉ごしが爽やかで、気分を良くしてくれる。
「……大岡君、私が眠ったら、先に帰っちゃって良いわよ。たまには君と呑みたくて、それで酒の席に呼んだけど。支払いは私に任せておきなさい。適当なところで帰ってもらっても、私は構わないから」
「先生、ありがとうございます。でも、その言い方はないですよ。先生が眠っても、最後まで付き合いますから……でも、できれば寝ないでください」
「善処するわ。でも、この店でなら寝ても平気なのよ。ここの店主は私が寝てるところを何時間でも見てられるって言ってくれたから」
それこそ、お世辞だろう。口から出そうになった言葉を大岡は飲み込んだ。こんなでも恩師だし、彼女の豊富な知識は、素直に凄いと思うのだ。尊敬してはいる人の気分を、あまり害したくはない。
「大岡君、人が……愛する相手に最も提供するべきものはなんだと思う?」
「急ですね……それこそ、愛を提供するべきって話じゃないんですか?」
大岡の返事にヤエ先生はくつくつと笑う。そういう反応は少しイラッとする。同時に、もう少し考えてから返事をするべきだったかと反省した。
「愛は提供できないわ。そもそも、愛とか、人の感情は、提供できるものではないものよ」
「……答えを教えてもらっても良いですか?」
「ギブアップが早いのね。まあ良いわ……答えは、時間よ」
「お金とかではないんですね」
「大岡君、私に言わせればね。お金や物で愛を語っても、足りないのよ。それらは、相手の気を引くことができても、それで終わり。愛する人には、時間を提供するべきなのよ。時間だけが、愛を深めてくれるものよ」
「なるほど? 勉強になります。えっと……先生は何故、この話を?」
良い話だとは思うが、急な話のようにも大岡は感じていた。何故、ヤエ先生は今このような話をしているのだろう?
「……ふふ、あなたが、トワ君やマリー君の話をしていたからね。彼女たちは、あなたのために時間を使ってくれているでしょう? それはとっても良いことなの。まあ、なんとなく? そう言っておきたかったわけ」
「私が、トワやマリーに愛されてると?」
「そうよ。友達としてか、はたまた別の存在としてか……あなたは二人から愛されてるってこと」
「なるほど」
ならば、大岡がヤエ先生との酒の席に付き合っているのも、そこに愛があるから、ということだろうか? 愛とは、その者の価値を認め、強く引きつけられる気持ち。確か、過去に辞書で調べた時は、そんな説明が載っていただろうか。そんなことを考えながら、大岡は尊敬する酔っぱらいの言葉を聞いていた。




