地獄の門(前編)
今夜も、大岡の配信が始まる。何度か配信をして、そろそろ生配信にも慣れてきた大岡だが、慣れてきた今だからこそ気は抜けない。思わぬミスをしたりしないように気を引き締めて喋っていく。
「こんばんは。大岡マニアだぞー。そろそろ新しい挨拶を考えたいところだな」
・こんばんは
・こんばんはー
・挨拶かー
・こんおかとか?
・こんマニとか良いんじゃない?
「ま、挨拶はおいおい考えていくとして、今日は、探索者協会からの依頼で、とある呪物を鑑定していくぞー。撮影許可はちゃんと、とってるから安心してね」
今回の依頼は、トワやマリーといった友達からのものではない。友達の助けを借りない始めての配信だけど、なんとかやってみるしかない。彼女たちがダンジョンで頑張っている間、大岡はこっちで頑張るのだ。
「というわけで今回の依頼品を見てみよう」
大岡はケースから取り出したそれを机に置いた。黒色の正二十面体。それは箱のようであり、立体のパズルのようでもある。これを始めてみた時から、大岡は禍々しいものを感じていた。
「……とりあえず、依頼者からの情報を話していくぞ。この正二十面体が発見されたのはダンジョンの深層。見つけてすぐケースに入れ、ダンジョンの外まで戻ってくるのに丸一日かかったそうだ。その時に妙な夢を見たとも言ってたな」
・ふむふむ
・夢?
・妙なもなにも、夢は夢なのでは?
・なるほど?
・今回の依頼品も、ダンジョンの深層で見つかったものか
「依頼者は夢の中で、崖の下を覗いていたそうだ。下からは多くの人間が登ってこようとしていて、そのうちの一人が依頼者の体を掴んだ。そうして、何かを叫ばれたそうだ」
・不吉
・悪夢だな
・うえー、あんまり見たい夢ではないね
・それは確かに妙な夢だね
・夢に干渉する呪物ってのもあるの?
「人の夢、あるいは精神に干渉する呪物は存在する。厄介だよな。だけど、この情報で今回の呪物の正体には、見当がついた」
・え!? もう!?
・流石マニアちゃん
・マニアちゃんすぐ呪物の正体を見破るよな
・夢にも干渉って呪物はなんでもアリだな
・この呪物の正体はなんなんだぜ?
大岡はすでに、この呪物の正体がおおよそ予測ができている。けれど、まだ断言はしない。呪物を扱う時、危険なのは思い込みだ。呪物の正体に見当はつけつつも、それを確かにするために鑑定を進めていく。その正体が確定するまでは、いつもハラハラだ。
「……私の予測があってれば、こうして……さらに、こうしてだな……」
大岡は手探りで正二十面体をカチャカチャと動かしていく。ある面を押せばある面がとびだし、ある場所をねじればある面が引っ込む。他にも様々に正二十面体の形をいじることが可能だった。パズルを楽しむ感覚で、大岡はリスナーとのやり取りをしながら、ある形を完成させた。
「……クマの形になったぞー!」
・おー
・クマー
・パズルの呪物?
・■■■■■■■■■■
・なんか面白いねこの呪物
コメントの中に奇妙なものが現れたのを大岡は見逃さなかった。彼女の推理が当たっているなら、このようなコメントが増えるはず。そうであれば、良い感じだ。
「皆、数分で良いからコメントを止めてみてくれー。マニアちゃんからのお願いです」
・はーい
・了解
・何かの検証かな?
・■■■■■■■■■■
・■■■■■■■■■■
「ふむ……思った通りだぞ。これから変なコメントが一時的に増えると思うけど、呪物の影響だから安心してなー。つまり、荒らしとかでは、ないってことです」
・変なコメあると思ってたけど荒らしではないのか
・呪物さんがログインしました
・■■■■■■■■■■
・まじかー
・■■■■■■■■■■
「よーし、呪物くんもコメントしてくれてるし、お姉さん頑張っちゃうぞー」
大岡は呪物からのコメントも楽しみながら、さらにパズルをいじっていく。クマの形をしていたそれは、数十分ほどで鷹の形に変形した。その影響か、さらに配信へのコメントがおかしくなっていく。
・ ■■■■■■■■■■
・■■■■■■■■■■
・■■■■■■■■■■
・■■■■■■■■■■
・■■■■■■■■■■
「ふーむ。かなり、賑やかなことになってきたな。おそらくこのパズルは魚の形にもなるんだけれど、そこまで進めるのはやめとこうか。流石にやばそうだ」
大岡はさっきとは逆の手順でパズルを元の形に戻していく。元となる物語的には、このパズルにガムテープを巻きつけて捨てれば、呪物からの悪影響を防ぐことはできるけど、依頼品は元の状態に戻す必要がある。大岡はパズルをいじるのは得意だから、その作業に苦労することはなかった。とりあえず、元の形に戻して一息つく。コメントの様子も、正常に戻っているようだった。
・なんか変なコメントが増えてたな
・今さっき来たんだけど、どういう状況?
・呪物さんがログアウトしました
・お、呪物が正二十面体に戻っとる
・コメントをする呪物か。それだけってことはないよね?
「さっきはちょっと賑やかになってたなー。あれは地獄の門。ほんの少しだけ、その門を開いて閉じたってわけ」
これだけやれば、正二十面体の正体は確定だ。恐ろしい地獄の門。リンフォンがそこにある。




