最終章:桜の季節、それぞれの道
シーン1:春の陽だまり
季節は巡り、春。
マリンサイド・エリアの公園は、満開の桜に包まれていた。
デジタル制御された人工樹木ではない。本物の桜だ。散りゆく花びらが、風に舞っている。
その桜の木の下で、二人の老人が将棋を指していた。
藤井哲也と、田所源蔵だ。
源蔵はリハビリが進み、まだ言葉は少ないものの、自分の足で歩けるまで回復していた。
「……王手」
藤井が駒を打つ。
「……ふん。……甘い、な……」
源蔵が震える手で駒を動かす。逆王手だ。
「おや、読まれていたか」
藤井は楽しそうに笑った。
「ゲンさん、アンタの脳みそは、まだまだ現役だな。国家のスパコンより優秀かもしれん」
「……当たり、前だ……。ワシは……人間、だぞ……」
源蔵の言葉はたどたどしいが、そこには確かな誇りがあった。
二人の笑い声が、桜吹雪の中に溶けていく。
それは、彼らが命がけで守り抜いた「当たり前の日常」の風景だった。
シーン2:空港での別れ
一方、新浜国際空港のロビー。
カラーメイツの三人は、大きなトランクを抱えていた。
事件後、彼らの技術力と正義感が見込まれ、海外のNGOから「技術顧問」として招聘されたのだ。
ほとぼりが冷めるまでの海外留学、といったところか。
「……本当に、行っちゃうの?」
見送りに来たのは、エリックとエレナだ。
結衣はエリックの前に立つと、もじもじしながら足元のタイルを見つめた。
「うん。……もっと勉強して、凄腕のハッカーになって帰ってくる。
そうしたら、今度こそエリックさんの脳をハッキングしてあげるから!」
「へっ、お手柔らかに頼むぜ」
エリックは苦笑いしながら、結衣の頭を大きな手でポンと撫でた。
「元気でな、お転婆娘。……お前らの作ったあの変なロボットたち、嫌いじゃなかったぜ」
その言葉に、結衣は顔を真っ赤にして、いきなりエリックに抱きついた。
「エリックさん大好き! 絶対、絶対また会いに来るからね!」
「お、おい! 離れろ!」
慌てるエリックの横で、エレナが腕を組んでジト目で見ている。
「……そこまでよ、結衣。時間切れ」
エレナは結衣を引き剥がすと、何かを手渡した。
小さなメモリチップだ。
「……最新の防壁プログラムのソースコードよ。向こうの回線は治安が悪いから、お守り代わりに使いなさい」
「エレナ……」
結衣はチップを握りしめた。
「……ありがと。あんたも、エリックさんのこと、ちゃんと見張ってなさいよね!」
「言われなくても。私のエリックさんだもの」
二人の天才少女は、最後にバチバチと火花を散らすような視線を交わし、そして同時に吹き出した。
「じゃあね、ライバル!」
「さよなら、お騒がせな子猫ちゃん」
美咲と拓海も、エリックと握手を交わす。
「世話になったな、おっさん」
「アンタの背中、勉強になったわ」
「おう。向こうでも派手にやれよ」
ゲートの向こうへ消えていく三人の背中。
エリックは彼らが見えなくなるまで手を振り続け、隣のエレナがそっと彼の手を握った。
シーン3:ネットの海と、地上の絆
夕暮れ時。
公園のベンチで一人、桜を見上げる藤井哲也の姿があった。
源蔵は家族が迎えに来て帰った後だ。
「……いい桜だ」
独り言のように呟くと、隣の空間が陽炎のように揺らいだ。
いつの間にか、香織がそこに立っていたのだ。
彼女は新たな任務に向けて旅立つ準備を整えており、これが最後の「別れの挨拶」だった。
「……行くのかね、隊長」
『ええ。私の脳とAIが、もっと広大な世界へ行けと囁いているの』
香織の声は、空気の振動ではなく、藤井の補聴器に直接届いた。
『AIと一体化した私には、この国のシステムは、少し窮屈すぎる』
「ふむ。……私には理解できん世界だ」
藤井は杖についた傷を撫でた。
「私はやはり、土の匂いと、紙の感触と、面倒くさい家族のしがらみの中で生きるよ。……ここが私の居場所だ」
『それでいいわ。
肉体を端末として交換可能と考える私とAI、肉体を守り抜くあんた。
……道は違うけれど、目指す「自由」の形は同じよ』
香織が立ち上がった気配がした。
桜の花びらが、まるで見えない人の形に沿うように舞い上がる。
『藤井哲也。……あんたの作った「判例」は、きっと未来に残るわ。
また会いましょう。……尊厳が囁く時に』
風が吹き抜けた時、そこにはもう誰もいなかった。
ただ、一枚の桜の花びらが、藤井の膝の上に舞い落ちただけだ。
「……やれやれ。ハイカラな別れ方だ」
藤井は花びらを手に取り、空にかざした。
遠くから、孫たちを乗せた飛行機が飛び立つ音が聞こえる。
人間の脳とAIが形作る新たな世界には隊長がいる。
異国の空には孫たちがいる。
そして、この地上には自分がいる。
世界は繋がっている。
どんなに離れていても、どんなに形が変わっても。
尊厳の輝きがある限り、孤独ではない。
「さて……帰って、晩酌でもするか」
藤井哲也は杖をつき、ゆっくりと歩き出した。
その背中は、かつてないほど大きく、そして自由に見えた。
極彩色の反逆者たちの物語は、ここで幕を閉じる。
だが、彼らが灯した「生命の色」は、この灰色の都市の中で、いつまでも鮮やかに輝き続けるだろう。




