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第6章:三千世界の共鳴(レゾナンス)

シーン1:一針の糸、三位一体の魔女たち

視界がバーンアウトすると、次の瞬間、世界は「泥」のような情報の濁流に変わった。

「――くっ、重い……!」

結衣ユイのアバター(猫耳少女)が、データの奔流に押し流されそうになりながら悲鳴を上げる。

そこは、長男・拓海の脳内――そして、そこに接続された三千人分の脳が形成する、巨大な無意識の流れだった。

「しっかり捕まってなさい、結衣!」

彼女の手を掴んだのは、純白のドレスを纏ったエレナのアバターだ。彼女の背中には、光り輝く障壁バリアが展開され、濁流を押し留めている。

「データの流速が異常よ。三千人分の思考ノイズが、拓海さんの自我を押し潰そうとしている。……これじゃ、どこに本人の意識があるのか特定できない!」

「泣き言を言うな」

二人の頭上から、冷徹な声が降ってきた。

結城香織(隊長)だ。彼女のアバターは、シンプルだが極限まで密度を高めた戦闘用スーツ姿。その全身から放たれる青白い光が、濁流を照らし出す。

「エレナ、お前は三千人の脳の『並列化処理』を担当しろ。彼らの暴走する思考を鎮め、整列させるんだ」

「で、でも隊長! 私一人のキャパエリアじゃ、三千人の尊厳なんて支えきれません!」

「やるのよ。……エリックが見てるわよ?」

「……ッ! やります!」

エレナの瞳に決意の炎が宿る。彼女は両手を広げ、光の糸を放った。

展開デプロイ! 並列化プロセス・オラクル! ……皆さん、静かに! 順番に並んでください!」

天才少女の演算能力が限界を超えて駆動し、混沌としていたデータの氾濫が、美しい幾何学模様へと整えられていく。

「結衣! 道は開けたわ。お前の『愛』で、拓海を見つけ出しなさい!」

「うん!」

結衣は整えられたデータの回廊を疾走した。

「お兄ちゃん! どこ!?」

「私は……全体の負荷ロードを持つ」

香織はそう呟くと、三千人の脳から逆流してくる「死の恐怖」や「痛みの記憶」といった負のデータを、自らのAIアテナの制御領域へと引き受けた。

(……重いな。これが、切り捨てられようとしていた命の重さか)

香織の脳とAIアテナとがきしむような熱を持つ。だが、彼女は不敵に笑った。

(悪くない。……久々に、燃える展開じゃない)


シーン2:黄金の巨人と、泥臭い反撃

現実世界。アイギス島、中央制御室。

「おのれ、おのれぇぇッ! 私のシステムを汚すなァッ!」

CEOの鹿島が、狂ったように叫びながらコンソールを叩いた。

ハッキングによってシステム制御を奪われつつある彼は、最後の安全装置フェイルセーフではなく、攻撃スイッチを起動した。

「排除だ! 全てすり潰してやる!」

制御室の床が割れ、地下格納庫から巨大な影がせり上がってきた。

それは、身長5メートルを超える重機動搭乗兵器アームスーツだった。だが、ただの機械ではない。装甲の隙間から、無数のケーブルが這い出し、天井のサーバーファームへと直結している。

全身が黄金色に塗装されたその機体は、悪趣味な神像のようだった。

「試作機『ゼウス』。……こいつの演算コアには、三千人の脳の処理能力がリンクしている! 貴様らの動きなど、全て未来予知のように見えているぞ!」

鹿島がコクピットに乗り込むと、ゼウスの巨腕が唸りを上げた。

ブンッ!!

ただの裏拳が、空気を引き裂く衝撃波を生む。

「危ねえ!」

エリックが美咲を突き飛ばす。直後、彼らが立っていた場所の床材が、紙のようにめくれ上がり、粉砕された。

「速い……! あの巨体で、なんであんな反応速度が出せるの!?」

美咲が着地しながら叫ぶ。

「言っただろう! 三千人の脳による超並列演算だ!」

ゼウスの中から鹿島の哄笑が響く。

「貴様が右に避けるか、左に避けるか、筋肉の動き出し(初動)を見る前に、確率論で予測済みなんだよ!」

美咲がワイヤーを放つ。だが、ゼウスはまるでワイヤーの軌道を知っていたかのように最小限の動きで回避し、逆にワイヤーを掴み取った。

「しまっ――」

「捕まえたぞ、ハエが!」

美咲が空中で振り回され、壁に叩きつけられようとしたその時。

「美咲姉!」

ドガガガガガッ!

ドローン(G号同乗)が、壁を走りながらガトリング砲を乱射した。

「離せ、コイツー!」

弾丸はゼウスの厚い装甲に弾かれるが、鹿島の注意を一瞬逸らすことには成功した。美咲は空中で姿勢制御し、ワイヤーを切り離して着地する。

「ありがとう、ドローン! G号!」

「無駄だ無駄だ! 弾道予測も完璧だ!」

鹿島が操作レバーを倒すと、ゼウスの背部からマイクロミサイルが発射された。

全方位攻撃。逃げ場はない。

「チッ、盾になれ!」

エリックが前に出て、美咲と藤井を背に庇う。

ドオォォォン!!

爆炎と煙。

「ぐぅぅ……ッ!」

エリックのボディが悲鳴を上げる。防弾コートが焼け焦げ、人工皮膚の下の金属骨格が露出する。

「エリック!」

「へっ……痒いな。だが、ジリ貧だぜ」

エリックが膝をつく。圧倒的な演算能力による「未来予知」じみた攻撃。これに対抗する手段はあるのか?

その時、藤井哲也が煤けた顔を上げ、静かに言った。

「……未来予知、か。

鹿島。貴様は三千人の脳を使っていると言ったな。……だが、それはあくまで『論理的』な予測に過ぎん」

「なんだと? 負け惜しみか、老いぼれ!」

藤井は杖を構え直した。

「人間はな、時に論理を超えた動きをするものだ。

……美咲、エリック。そしてドローン。

『作戦コード・カオス』だ。……理論セオリーを捨てろ。直感と感情で動け!」


シーン3:論理ロジック殺し

「作戦コード・カオス? ……へっ、要するに『滅茶苦茶にやれ』ってことか?」

エリックがニヤリと笑い、立ち上がった。

「得意分野だぜ」

「理解したわ」

美咲が『シルフィード』のリミッターを解除する。

「計算できない動き……やってやる!」

「僕も混ぜてー!」

ドローンの中で、G号の意識が共鳴する。

『予測不能……ソレ、ボクノ得意技!』

「来るぞ! 散開!」

ゼウスが再び剛腕を振り下ろす。

だが今度は違った。

エリックは避けると見せかけて、あえて正面から突っ込んだ。

「オラァッ!」

彼は重機関銃を鈍器として投げつけ、素手でゼウスの指を掴みにかかる。

「なっ、自暴自棄か!?」

鹿島の予測AIが「自殺行為」と判断して回避行動をキャンセルした瞬間、エリックはその指をへし折る勢いでねじり上げた。

一方、美咲は壁を蹴り、天井へ……行くと見せかけて、空中でワイヤーを自分自身の足に絡ませ、強引に落下軌道を変えた。

物理法則を無視したような、人体を痛めつける不規則な機動。

「ぐっ……痛いけど、これなら!」

彼女はゼウスの死角である股下を滑り抜け、関節部にナイフを突き立てた。

『警告。ターゲットの行動パターン、データベースと不一致。予測誤差増大』

ゼウスのコクピットで、エラー音が鳴り響く。

「ええい、ちょこまかと! ならば広範囲焼き払いだ!」

鹿島が火炎放射器を構える。

そこへ、ドローンが突撃してきた。

「うわー! 滑ったー!」

ドローンは瓦礫に足を取られて転倒……した勢いで、回転しながら火炎放射のノズルに激突した。

「あ、当たっちゃった!」

『エラー。予測不能なアクシデント発生』

「なんだこいつらは!?」

鹿島が叫ぶ。

「なぜ効率的に動かない! なぜ無駄な動きをする! なぜ私の計算通りに死なないんだ!」

藤井は瓦礫の陰で、EMP杖のチャージを確認しながら呟いた。

「それが人間だ、鹿島。

恐怖、焦り、愛、そしてドジ。……それら全ての『ノイズ』を含んでこそ、人間は生きている。

貴様の綺麗な数式アルゴリズムでは、我々の泥臭いダンスは踊れまい!」

「おのれぇぇ! ならば力押しですり潰すまで!」

鹿島がゼウスの全出力を解放する。

三千人の脳への負荷が限界を超え、シリンダー内の培養液が沸騰し始める。

「いかん! 脳が持たない!」

藤井が叫ぶ。

「隊長! 結衣! まだか!」


シーン4:兄妹の再会、光の回廊

アテナ空間。

結衣は、光の回廊の最深部に辿り着いていた。

そこには、鎖に繋がれた一人の青年のアバター――拓海がうずくまっていた。

「お兄ちゃん!」

拓海が顔を上げる。その目は暗く、絶望に塗り潰されている。

「……ゆ、い……? 来るな……俺はもう……」

彼の体からは黒い泥(鹿島の制御コード)が溢れ出し、彼を飲み込もうとしていた。

「俺が……みんなを殺す……俺のせいで……」

「違うよ!」

結衣が駆け寄り、その泥の中に手を突っ込んだ。

冷たい。痛い。恐怖が伝染してくる。

だが、彼女は手を離さない。

「お兄ちゃんは誰も殺させない! 私たちが来たんだから!」

「無理だ……三千人の悲鳴が……頭が割れそうだ……」

拓海が頭を抱えて叫ぶ。

その時、まばゆい光が二人を包み込んだ。

「――一人で抱え込むな、馬鹿者」

上空から、二つの手が差し伸べられた。

香織と、エレナだ。

「隊長……!」

「三千人の思考ノイズは、私が全てフィルタリングした」

香織が涼しい顔で言う(その実、彼女の脳とAIアテナのブースター温度は危険域に達していたが)。

「エレナが作った『通り道』を使え。……拓海、お前はただの部品じゃない。家族の元へ帰る意志を見せろ!」

エレナも微笑んで手を差し出す。

「あなたの妹さん、すごいですよ。……ここまで来るのに、防壁を全部『気合』でぶち破ってきましたから」

拓海の瞳に、微かに理性の光が戻る。

「……結衣……じっちゃん……美咲姉……」

「帰ろう、お兄ちゃん! 晩御飯、まだ食べてないでしょ!」

結衣が拓海の手を強く引く。

「……ああ!」

拓海が咆哮した。

彼の全身から光が溢れ、拘束していた黒い泥を弾き飛ばす。

その光は、システム全体を駆け巡り、三千人の脳へと伝播していく。

『システム制御権限、移行。……管理者:FUGII-TAKUMI』


シーン5:逆転の鉄槌

現実世界。

ゼウスの動きが、ピタリと止まった。

「な、なんだ!? 動け! 殺せ!」

鹿島がレバーをガチャガチャと動かすが、巨人は反応しない。

「……チェックメイトだ、鹿島」

静かな声と共に、藤井哲也がゼウスの足元に立っていた。

彼は黒焦げになった杖を捨て、素手でゼウスの装甲に触れた。

「システムは、正当な持ち主の元へ還った」

『認証完了。……おはよう、じっちゃん』

ゼウスの外部スピーカーから、拓海の声が響いた。

「な……ッ!?」

鹿島の顔色が蒼白になる。

「拓海! やっちまえ!」

美咲が叫ぶ。

「おうよ! オラァッ!!」

ゼウスの腕が、搭乗者である鹿島の意志を無視して動いた。

自らのコクピットハッチを強引に引き剥がす。

「ひぃッ! やめろ! 助けてくれ!」

無防備になった鹿島が、シートベルトに固定されたまま露わになる。

そこへ、エリックが歩み寄った。

「……残念だったな。お前の自慢の兵器は、俺たちの家族だ」

エリックの拳が、鹿島の顔面寸前で止まる。

「……と言いたいところだが、殺しはしねえ。

藤井の爺さんが『法で裁く』って約束したんでな」

エリックはデコピン一つで、鹿島を気絶させた。

「……終わったか」

香織の声がインカムから響く。

「システム掌握完了。三千人の脳のバイタル、安定。……拓海の脳波も正常値に戻ったわ」

ゼウスの巨体がゆっくりと膝をつき、沈黙した。

カプセルが開き、中から拓海が解放される。

「お兄ちゃん!」

ドローンから飛び出した結衣が、拓海に抱きつく。

美咲も、そして藤井も、泥だらけのまま駆け寄った。

「……へへっ。心配かけやがって」

拓海は力なく笑い、藤井の手を握った。

「ただいま、じっちゃん」

「ああ……おかえり」

藤井は涙を堪え、孫の頭を撫でた。

朝日が昇り、アイギス島の窓から光が差し込む。

三千のガラスシリンダーが、朝日に照らされて輝いている。

それはもはや墓標ではない。救われた命の証だった。

だが、物語はまだ終わらない。

彼らにはまだ、為すべき「後始末」が残っている。


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