第4章:暴かれた『黒いリスト』
シーン1:天才たちの協奏曲
資源管理局が確保したセーフハウス(隠れ家)。
表向きは湾岸エリアの古い倉庫会社だが、内部は最新の防諜設備と独立電源を備えた要塞となっていた。
そのメインルームには、熱気と電子音が充満していた。
中央のホログラムテーブルを囲んでいるのは、資源管理局の情報戦のエキスパート・金沢と、二人の少女――結衣とエレナだ。
「……おいおい、ちょっと待て。処理速度が速すぎるぞ」
金沢が髭を撫でながら、ディスプレイに流れるデータの奔流に舌を巻く。
「資源管理局のメインフレーム並みの並列処理だ。お嬢ちゃんたち、脳が焼き切れるぞ」
「平気だよ、おじさん!」
結衣はスナック菓子を片手で摘みながら、キーボードをピアノのように叩いていた。彼女の瞳には、高速で流れるコードが映り込んでいる。
「エレナの『神託』アルゴリズムがデータの構造を予測して、私がその隙間に『解凍コード』を流し込んでるの。……言わば、エレナが鍵穴を見つけて、私がピッキングツールを突っ込む係!」
「例えが野蛮ね」
隣に座るエレナは、優雅に紅茶を啜りながら、頭に装着したAI経由で支援していた。
「私は論理的な整合性を整えているだけ。あなたが散らかしたスパゲッティ・コードを掃除するのは骨が折れるわ」
「なによ! ちゃんと動いてるんだからいいじゃん!」
「美しくないのよ」
口喧嘩をしながらも、二人の作業速度は落ちるどころか加速していく。
水と油。混沌と秩序。
本来混じり合わないはずの二つの才能が、藤井が持ち帰った「暗号化されたメモリチップ」という強固な城壁を、凄まじい勢いで浸食していた。
その後ろで、藤井哲也と貝塚局長、そして結城香織が腕を組んで見守っていた。
「……見事なもんだ」
貝塚が感嘆の声を漏らす。
「正規の訓練を受けていない民間人が、資源管理局のトップエージェントと対等に渡り合うとはな。弁理士殿、あんたの教育はどうなっとるんだ?」
「教育などしとらんよ」
藤井はソファに深く腰掛け、万年筆を指で回した。
「ただ、『疑え』と教えただけだ。目の前の画面を、与えられた情報を、そして常識を。……真実は常に、ノイズの向こう側にあるとな」
「疑う力、か」
香織は結衣たちの背中を見つめた。
「今の管理社会で最も欠落している能力ね。……来るわよ、解凍完了」
シーン2:タナトスの正体
『――アクセス承認。機密レベル:特A(Black)。プロジェクト・タナトス、全ファイル展開』
電子音と共に、ホログラムテーブルの上に巨大な立体映像が浮かび上がった。
それは無機質なスプレッドシートの羅列ではなく、おぞましい人体実験の記録と、巨大な施設の設計図だった。
「これは……!」
立花が息を呑む。
映像に映し出されたのは、人間の脳だ。しかし、それは頭蓋骨の中にあるものではない。
培養液に満たされたシリンダーの中に、脳髄だけが浮かび、無数の電極が突き刺されている。そしてその隣には、商品カタログのようなスペック表が表示されていた。
【製品名:Bio-CPU Type-E(Elder)】
【原料:廃棄認定市民(安楽死対象者)】
【用途:軍事用ドローン制御ユニット、及び自律型兵器の演算コア】
【価格:1ユニットあたり 20,000ドル】
「……なんてことだ」
エリックが拳を握りしめ、テーブルを叩いた。
「安楽死させた爺さん婆さんの脳みそを引っこ抜いて、記憶を消去して、ミサイルの誘導装置に加工してるってのか!?」
「資源の再利用……彼らはそう呼んでいるようね」
香織の声は氷のように冷たかった。
「見て。取引先リスト。……東亜連合の某国、それに南米の麻薬カルテル、紛争地域の軍事会社。……『メディテック・ライン』社は、この国が生み出した『死』を、世界中の『戦争』へ輸出して莫大な利益を得ている」
「吐き気がするな」
藤井が呻くように言った。
「人間を……人生の重みを持つ個人を、ただの部品として扱うか。これが、効率化の行き着く果てか」
結衣が震える声で告げた。
「……おじいちゃん。田所源蔵さんのデータもあった。……危なかった。あと一日遅れてたら、源蔵さんの脳も『出荷』されてた」
エレナが冷静に、しかし怒りを秘めた声で続ける。
「工場の場所を特定しました。……ここよ」
地図が拡大され、新浜沖30キロの海域にある、巨大な建造物が指し示された。
表向きは『第3海洋資源採掘プラント』。
だが、その内部構造図は、採掘施設などではない。数千の培養カプセルが並ぶ、巨大な「脳の保管庫」だ。
「ここが敵の本丸……『アイギス島』ね」
香織が結論づけた。
「よし」
貝塚が立ち上がった。
「事態は急を要する。証拠は揃ったが、正規の手続きを踏んでいては、奴らは証拠(脳)を破棄して逃亡するだろう。
……資源管理局保安隊は、これより『アイギス島』への強襲作戦を決行する。目的は人命救助、および違法施設の制圧だ」
「待ってください」
藤井が手を挙げた。
「私と孫たちも同行させるんだ。……これは、私たちの戦いでもある」
「足手まといだ」
香織が即答するが、藤井は引かない。
「あのプラントのセキュリティ特許は、10年前に私が申請を代行したものだ。構造上の弱点を知っているのは私だけだぞ」
香織は少し考え、溜息をついた。
「……食えない爺さんね。いいわ、許可する。ただし、私の指示には絶対に従うこと」
作戦は決まった。
だが、彼らはまだ気づいていなかった。
深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いていることに。
シーン3:断ち切られた日常
「――あー、もしもし? じっちゃん? 聞こえるか?」
通信モニターに、長男・拓海の顔が映し出された。
彼はまだ、藤井家の元のアジト(廃倉庫)に残っていた。
「こっちは大体片付いたぜ。RGBの連中もトラックに積み込んだ。……へへっ、G号のやつ、修理が終わって張り切ってやがる」
画面の向こうで、緑色の人型ロボットG号が、元気にアームを振っているのが見える。
「ご苦労だったな、拓海」
藤井が穏やかに答える。
「すぐに合流しろ。敵の正体が割れた。……これからは、もっと忙しくなるぞ」
「おうよ! 資源管理局の最新設備で『ヘラクレス』をチューンナップするのが楽しみだぜ。美咲姉にも言っておいてくれ、俺の特製プロテインを飲み忘れるなって……」
ザザッ……!
突如、通信映像にノイズが走った。
「……ん? なんだ? 外で何か音が……」
拓海が画面から視線を外し、倉庫の入り口の方を見た。
ヒュオオオオオオオ……
それは風の音ではない。
空を引き裂いて落下してくる、死神の口笛だ。
「拓海! 逃げろ!!」
香織が叫んだ。彼女のアテナが、エリアの防空システム網に、未確認の飛翔体反応を感知したのだ。
「え?」
ドオォォォォォォォン!!!
モニターの映像が、閃光で白く塗り潰された。
衝撃音がマイクの許容量を超え、スピーカーがハウリングを起こす。
「拓海! 拓海兄ちゃん!!」
結衣が叫ぶ。
映像が復旧する。だが、そこには先ほどまでの温かい倉庫の光景はなかった。
天井が崩落し、炎と黒煙が渦巻いている。
積み上げられていたジャンクパーツの山は瓦礫と化し、その下敷きになったトラックが燃え上がっていた。
「……う、ぐ……」
瓦礫の隙間から、『ヘラクレス』の腕が突き出しているのが見えた。
しかし、その動きは鈍い。そして、その横には――。
「G号……?」
緑色のロボット、G号の上半身が転がっていた。
拓海を庇ったのだろうか。その装甲はひしゃげ、カメラアイの光は消えている。
「あ、あぁ……!」
映像の端に、複数の影が現れるのが見えた。
『ターゲット確認。生存者あり。……回収する』
無機質な声と共に、通信がプツリと途絶えた。
「拓海ーーッ!!」
セーフハウスに、美咲と結衣の悲鳴が響き渡った。
藤井は万年筆を取り落とした。カラン、という乾いた音が、絶望的な静寂の中に落ちる。
「……奴ら、場所を」
エリックが歯噛みする。
「こちらのハッキングを逆探知したんじゃない。……最初から、泳がされていたんだ。一網打尽にするために」
香織は拳を握りしめ、震える藤井の肩に手を置いた。
「……行くわよ。感傷に浸っている時間はない」
その声は努めて冷静だったが、その奥には、かつてないほどの激しい怒りの炎が燃え上がっていた。
奪われたのは、データではない。家族だ。
シーン4:壊れた玩具と、折れない心
セーフハウスの空気は、鉛のように重く、そして冷たかった。
通信が途絶えたモニターの前で、次女の結衣は膝を抱えてうずくまっていた。彼女の周りには、いつもなら元気に飛び回っているB号(青い球体ロボ)が、心配そうに明滅しながら漂っている。
「……お兄ちゃん……G号……」
結衣の肩が小刻みに震える。
彼女にとって、拓海は絶対的な守護者であり、G号は初めて自分でプログラムを組んだ「トモダチ」だった。その両方を、理不尽な暴力によって同時に奪われたのだ。
長女の美咲は、壁に拳を押し当てていた。
「私が……私がもっと早く、『逃げろ』って言っていれば……!」
彼女の爪が、壁の塗装を剥がし、血が滲む。冷静沈着なエースである彼女もまた、家族の危機には脆かった。
「自分を責めるな」
背後から、低い声が掛かる。
藤井哲也だ。彼はいつものように杖をついて立っていたが、その背中は心なしか小さく見えた。愛用の万年筆は、さきほど床に落ちた際にペン先が潰れてしまっていた。
「敵は、最初から我々を誘き出し、一網打尽にするつもりだった。……私の甘さだ。法の枠内で正義を行おうなどと、耄碌した考えを持っていた私が、拓海を巻き込んだ」
「おじいちゃん……」
藤井は潰れた万年筆を拾い上げ、ゴミ箱へと放り込んだ。
カラン、という乾いた音が、これまでの彼――「法の番人」としての彼――との決別を告げる音のように響いた。
「隊長」
藤井は振り返り、腕を組んで壁に寄りかかっている結城香織を見た。
「一つ、依頼がある。……拓海が連れ去られた『アイギス島』。あそこへ乗り込むための足と、火力を貸してほしい」
香織は静かに答える。
「勘違いしないで。これは貸し借りじゃない。私たち資源管理局保安隊の任務も、同じ場所にある。……ただし」
香織は鋭い眼光で藤井を射抜いた。
「復讐に取り憑かれた人間は、戦場では死ぬわよ。あんたにその覚悟はある?」
藤井は眼鏡を外し、懐からハンカチを取り出してゆっくりと拭いた。その瞳の奥には、冷徹な法理の光ではなく、ドロリとしたマグマのような感情が渦巻いていた。
「復讐ではない。『強制執行』だ」
藤井は眼鏡を掛け直した。
「奴らは私の特許(家族)を不法に占有し、毀損した。……法的手続き(プロセス)は終了した。これより、実力行使による差し押さえを行う」
その言葉に、泣いていた結衣が顔を上げた。
美咲が涙を拭い、顔を上げた。
祖父の覚悟が、孫たちの折れかけた心に火を点けたのだ。
「……私も行く」
結衣が立ち上がる。「G号のバックアップ、まだクラウドに残ってるかもしれない。お兄ちゃんの生体信号だって、近くに行けば拾えるはず……!」
「私もよ」
美咲が強化スーツ『シルフィード』の点検を始める。「拓海を殴った借りは、倍にして返してやる」
香織は、口元を微かに緩めた。
「……いい面構えになったじゃない。準備なさい。夜明けと同時に出るわよ」
シーン5:AIたちの鎮魂歌、あるいは再生
出撃準備が進む格納庫。
そこでは、奇妙で、そして温かい光景が繰り広げられていた。
資源管理局のAI搭載ドローンたちが、沈黙しているカラーメイツのロボットたち――R号(赤)とB号(青)を取り囲んでいたのだ。
「ねえねえ、元気出しなよー」
AI搭載ドローンの一機が、落ち込んでいるR号(単純な突撃型AI)の頭を撫でている。
「君の相棒の緑色の君(G号)、きっと大丈夫だよ。僕たちがついてるし!」
R号は、悲しげな電子音を鳴らした。
『……G号、応答ナシ。拓海、応答ナシ。……ボク、突撃デキナイ。命令、ナイ……』
R号やG号は、AI搭載ドローンのように高度な自律思考AIではない。拓海や結衣の命令があって初めて動く、半自律型のサポートメカだ。主を失ったR号は、存在意義を見失い、ただの鉄塊になりかけていた。
「あーん、もう! 見てられないよ!」
別のAI搭載ドローンが、自身の武器格納庫を開いた。
「ねえ、エリックさん! 結衣ちゃん! 僕にいい考えがあるんだ!」
整備中のエリックと結衣が顔を上げる。
「なんだ? 油売ってねえで整備しろ」
「G号のクラウドバックアップ、断片的にしか残ってないの……。これじゃ再起動は無理……」
「だからさ!AI搭載ドローンが体を揺らす。
「僕の外部メモリ領域を貸してあげるよ! そこにG号君の残ったデータを移して、僕の並列化プロセッサで補完してあげるの!」
「はぁ!?」エリックが呆れる。「お前、自分の脳みその中に他人の、しかも規格外のAIを入れる気か? 思考にノイズが混ざって、戦闘中にバグるぞ!」
「でもでも! G号君は仲間でしょ? 困ったときはお互い様だよ! それに……」
AI搭載ドローンのアイセンサーが、優しく点滅した。
「あの子のデータには、結衣ちゃんや拓海君を守りたいっていう暖かさがあるんだ。それを消エリアゃうのは、もったいないよ」
結衣は目を見開いた。
人工知能が、別の人工知能の「死」を悼み、自らのリスクを顧みずに救おうとしている。
「……ドローンちゃん……」
「許可するわ」
ハンガーの入り口に、香織が現れた。
「ただし、戦闘行動に支障が出たら即座にパージする。自己責任でやりなさい」
「やったー! 隊長大好き!」
結衣は震える手で、タブレットをAI搭載ドローンに接続した。
「……いくよ。G号のデータ、転送!」
プログレスバーが進む。
98%……99%……100%。
『……ピ? ……ピポ?』
ドローンのスピーカーから、聞き覚えのある臆病な電子音が鳴った。
「うわっ、なんか視界が低い! ……あ、僕、ドローン君の中にいるの?」
「成功だ!」ドローンが万歳をする。「ようこそ、僕の脳内へ! ちょっと狭いけど我慢してね!」
『コワイ……デモ、ココハ温カイ……』
結衣は涙を流しながら、ドローンに抱きついた。
「ありがとう……ありがとう……!」
その光景を見て、エリックは鼻をすすり、香織に背を向けた。
「……ったく。どいつもこいつも、お人好しな機械だぜ」
「尊厳が宿るというのは、そういうことよ」
機械たちの友情が、冷え切っていたチームの空気を変えた。
失われたものは大きい。だが、彼らはまだ繋がっている。
シーン6:夜明けのティルトローター
午前04:00。
ニュー東京の空が白み始めた頃、資源管理局の強襲用ティルトローター機が、轟音と共に離陸した。
機内には、完全武装した資源管理局のメン―、急造の装備を身につけたカラーメイツたちが乗り込んでいる。
「作戦概要を確認する」
香織の声がインカムに響く。
「目標は『第3海洋資源採掘プラント』、通称アイギス島。
敵戦力は、メディテック・ライン社の私設軍隊および、多数の自律防衛兵器。……そして、おそらくは『生体CPU』を搭載した新型兵器も出てくる」
機内の照明は赤く、張り詰めた空気が漂っている。
美咲は『シルフィード』スーツの出力を調整し、ナイフの刃を確認した。
「拓海は最深部の研究区画にいるはず。……邪魔する奴は、全員斬る」
結衣は、G号を宿したドローンのコクピットに乗り込んでいた。
「行くよ、G号。ドローンちゃんと一緒に、お兄ちゃんを助けるの」
『了解。……結衣、守ル』
そして、藤井哲也。
彼はいつものスーツの上に、資源管理局から支給された軽量防弾ベストを羽織っていた。手には新しい杖――金沢が急造した、強化型EMPスタンナー――が握られている。
「爺さん、震えてるのか?」
隣に座ったエリックが、からかうように聞いた。
「武者震いだよ」
藤井は窓の外、近づいてくる巨大な海上の要塞を見つめた。
「……若い頃、初めて特許訴訟の法廷に立った時と同じだ。
相手は巨大企業。こちらは無名の個人。……だが、勝つのは常に『道理』を持つ側だった」
「へっ、心強いねえ」
エリックは自身の重機関銃のチャージングハンドルを引いた。
「俺たちの銃弾と、あんたの道理。どっちが先に届くか競争だな」
「総員、降下準備!」
香織の号令が飛ぶ。
「着陸地点はプラント上部ヘリポート。……これより『強制執行』を開始する!」
後部ハッチが開く。
強烈な海風と、硝煙の予感が吹き込んでくる。
彼らは一斉に、夜明けの空へと飛び出した。
「待ってろ、拓海!」
「死にさらせ、悪党ども!」
極彩色の反逆者たちと、銀色の精鋭たち。
彼らの怒りと誇りを乗せた翼が、敵の要塞へと突き刺さる。
ここから先は、言葉はいらない。
ただ、命を懸けた最後の戦いが始まるだけだ。




