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神話術師と童男殺し  作者: 綾高 礼
四日目 六月十一日

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4-17 禁術

 

 高度百キロメートル上空。

 天には広大な宇宙が広がり、オーロラも見える。

 カーマン・ラインと呼ばれる熱圏で、二人の神が浮かんでいた。

 一人は巨大化した青炎の化身の中心に包まれている――エノア。

 対するは全身を雷霆の鎧を纏っている天空の支配者――月歌

 その二神が――激突する。


 青炎の化身は目にも止まらぬ速さで月歌に殴りかかった。月歌はそれを雷霆の蹴りで弾き飛ばす。

 次々とやってくる化身の連続攻撃。

 月歌は雷霆を最小限に抑えて対応していた。


「おらおら! どうしたどうしたぁ⁉」

「ッ……」


 その攻撃に耐えられず、月歌は雷霆を強化させ、放出させた。空間に激しい雷が横に薙ぎ払うように広がる。


「ハッ! 無駄無駄ァアア‼」


 狂笑を浮かべたエノア。化身はその雷霆を食し、パワーアップしていく。

 アグニ――かつて空中では電光となってみせた火神。

 ゼウスの雷霆は、運悪く火神の大好物となってしまう。

 それは神の気まぐれか。天上の運命か。それとも単に術師の血管解放数か。


「死ねッツ!」


 化身が蓄えた力を解放するかのように、口から豪炎を吐き出した。


「っ⁉」


 月歌は耐え切れず、地面に叩きつけられるように落ちていく。


 ――このままじゃ、何か。でもこれ以上雷霆は……。


 何とか上空十キロメートル手前で雷霆をコントロールさせ、直撃落下を防ぐ月歌。

 しかしエノアはそれを見逃さない。

 高度からもうスピードで降下してきた青炎の化身が、月歌を地面に殴り飛ばした。


「グッアッ!」


 背中を強打した月歌の口から、大量の吐血が飛び散る。


「月歌ちゃんッ⁉」


 雷霆の鎧が無ければ、身体が粉々に粉砕していただろう。


「フハハハハハハハ! どうしたぁ? 所詮全知全能もそんな程度か。それとも単に使いこなせていないのかぁ?」


 青炎の化身を纏うエノアが余裕の表情で降りてくる。


 ――まずい……何か、これ以外の……何か、何か……。


「月歌ちゃん! 月歌ちゃん! 大丈夫!」


 走ってきた雪愛が月歌によりかかる。ボロボロになっても自分と雪愛の雷霆の鎧は、消えていない。だが月歌の瞳は、焦点があっていなかった。

 それ見た雪愛は、また涙がこぼれそうになるのを抑えるように目元を拭った。


「予想外の出来事に言葉も出ないってか。チッ、そろそろ潮時だな」


 エノアがケリをつけようとする前に、月歌を庇うように雪愛が立ちふさがった。

 震える足を何とか地面にこすりつけて。


「今更お前に要は無い。どけ。後で殺してやる」

「何が……天階位よ……」


 ――そんなのあっても仲間一人守れないで……何が、先輩よ。


「あぁ?」


 俯き、我慢していた涙がポツポツと頬を伝う。


「何が……氷雪の魔女よ……」


 ――そんなのあっても大切な妹一人守れないで……何が、姉よ。


「私は……こんな自分が……情けないッ!」

「己の実力の無さを嘆くのは勝手だが、一人でやれ」

「黙れ」

「あ?」


 雪愛は奥歯をギシリと嚙み締め前を向く。


「……ん?」


 エノアはその姿に異変を覚える。

 自分を見開くように睨む雪愛の瞳は、燃えるように赤く濡れていた……。


「忘れないで。ここは私の空間せかいよ」


 ***


 花枝は正希に渡されたメモに従い、皇家の術斎の前に辿り着こうとしていた。

 そこは洋館の裏手にある森の地下に存在するらしい。


「よくもこんな森中に、分かる訳ないじゃない……」


 文句のように独りごちりながらも、その声音は少し高揚していた。

 ザクザクと落ち葉を踏む音もお宝が目の前に迫っているせいか、徐々にそのペースは早まっていく。


「メモだとちょうどこの辺に石造の板があるらしいけど……土か何かで隠しているのかしら」


 花枝は焦りと興奮が入り混じった、歯痒い気持ちで視力を『強化』する。夜間の真っ暗な森であろうと、強化された瞳には、赤外線を通したように視界が晴れるので、探すのに苦労はしないはずだ。

 それに陰陽術の護符がなくても、術師であれば微かなフォースを嗅ぎとれる可能性もある。

 そんな高揚感が昂っていたせいか、『蛇』がくねくねと花枝の周囲まで近づいてきている事に、気付くのが数十秒遅れた。

 白い何かが反射した。

 刹那――


「え」


 生々しい音と共に、花枝の右腕が噛み千切られていた。


「イ、イッ……イッヤァアアアアア!」


 花枝は自身の右腕が無くなり、接続部からぼたぼたと血を流すの見て、気が狂うように泣き叫んだ。


「ヒッヒッヒッ……」


 森の中で不気味な掠れ笑いが反響する。


「だ、誰っ……⁉」


 花枝は咄嗟に辺りを見渡すも、何も見当たらない。


「ヒッヒッヒッ……」

「誰⁉ 出てきなさいッ!」


 張り詰めた声で叫ぶ花枝。

 シュルシュルと何かが這う気味の悪い音が聞こえ。


「待ちくたびれわい……のお……」


 月明かりに照らされた一人の老婆が、巨大な黒蛇の上に立っていた。


童男殺し(チルドレンマーダー)


 ***


 月歌は意識を失った訳ではなかった。

 ただ視界が朦朧としていた。

 何とか意識を集中させて視界を安定させる。

 そして視界がハッキリとしてきた時、月歌は見えてきた世界に驚いた。


「えっ……」


 しんしんと降り積もるは、『赤』色の雪だった。

 白一面の雪が降り積もるのを『銀世界ぎんせかい』というならば、それは――『べに世界せかい』とでもいうのか。

 その紅世界で立つ者が二人いる。

 一人は青炎の化身――エノア。

 そしてもう一人は、全身のあらゆる穴から血を吹き出し、血だらけ姿になった――雪愛。

 普段のフワフワにカールさせたライトブラウン色の髪は、血塗られ赤黒くべっとりしている。


 ――雪愛さん……もしかして。


 魔術師にとって自身の魔気エーテル血管を暴発させて、一時的に魔術の質、威力、精度を大幅に上昇させる禁術がある。

 しかしその術には、術後に何らかの後遺症として現れる。それは身体の一部麻痺から脳死まで、あらゆる後遺障害というリスクを背負い、身体に負荷をかける魔術。

 其れ故に禁術。魔術師にとっては未熟者の証、究極の自己犠牲、自殺行為とも言われる。

 それを――


魔力マギアフォース 限界超昇オーバーヒート


 と言う――。

 直後――ダンッ! と力強く足を踏む音が鳴る。

 赤雪は密集し、雪崩を引き起こしながら、青炎の化身に襲い掛かかった。


「無駄だ」


 エノアは化身の青炎を揺らめかせ、いつものように雪崩を浄化していく。


「なっ……⁉」


 しかし雪崩は浄化することなく、青炎の化身を簡単に飲み込んでいった。

 暫くの沈黙。

 ぶわっと陽炎が波状する。熱の波が赤雪を溶かし、青炎の化身が消えたエノアが現れる。

 今は青炎を身に纏っているだけだ。


「神代に触れるだと……」


 明らかに動揺した表情を浮かべるエノアは、雪愛を鋭い目付きで睨んだ。

 エノアが動揺するのも無理は無い。いくら魔術師の禁術と言えど、所詮魔術の領域。これが魔術戦ならば背水の陣として十分だ。

 だがエノアが行使するは神代の力――神話術であり魔術が介入する余地はないはずだった。


 ――じゃあ今の氷雪は何なのだ。


 エノアは必死になって思考を張り巡らせるも、心当たりは思いつかなかった……。


「まさか――」


 そこで一つ、信じたくない思考がエノアの脳内に介入してくる。

 渇いた喉を潤そうとゴクリと唾を呑んだ。

 そして赤煙を全身から焚き散らし、眼や鼻、口から流血する雪愛を見て。


「魔術の『質』を神代に引き上げているのか……お前」

「あなたと話すことはないわ」


 雪愛は左腕を払った。雪面の赤雪が空に浮き上がり、槍を形成していく。それは一本、二本、十、五十、百と数を増やしていく。


「千ノ赤雹槍――ッ‼」


 空間を支配する千の槍がエノア一人に向けられ、発射。


「クッ……アグニ――ッツ‼」


 エノアは咄嗟に神の名を叫ぶ。それに呼応するかのように再度、青炎の化身がエノアに纏わりつく。

 青炎の化身は、千の槍に対抗すべく、口から溢れんばかりの青炎を百八十度に放射していく。

 浄化はされないが、威力を失い霧散する赤雹槍。だが数の規模で押し切っていく。


「ケッホッ……」


 吐血する雪愛。雪面に落ちた血は雪を溶かす。

 エノアを見やる。その視界は赤く滲んで、もう既に右目は視えない。

 雪愛はもう限界だった。意識が途切れ途切れになっている。気を抜けば即座に終わってしまう。それ程までにオーバーヒートは、危険な自己犠牲なのである。

 追い詰めるエノアに最後の気力を振り絞り、追い打ちをかける。

 千ノ赤雹槍を操作する左腕とは逆に、右腕を空に突き上げた。

 エノアが立っている雪面が振動し始める。


「っ……⁉」


 対応に追われるエノアは、振動を感じていたがそれどころではなかった。

 刹那――

 赤い雪面は、突起するよう盛り上がり、エノアを高度に持ち上げ……青炎の化身丸ごと飲み込んだ。

 最後にぎゅと右拳を握る。

 飲み込んだ雪の塊は、エノアを握り潰すように搾り上げた。

 静寂が空間を支配する。

 ガタンと雪愛は雪面に倒れる。意識はそこで落ちた。尋常じゃない出血量だった。

 これがオーバーヒートの代償。その代償は、その後にも影響を及ぼす可能性が高い。でも雪愛は闘った。

 それは五年前の自分とケリをつける為か、否。仲間を、家族を守る為に闘った。氷雪の魔女らしい理由だったと月歌は思った。


 瞬間――空間が歪む。地形が変動する。

 ぐにゃりと外側の圧力に捻じ曲げられた『環境変化』は、消えていく。

 そして月歌達の景色は『紅世界』から一変、元の舞咲おひさま学園に戻っていた。

 小さなグラウンドで倒れる三人の女。

 雪愛は眠り、遠くでボロボロになった姿のエノアも倒れている。

 月歌も意識が遠のいていく。

 制御するのが難しく、普段は使わない脳力ブレインフォースを行使し過ぎた。このまま眠ってしまおう。

 そう思った時だった。

 何かがピクリと動いた気配がしたのだ。


 ――嘘⁉

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