4-9 氷雪の魔女VS.火焔の魔女
辺り一帯の気温が、極端に冷え込んでいくのを出夢は感じていた。
「よう」
エノアはまるで旧友に挨拶でもするかのような気軽さで、右手を上げて見せた。
「氷雪」
途端――右手に生成された炎が容赦なく雪愛を襲う。
「ッ!」
雪愛は軽く足先を地面にノックさせた。
刹那——炎は雪愛に届く前に、あっさりと凍結し、粉々に粉砕する。
「あなた……どうして」
雪愛は、エノアの今の姿に瞠目していた。
エノアはそのリアクションに気持ち良くしたのか、ニヤリと笑みを浮かべ。
「ああ……この腕のことかぁ? お陰様で苦労したよ。わざわざベルリンの魔工学師に頼んでさぁ……」
エノアは嬉しそうに仲の良い友達と昨日の出来事でも話すような気楽さで、右腕を摩りながら一気に——《《引きちぎった》》。
ブチブチブチッツと不快な音を立てて。
だがそこで血の一滴すらも零れ落ちることはない。
「はっ⁉」
雪愛と寝転んでいる出夢は眼を疑う。
ちぎれた腕の中身からは、何本もの電子ケーブルが垂れていた。
魔工学師が造る義手とは、ここまで気持ち悪いくらい本物に似せる事が出来るのかと。
「アハハハハハ! そこまで驚く事はないだろうよ。元はと云えばこうなったのもお前がやったことだろう? なぁ氷雪?」
口元を緩ませたエノアは、義手を再び右腕に嵌め直した。
魔力が込められた義手の接続部分は、自動的に本物の皮膚のように修復されていく。いや、本物の皮膚こそこうはいくまい。
もうその義手は、一種の魔道具と化していた。
「以外とこいつって万能に見えてそうでもないんだよ。メンテナンスも面倒くさいし、ほっといたら右肩から腐っていくんだぜ……ま、皮肉にも魔術とのリンクは本物より良くなったんだがな……」
「…………」
「おいおい、何か言ってくれよ。余りにもつれなくないか。実に五年振りの再会だろう?」
「……あなた……何しにきたの……」
「フ……フフッ……それをアタシに聞くのか?」
するとエノアを起点に、ぶわっと生温い熱風の波が波状する。
今度は周囲の温度が、真夏のように上昇していくのを出夢は感じた。
「まさか、当の本人が気付かない訳ないよなぁ?」
もう一段階、周囲の温度が急上昇する。雪愛と出夢は、汗ばみはじめていた。
「出夢先輩立てますか?」
「あ、あぁ。何とか」
咄嗟に声を掛けられた出夢は、慌てて立ち上がる。身体中が悲鳴を上げているが格好を付けない訳にはいかなかった。
「出夢先輩……子供たちの場所って……」
「もう分かってる」
「じゃあ子供たちを宜しくお願いします」
「ああ。任せろ!」
出夢は残り少ない魔力を練り上げ、『身体強化』を全身に施す。
「おいおい、この流れでアタシがみすみすこいつを見逃すってか?」
「あなたの目的は私なのでしょう? なら、思い存分相手してあげる。わざわざ遥々こんな日本までやって来て、まさか今更、私が怖いの?」
途端、エノアの表情に苛立ちが走った。
もう一段階、気温が急上昇する。近くにあったゴムで出来たタイヤの遊具が溶け始めていた。
「……このアタシが……怖い、だと……この五年……どれだけの屈辱を、このアタシが……フ……フフッ……フハハハハハ……アハハハハハハハハハハハハハ‼」
エノアは狂ったように高らかに笑った。
「出夢先輩!」
「おう!」
出夢はもうスピードで施設内に入っていく。
雪愛の声を聞いて、心配する方が時間の無駄だった。
「ハァ……そうだな。もうどうでもいいよ。あいつらを今更逃がそうが殺そうがなんて。今お前をぶっ殺せるならナア‼」
雪愛は即座に地面へ右手を押さえるようにして、眼を閉じた。
「あぁ、そうだったそうだった。そうだよなあ……思い存分、だよなぁ」
その姿を見たエノアも同様、すぐさま右手の義手を地面に押さえ付け、眼を閉じた。
地形空間——魔気――認識。
演算範囲固定——同調――完了。
大気の魔気が、二つの磁に引きつけられるように吸着する。
そして感応――解放。
そっと互いの口元が小さく開き、二つの声質が重なる。
『開け、我が善源よ――
眠れ、我が悪源よ――
汝の身を欲する魔気よ――
その力をもって、汝の全源へと遷移せよ――
七星の元素へと改竄しえる開祖よ――
見よ、汝は祖より古の起源を呼び覚ます者――
聞け、魔術の理、叡智、神秘を求め、極み、真神人へと至る者の名は―――』
「―――――氷雪の魔女」
「―――――火焔の魔女」
先に目を見開いたのは――雪愛。
次に頬を釣り上げ牙を見せるのは――エノア。
空間に漂う冷気と暖気がぶつかり、火花が弾けた。
瞬間―――――視界が切り替わる。
半分は――『白』の雪。しんしん、と雪が降り積もる。
半分は――『赤』の炎。メラメラ、と炎の海が揺らめく。
二つの気候、地形と空間が、舞咲おひさま学園を塗替えて、激突する。
【空間地形魔術】の一つ『環境変化』の対面衝突。
互いが違う環境の中、睨み合う。
何事も口にしない。語り合いのフィールドは、完成された。
ここからあるのは、ただ、殺し合い。
魔力が尽きれば敗北するだけ。
命を獲られだけの狩場。
魔術師にとってこれとない戦場。
「ふぅ……」
今にも息がつまりそうな窒息感を、一息ついて整える雪愛。
「すぅ……」
今にも爆発しそうな高揚感を抑えるエノア。
右足を宙に浮かせた雪愛。
右手の親指と中指を重ね合わせるエノア。
互いの集中力が、時をスローモーションに感じさせた。
三……………………。
二………………。
一…………。
零。
パチンィ!
ダンッ!
互いの術式簡略が全く同じタイミングで発動する。
瞬間——エノアの地面、炎の海は反り返り津波のように襲い掛かる。
瞬間——雪愛の地面、雪の粉が自我を持ち密集し、雪崩のように襲い掛かる。
互いの等身数十倍もの人工災害が、空間の境界線で衝突する!
火の海は、容赦なく超高温に蠢く。それを雪崩が覆いかぶさるように包み込んでいく。
ボウンッ……と一瞬の静寂が訪れた。
瞬間――大爆発が巻き起こる。
膨張に耐え切れなくなった空間が、暴風を撒き散らす。
一般者がこの有り得ない光景を前にすれば、この世の終わりと絶望をしてしまう光景なのかもしれない。
「アハハハハハハハハハッ‼」
耐え切れなくなったエノアは、歓喜の狂笑を浮かべ、両手に咲いた火炎を何発も投げつける。
反対に雪愛は口元を強く結び、両手を前に伸ばし開いた。
すると雪愛の両掌から、氷が無造作に伸びていく。
二本の氷は、やがて火炎の放弾を凍おらせながら飲み込んでいく。そのまま休むことなく伸びた氷は、エノアに襲い掛かる。
「いいぞ、いいぞぉお!」
エノアも同じように両掌を伸ばした。
二本の氷が、エノアの伸ばした両掌に触れ、メキメキと両腕ごと凍結していく。
だが、凍結したのも束の間、氷は瞬く間にドロリと溶けていく。
「舐ッめんなァアヅア‼」
まるで二本の氷の道を辿るかのように、火炎が塗り替えて雪愛へ襲い掛かる。
雪愛は即座に魔力を断ち切り、右足を踏んだ。
雪面の雪が反り返り、即席で生成された大楯が二本の火炎を防ぎきる。
「どうしたぁ氷雪? まだまだこんなもんじゃないよなぁ?」
挑発するようなエノアに、雪愛は左手をサッと横に振るう。
「ハッ!」
雪面がぶわっと奮い立つように浮き上がり、互いに密集しあう。
やがて鋭利な氷の槍が、空中を覆う勢いの数で生成され、即座にエノア目掛けて襲い掛かる。
「千ノ雹槍‼」
「ハハッ」
対するエノアは、余裕の表情で嗤い、左腕を縦に下した。
「炎流炎星群」
それを合図に、空から流星の如く火炎の雨が降り注ぎ、氷槍を押しつぶしていく。
数十秒間の激突が続く。
両者共に引けを取らない中、先に動き出したのは雪愛。
雪面が山のように起伏し、雪愛を高度に連れていく。
パチンィと指を鳴らしたエノアが、大型の火弾を五十発ほど生成し。
「撃ち殺せ」
低く冷たい声で唱えた。
それに対し、起伏した雪面がザザーっと雪愛の意思に反応し、高速で移動しながら避けていく。
「―――使用属性=水&風―――固定
―――変化形態=気流状、放射―――完了」
雪愛は、高速で動き回る不安定な雪面の上に立ちながら、式区詠唱を唱える。さらに高度から、エノアを狙い撃つように右腕を左手で固定した。
大気中の気流が、雪愛の右掌に吸い込まれるように流動する。
「氷流よ――穿て!」
刹那――触れるどころか掠るだけで完全凍結するジェット気流が、怒涛の勢いでエノアを襲う。
やがて炎の海の境界線を越えてエノアに接近。
だがエノアはその場で微動だにしなかった。
「甘い」そう一言、呟いて。
ジェット気流はエノアに直撃するどころか、数メートル手前で蛇行し、彼方へと飛んでいってしまう。
「どうしてっ⁉」
雪愛は唇を嚙みしめ、高度からエノアが何を仕掛けたのか観察するも何も分からなかった。
「お前はアタシの暖気に敗北したんだよ」
「暖気……」
そう現在、二人が存在する場所は、現実世界では有り得ない地形。
決して互いの敵地に入る境界線は超えない。
そこで生まれる暖気と寒気のぶつかり合い。気流を扱った生半可な寒気では、軽い暖気の前に塞がれてしまう。
五年振りに戦って雪愛は、再度身に染みて実感していた。
彼女の――女の――エノア・アトレアの――火焔の魔女の、魔力許容量、その火力は桁外れだと。
今だって並の魔術師なら死んでもおかしくない魔術を行使したつもりだった。
いやとっくに旧時代魔術の領域すら凌駕してしまった実感すらある。
でも、それでもエノアはそれを難無く対処して、余裕をもって反撃すらしてくる。
雪愛は空間地形魔術を維持するのに、長期戦ではエノアに勝てない。
そんなこと最初から理解していたつもり。
だから、だからこそ、この女には――
「―――使用属性=水&風―――固定
―――変化形態=気団状、放射―――完了」
全身全霊でそれを塗り替えるしか勝ち目はないと想定していた。
全身の魔力を搔き集める。
大気中の魔気が、今までにないくらい雪愛に引きつけられていく。
「――っ⁉」
そこで炎の海に佇むエノアは、眉をひそめた。
「気圧よ――凍れ」




