2-2 宮下夫妻行方不明事件
「さっきも隊長が言ったように今の時代、性魔術になんて頼らなくても魔力の質を高める方法は他に幾らでもあります。でも、童男殺しには、どうしても性魔術の儀式を子供相手に行う必要があった。それは――」
そこで月歌は、言葉を止めた。
「おい、月歌ちゃんそれゃないぜ。早く教えてくれよ」
出夢は、お預けを食らった子犬のような目を月歌に向ける。
「―――恐らく何らかの術を行使する為でしょう。私が分かるのはここまでです」
「おいおい、まさか【天地月空術】っていうオチか?」
「いや、それは違うと思います」
月歌は、出夢の問いかけ対してきっぱりと言い切る。
【天地月空術】
術師には、自己体内の力、又は外部摂取、触媒による力を大気中に含まれる魔気を結び付け、術を行使する二つのパターンがある。魔術は前者である。
その中でも天地月空術は、この世のあらゆる術を代償無しに行使出来るという奇跡。
そして天地月空術へと至った者は、神でも人でも無くなり、歴史上では【真神人】と呼ばれる種族になると言われている。
術師の中では最早迷信とされ、それを追い求める者は、殆どいないのが現状ではあるが。
「月歌、中々いい線をいっているぞ」
「ありがとうございます隊長」
「でも性魔術を強要するのと白骨遺体が漂流される事に共通性なんてあるのかな? あ、口封じとか。でも何らかの術を行使する為か、うん、どういう意味?」
雪愛は頭が混乱してしまったのか、唸り始める。
「口封じの可能性もあるが、今の所ははっきりとしないのが現状。なにせこれ以上は憶測の域を出ない。もう少し情報が欲しい。よって午後からは二手に別れる。雪愛と月歌は、宮下夫妻の住宅周辺の調査。それと宮下夫妻の一人娘に聞き込みを頼みたい。娘さんの方は精神的に配慮しつつ、あまり無理はするな。神司は私と一緒についてこい」
響子の的確な指示に、三人は一斉に立ち上がる。
「敵は組織で動いている可能性もある。調査する以上、襲撃にも気をつけろ。出来るだけ戦闘行為は避けてもらいたいが、厳しいなら臨機応変に対処しろ、いいな?」
『はい!』
「何かあったらすぐ連絡しろ、以上解散!」
***
午後三時半。
出夢は響子に連れられ、舞咲おひさま学園周辺へ向かっていた。
現在二人は、大手自動車企業【ホンマ】の代名詞でもあるHマークが目立つ赤のミニバンを響子が運転し、助手席で出夢がグラサンを掛けている。
「なぁ響子さん。昨晩言ってた事ってこのこと?」
「あぁ、昨日響希を迎えに行くついでに舞咲おひさま学園に私も行ってたんだよ」
「えぇ⁉ なんで響希君がそんな場所に?」
「小学校の同じクラスの友達がその施設の子供らしくてな。結構前から良く遊びに行ってるんだとさ」
「えっ、でもその子供って……」
「今はあまり深く考えるな。まぁ実を言うと、昨日お前に舞咲おひさま学園の名前を出した理由と童男殺しの件は、全然関係ないんだ」
「……えっ、それってどういう―――っ⁉」
出夢は何かに気付き、グラサンを外して見えてきた建物を睨む。
車は、舞咲おひさま学園周辺より少し離れた場所で停止した。
「神司、お前なら私よりもハッキリと感じるだろ」
「……ああ。結界だ。ここからでも感じる」
「流石だな陰陽坊主。私は施設の門を超える瞬間にしか気付かなかった」
「やめて下さいよ。あくまでも俺は魔術師だ」
「魔術師としては立派な心掛けだ」
「んで、昨日の響子さんは、俺をここに連れて来るか迷ってたんですね」
軽く頷いた、響子はエンジンを切る。
「ただ術師であれば守りたい施設や家の術斎に結界を張ることは、そう珍しくはないだろう」
ここでいう【術斎】とは、術師達が持つ研究室、実験工房、ラボと同様の意味を持つ。
術師達は、術斎にて貴重な代物や資料などを隠す傾向がある。
「まあ今は結界屋なんてあるくらいですからね……」
【結界屋】とは、言葉の意味通り陰陽術師が陰陽機関を辞め、フリーの術師が独立組織として企業する所謂会社みたいなものだ。
陰陽術師の護符を使用した結界はとにかく強力で、罠や侵入感知、人払い、魔術防御、毒充満などお客様の多様なニーズに寄り添って結界を作製してくれる。
また術師の腕にもよるが、数カ月は張り替えなくてもいいというのもポイントだ。しかし問題もある。
そもそも結界を張ってもらうという事は、自分の懐に他人を呼び込まなくてはいけないので、結界屋選びは重要であり、かつ慎重に行わなければいけない。
結界屋にとって、信用はそのまま商売繫盛に繋がる。
当然、結界屋は依頼人を裏切る事も可能で、実際そういう例は後を絶たない。
それでも陰陽術師以外の術師は、似たような真似は出来ても、基本的に長時間、強力な結界を張る事は出来ない。
だが自分の術斎や家に結界を張って欲しい者は多くいる。この様にして結界屋という組織が生まれ、商売が成り立っている。
「でもここって児童養護施設なんですよね。じゃあここの職員が術師、童男殺しの可能性があるってことでいいんですよね?」
「その可能性は高い。それに私はここの園長先生ともう一人、女性職員とも会ってるんだ。ほれ」
そう言って響子は、『事務管理部門』が用意してくれた舞咲おひさま学園職員リストのプリントを渡した。
「へー園長先生美人なんですね。えっこの見た目で三十四って、響子さんより二個も年上じゃないですか、信じられない……」
「昨日から思ってはいたんだが、やはりお前は私に恨みでもあるのか?」
響子は出夢の耳たぶを思いっきり引っ張る。
「イタッ、じ、冗談ですって⁉」
「あれ……は……⁉ おい神司、降りるぞ!」
響子は慌てて外へ出る。出夢も何事かと響子の後を追った。




