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第8話 光の行列

朝の鐘が三度鳴った。

霧はすでに薄く、空の色は白金へ変わっていた。

塔の上では七つの像が静かに光を循環させ、

それぞれの神意がこの学園の朝を測っている。

そして、人の時間が始まった。


中庭の通路には、制服姿の新入生たちが集まり始めていた。

灰と白を基調とした式服は、見た目以上に重い。

肩の留め具に埋め込まれた魔石が、神意を感知して緩やかに脈打つ。

これは単なる服ではない。

着ることで塔と同調し、身元と存在を刻む“登録の装具”だ。


「整列、整列! 順番に通行認証を済ませてください!」

職員の声が霧を破る。

聖域学園では、人が神殿へ入るのではなく、

神殿が人の存在を一人ずつ受け入れていく。

そのため、朝には必ず“光の通行”が行われる。


アルトは列の中で軽く息を吐いた。

金糸の護符を胸に、光を返す制服がまぶしい。

周囲のざわめきがすべて塔へ吸い上げられていくようで、声を張る気にもならない。

「人が多いな……」

「当然よ。帝国中から集まっているんだから。」

背後から聞こえた声に振り返ると、カレンがいた。

淡い青のリボンが制服の襟元に揺れている。

「緊張してる?」

「……多分。」

「多分、ね。あなたにしては素直。」

彼女は微笑み、列の先を見た。


先頭では、光の門が立ち上がっている。

塔の下層から伸びる薄い光膜が、アーチを描いて宙に浮かぶ。

通過するたび、魔石が反応して名簿に刻まれる。

門の両脇には、七区の代表紋章が並んでいた。


第一ルーメリア区の光輪、第二アクアリス区の滴紋、

第三イグナリア区の紅炎、第四ヴェントリア区の風弦、

第五ガイアデル区の双葉、第六アストリア区の星環、

そして第七ノクテリア区の影印。


その最後の紋章の前で、わずかに人々の視線が止まる。

黒い印は、朝の光の中でさえ影のままだ。

アルトは苦笑した。

「いつ見ても、嫌われてるな、うちの印。」

「嫌われてるわけじゃないわ。」

カレンはゆっくりと首を振る。

「誰も“覗けない”だけ。光は影を見ないの。」


列が進み、二人の番が近づく。

前に立つのは、短く刈った赤銅色の髪の少年。

鍛冶師のように固い背筋をしており、肩に刻まれた紋章が赤く燃えていた。

第三イグナリア区の制服章が胸で光る。

レオ・カーネル――第三イグナリア区の主神・炎神カグツチの神意「炎禍(さいか)」を受けた生徒である。

その一歩一歩が、打たれた鉄のように響いていた。


「レオ・カーネル、通過を確認。」

光門の声が響く。

レオは背筋を伸ばし、通過の瞬間に短く頭を下げた。

その所作には、誇りと礼節が同居している。

だが、通過を終えたあと、ふと後ろを振り返る。

その視線がアルトに止まった。

「ノクテリアの者か。」

声は低く、熱を含んでいた。

「……そうだ。」

アルトが返すと、レオは軽く鼻で笑う。

「なるほど。影の者が光門を通る。世の中、面白い。」

「笑っていいことじゃないわ。」

カレンの声に、レオは肩越しに目を向けた。

「面白いとは言ったが、悪いとは言っていない。」

そう言い残し、炎のような気配を残して去っていった。


「……感じ悪い人ね。」

「火の人間は、いつも直線的なんだ。」

アルトは苦笑し、前を見た。

「でも、ああいう真っ直ぐなのは嫌いじゃない。」

カレンは呆れたようにため息をついた。


光の門に一歩踏み出す。

薄膜が身体をなぞり、冷たい感触が肌を撫でた。

瞬間、制服の留め具が一度だけ淡く光る。

“存在、確認”――塔の無機質な声が頭の奥に響く。

カレンも同じように通過し、二人は光の向こう側に出た。


朝霧が完全に晴れると、

塔の広場には人の列が七方から伸びていた。

各区域の新入生が、順に塔の円環の内側へ進む。

光の流れに沿って歩くと、

まるで神殿儀礼の一部になったように錯覚する。

七区七神の光が塔をめぐり、

それぞれの信仰の色が淡く混ざっていく。


「……音が違う。」

アルトが呟いた。

「え?」

「足音が、みんな同じ高さで響いてる。」

カレンが少し笑った。

「そういう場所よ。秩序の塔の音階は、いつだって“正音”。

ズレた響きは許されない。」


正門前の段上に、教師たちが整列している。

その中央に立つのは、白い長衣をまとった女教師。

長い銀髪が風に揺れ、金の眼が列を静かに見渡している。

「学園長――セラフィム・オルディア。」

カレンが小さく告げた。

アルトは一瞬だけ目を細める。

遠目でも分かる。


「格」が違う……。


あの人の周囲だけ、光が“静止”している。

流れる光の流れが、彼女の輪郭で一度止まり、再び流れ出す。

人ではなく、構造の一部のような存在感。


その背後では、教師たちが淡々と名簿を確認し、

各区代表の神官が整列している。

アグライアの金、アムピトリーテーの水青、カグツチの紅、

アネモイの碧、ガイアの翠、アストレイアの銀、ハデスの黒。

七色の祭衣が並び、朝の塔を囲む虹のようだった。


「……本気で神の庭だな。」

アルトが言うと、カレンは静かに頷いた。

「そう。ここでは神が上で、人が下。

でも――だからこそ、反逆も許される。」

「どういう理屈だ。」

「秩序が完全なら、混沌は必ず生まれる。

あなたはその混沌を呼ぶ側。

私は、その境界で立つ側。」

アルトは笑わなかった。

ただ、目を前に向けた。

人が秩序に組み込まれていく音が、足元から聞こえる気がした。


列の最前では、金の門が再び開いている。

今日の導入式は、塔内部の講堂で行われるという。

「いよいよ、だな。」

「ええ。」

ハルトが後方から声をかけてきた。

「おーい、二人とも! また並んでやがる。仲いいな!」

「うるさい。」

「いい朝だろ? 風が気持ちいい!」

言葉どおり、今だけは風が吹いていた。

ヴェントリアの風神アネモイの像の方角から、

穏やかな上昇気流が流れ込み、霧の名残を押し上げていく。


朝の光が塔の環を貫き、内部の扉に触れた。

淡い音がして、巨大な扉がわずかに開く。

金と白の間を、微かな燐光が走った。


「導入式を始めます――全員、塔内へ。」

教師の声が響く。

誰も逆らわない。

秩序は、ここでは神の言葉と同義だ。


アルトは一歩を踏み出した。

足元の符が光を放ち、

塔の鼓動が再び耳の奥に響く。

今度は確かに、前夜より強い。

何かが目覚めようとしている。


背後で、七柱の神像が順に朝光を浴び、

最初に輝いたアグライアの掌が再び強く光る。

その光が他像を渡り、最後のハデスの像の影へ沈む。

光と影が輪を閉じた瞬間、

学園の一日が完全に始動した。

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