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第1話 夜明けの第七ノクテリア区

はじまりの時、創造神は右手に人間界を、左手に神界をつくったという。

その指先がふれた大地が、いま"エリュディア神聖帝国"と呼ばれる国となった。


この国に生まれた者は、誰もが神の“意志”を宿す。

それを"神意"と呼び、炎や水、光や闇といった万象の力を形に変える。

人は神の力を借りて祈り、学び、戦い、そして支配した。

神意を持つことが、生きる資格そのものだった。


しかし、神の沈黙には理由がある。

神が人を見ているのではない。

神は、ただ“観察している”のだ——。

この世界がどこまで壊れても、どれほど祈りが歪んでも、

その瞳は一度も瞬かない。


やがて、人は知る。

選ばれなかった者がいることを。

どんなに願っても神意を授からず、“空の魂”のまま生まれる者たちが。

彼らは“神に見放された者”と呼ばれ、祈ることすら嘲られた。

この国では、光に背を向けた影に未来はない。


——だが、ある少年は違った。


神の声を聞いたことも、祝福を受けたこともない。

けれど、彼は信じた。

「神を信じるより、神を殴ってみたい」と。

それが、彼の唯一の祈りだった。


名はアルト・クローディア。

貧民街"第七ノクテリア区"に生まれ、十六歳を迎える。

この日、彼は聖域学園へ入学するため、神意を測定される。

それは、すべての人間が神に見定められる儀式。

祝福か、拒絶か。

その一瞬が人生を決める。


けれど、この朝。

彼の神意測定器は、光らなかった。

いや——正確には、“光を拒んだ”のだ。


この物語は、

神に見放された少年が“神意”を拒絶し、

世界の理を問い直すまでの記録である。


※本稿は、一部AIによる加筆・修正・添削を行っております。

——夜明け前のノクテリア区は、いつも灰の匂いがした。

石畳は夜露を吸い、冷たく光っている。家々の屋根から落ちる水滴が、眠りを拒むように音を立てていた。

この街では、朝が訪れるたびに昨日の夢がひとつ死ぬ。そんな風に思えるほど、静かな夜明けだった。


遠くの丘から、鐘の音が響く。

夢葬殿(ホールオブレヴァリー)」の鐘——死者を弔う音だが、ノクテリアではそれが朝の合図でもある。

他の区では祈りの始まりを告げる清らかな音も、ここでは“終わり”の余韻として聞こえる。

灰色の空の下で、光と闇がゆっくりと入れ替わる。世界が息をひそめているようだった。


アルト・クローディアは、軋む屋根裏のベッドの上で目を覚ました。

冷たい空気が頬を刺す。寝返りを打つと、毛布の端が破けて小さな羽毛が舞った。

「……また、鐘か。」


口にした声が、薄暗い部屋の中に消えていく。

窓の隙間から差し込む光は青白く、まだ夜の名残を纏っていた。

アルトは肩に毛布をかけたまま、窓際に歩み寄った。

遠くの空では、聖火塔(ピラーオブドーン)の炎が霞んで見える。王都ソルディアの象徴——神々に選ばれた者たちの光。

だがこの街の人々にとって、それは“届かない輝き”だった。


「……あんなの、俺たちの空には関係ない。」


呟いた声は、少しだけ震えていた。

ノクテリア区。死者と貧民、そして“神に見放された者”が集まる区域。

笑い声よりも祈りの声のほうが多い場所だ。

けれど、祈りが届いたことなど一度もない。


アルトもその“見放された者”のひとりだった。

十六年の人生で、一度も神意の兆しを示したことがない。

どんな神官に診てもらっても結果は同じ——反応なし。

周囲は言った。「神が彼を選ばなかったのだ」と。

それはまるで、存在を否定する宣告のようだった。


「神に選ばれなきゃ、生きる価値もないってか。」


笑おうとしたけれど、うまく笑えなかった。

胸の奥がわずかに熱を帯び、すぐに冷たくなる。

それが怒りなのか、諦めなのか、自分でもわからない。


今日は聖域(サンクトゥム)学園(アカデミア)の入学試験の日だ。

十六歳になった帝国民は全員、この日を迎える。

神意を測られ、神の名を刻まれる。

その瞬間から、人は“選ばれた者”か“その他”に分かれる。

神の手が肩に触れる者もいれば、その光さえ届かぬ者もいる。

アルトは、後者の側で生きてきた。


椅子に掛けてあったコートを手に取る。

袖口の糸が何度も縫い直されている。母の手の跡が残る。

それを指でなぞりながら、小さく呟く。


「どうせ、俺には名前すらくれないんだろ。」


自嘲するように言ってから、苦笑した。

いつもなら何でもない独り言のはずなのに、今朝はそれがやけに重く響いた。

心の奥に、誰かが石を落としたみたいに。


階下から、木の軋む音とともに柔らかな声が聞こえてきた。

「アルト、起きてるの?」

母の声だ。

彼女は毎朝、神棚の前で祈る。

“今日も神の加護がありますように”。

その声が聞こえるたびに、アルトの胸の奥がざらつく。


(神の加護、ね……。そんなもん、本当にあるのか?)


天井を見上げる。

ひび割れた木の隙間から、淡い朝の光が差し込んでいる。

その光さえ、どこか遠くの世界からの借り物のように感じられた。


アルトは窓を開けた。

霧の向こうで、遠くの街並みがゆっくりと形を現していく。

路地裏では、露店の老人がぼそぼそと祈りの言葉を唱えていた。

女の子が母親の手を引き、教会の方向へ歩いていく。

どの顔も、希望というより習慣で祈っているように見えた。


「……祈って何か変わるなら、とっくに変わってるだろ。」


小さく呟いた。

その声が風に乗って消える。

冷たい空気が頬を撫でた。

ほんの一瞬、世界が静止したように感じた。

風の向きが変わり、雲の切れ間から光が差し込む。


その光は、まるで逆流するように街の上を流れた。

白い霧が反転し、光と影が一瞬だけ入れ替わる。

聖火塔(ピラーオブドーン)の炎が、息を吸い込むように揺らいだ。


「……今の、なんだ。」


アルトは思わず身を乗り出した。

けれど次の瞬間には、何事もなかったように景色が戻っていた。

風も、光も、すべてがいつも通り。

ただ、胸の奥にわずかなざわめきだけが残っていた。


(気のせい……だよな。)


そう思い込むように呟き、窓を閉める。

軋む音が静まり、部屋に再び冷気が満ちた。


「神様、ね。」


つぶやきながら、アルトは苦笑した。

この街で神を疑うことは、息を吸うのと同じくらい自然なことだった。

けれど、今朝だけは少し違った。

“もし本当にいるなら、なんで俺だけ放っておくんだ”

そんな言葉が喉の奥まで込み上げたが、声にはならなかった。


「どうせいない。いるわけがない。」


そう言い切ることでしか、自分を保てなかった。

けれど、その言葉の端にほんのわずかに残る“願い”を、彼自身も気づいていなかった。


下の階から再び母の声が聞こえた。


「アルト、朝ごはんできたよ!」


声にこめられた優しさが、ほんの少しだけ痛かった。

アルトはため息をつき、返事もせずに階段へ向かう。


足を踏み出すたびに、木の床が小さく軋む。

夜の残り香が消えていく中で、世界がゆっくりと動き始める。


——まるで、何かを待っているように。

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