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第2話『カオスは外からもやってくる』


初日の改革を終え、スタッフ三人を帰したあと。

私は片づけを終えた厨房の真ん中で立ち尽くして、ふと気づいた。


「……で、私、今夜どこに寝ればいいの?」


異世界に来たのはいい。店長就任もわかった。

でも女神よ、住居のことなんて一言も聞いてないんですけど。


すると頭の奥で、ふわりとした声が響いた。


『安心なさい、美咲。ここはあなたの店であり、あなたの居場所。

二階の部屋を寝室として使うといいでしょう』


「二階……?」


試しに階段を上がってみると、埃だらけの小さな部屋がひとつ。

ベッドの木枠と、くたびれた布団。……まあ、寝られなくはない。


「副店長時代も仮眠室で雑魚寝してたしね。……ここで十分」


布団に腰を下ろすと、再び女神の声が降りてきた。


『あなたの仕事は“食堂を整える”こと。

けれど――覚えていて。カオスは厨房の中だけじゃないわ』


私は天井を見上げて、ひとりにやりと笑った。

「……カオスは外からもやってくる、ってわけね」



翌朝。

店の前に立った私は、黒板にチョークで値段を書き込みながら呟いた。


「ハンバーグ定食、800リル。

オムライス、600リル。

ナポリタン、500リル。……これで決定」


「え、高くないっすか!?」とタクが目を丸くする。


「は? 庶民の一日の稼ぎがだいたい5000リル前後なんでしょ?

ハンバーグは“ご褒美ライン”、オムライスは子供も頼める安心価格、ナポリタンは一人でも気軽に食べられる軽食枠。

家族でも冒険者でも入れるでしょ?」


「……言われてみれば……」タクは納得顔。


「サイドは200リル前後。ちょい足しで満足度アップ。――これがファミレスの基本!覚えて!」


三人は一斉に「は、はいっ!」と返事をした。


私は黒板を立て掛け、胸を張る。

「さあ、“庶民派価格のレストニア食堂”は今日から本番よ!」


……と、その時。

私は店の看板に目をやって、足を止めた。


「……なにこれ」


真っ赤なペンキで、大きく落書きがされていた。

『ここで食うな』『不衛生』『潰れろ』


「うわっ、マジか……」タクが顔をしかめる。

「き、きっと誰かの嫌がらせだよ!」ミナが青ざめた。

「ギルドか……近所の店か……」シドがぼそりと呟く。


私は目を細め、そして――笑った。

「なるほど。外からのカオス、ってわけね」


スタッフ三人が驚いて振り返る。

「店長、笑ってる場合じゃ……!」

「むしろ大事よ。外部のゴミをどう掃除するかで、店の価値は決まるの」


私は布を手に取り、落書きを拭き取り始めた。


その瞬間、カラン、と扉のベルが鳴る。

「すみませーん……もう開いてますか?」


振り返ると、そこには旅装束の青年が立っていた。

剣を背負った二十歳くらいの冒険者風。

空腹を隠せない真剣な目で、こちらを見ている。


私は布を握ったまま、にっこり笑った。

「いらっしゃいませ。――さあ、最初の客よ。真の試練はここから始まる」



「い、いらっしゃいませ!」


タクが慌てて声を張った。

昨日まで居眠り常習犯だった男が、ぎこちないながらも客を迎えている。

……まあ、声の大きさは合格。


青年――冒険者は戸惑いながら席に腰を下ろした。

剣を背負ったまま、椅子が軋む。

私はすかさず声をかけた。


「はいストップ。剣は背中から下ろして壁に立てかけて。椅子が壊れるし、他の客が来たら危ないでしょ」


「……あ、す、すみません」

青年は慌てて従い、剣を置いた。


「よし、これで安全第一。じゃ、注文どうぞ」


青年は黒板メニューを見て、ごくりと喉を鳴らした。

「……ハンバーグ定食、お願いします」


おお、来た! 記念すべき初オーダー!

タクがメモを取る手を震わせている。

「は、はいっ! ハンバーグ定食、ひとつ!」


「声はよし。けど、繰り返し確認が抜けてる。……“ハンバーグ定食でよろしいですか?”って聞き返す!」


「ハ、ハンバーグ定食でよろしいですか!?」

「はい!」青年は笑顔で頷いた。


タクの顔がぱっと明るくなる。

「よ、よろしくお願いします!」


私は頷き、厨房へ入った。

フライパンを温め、玉ねぎをじっくり炒める。

飴色に変わった瞬間、ひき肉と合わせて形を整え、鉄板に乗せた。

――ジュワァッ!


香ばしい音と肉汁の香りが店内を満たす。

ミナとシドが思わず「うわぁ……」と声を漏らす。

だが私はすかさずツッコミ。


「はいそこ手を止めない! シドは皿を温めて! ミナはライスよそって!」

「は、はいっ!」



やがて皿の上に湯気を立てるハンバーグ、ふっくら盛られた白いご飯、澄んだスープが並んだ。

私はそれを青年の前に置き、深々と一礼する。


「お待たせしました。ハンバーグ定食になります」


青年の目が大きく見開かれた。

肉の香り、ソースの艶、立ち上る湯気。

彼はゴクリと喉を鳴らし、フォークとナイフを握った。


「……いただきます」


ナイフを入れた瞬間、肉汁があふれ出す。

ひと口食べて――青年の顔に驚きが走った。


「……う、うまい……! こんなの、食べたことない!」


その声を聞いて、私は心の中で拳を握った。

よし、第一関門突破。

外のカオスなんて関係ない――この味さえあれば、客の心は必ず掴める。



レオンは夢中でハンバーグを頬張り、最後の一切れまで平らげた。

皿を置いた彼の顔には、久しぶりに満ち足りた笑みが浮かんでいる。


「……ごちそうさまでした。本当に、美味しかったです」


「ありがと。――で、アンタ、名前は?」

私は水を注ぎながら、自然に切り込む。


青年は少し照れたように背筋を伸ばした。

「レオン。二十歳です。……一応、冒険者、なんですけど」


「“一応”って何よ」私は眉を上げた。


レオンは苦笑いを浮かべ、ポケットからくしゃくしゃの小袋を取り出した。

ジャラ……と出てきたのは数枚のリル硬貨。

「まだ駆け出しで、依頼もほとんど回ってこなくて。

正直、お金足りるかなと、入る前すごく迷ったんです」


私はニヤリと笑った。

「でも入ったでしょ? 迷った末に、ちゃんと食べる勇気を出した。

それは“冒険者として生き残るセンス”よ」


レオンは思わず目を丸くした。

「……そう、ですか?」

「そうよ。お金がカツカツでも、自分を支えるご飯を選べる奴は強いの。

逆にケチって飢えて死んだら、本末転倒でしょ」


タクが横から割って入る。

「お、俺も最初“高い!”とか思ったけど、満腹度考えたらコスパ最強っすよね!」

「ミナも食べたい……オムライス……」

「俺も……ナポリタン……」とシドが小声で呟く。


私はすかさず叱り飛ばした。

「はい、あんたらはまず働いて稼いでからね!」





三人「「「はーい……」」」


レオンはそんなやり取りを見て、少し安心したように笑った。

「……なんだか、ここなら落ち着けそうです」


その言葉に、私はふっと表情を和らげた。

「落ち着くのはいいけど、勘違いしないでよ。ここは“食べるだけの場所”じゃない。

生きる力を取り戻す場所。……うちの料理は、そういうもんだから」


レオンの目に、ほんのわずかな光が宿った。

――この青年、いずれ伸びる。

私の勘はそう告げていた。



会計を終えたレオンは、満ち足りた顔で席を立った。

だが、ふと入口横の看板に目をやると、その表情が一変する。


「……これは、何ですか」


赤いペンキで殴り書きされた『潰れろ』『不衛生』の文字。

彼の拳が、ぐっと固く握られる。


「誰が、こんな卑怯な真似を……!」


タクとミナとシドが気まずそうに目をそらす中、私は肩をすくめて答えた。

「まあ、外からのカオスってやつよ。飲食ギルドか、近所の競合か。まだ断定はできないけどね」


レオンは私に真剣な眼差しを向けた。

「だったら、俺に協力させてください。

こんな卑劣なことをする奴を野放しにしたくない。……この店の飯は、本物だから」


――その言葉に、一瞬胸が熱くなった。

若造のくせに真っ直ぐすぎる。でも、こういう馬鹿正直さは嫌いじゃない。


私はにやりと笑って、彼の肩を軽く叩いた。

「いいわよ。ただし覚えておきなさい。相手は卑怯でズルい連中よ。

カオスを整えるには、こっちも頭を使わなきゃならないの」


レオンは力強く頷いた。

「わかりました。俺、絶対犯人を突き止めて見せます!」


私は看板の落書きを布で拭き取りながら、空を見上げた。

――どうやら、この街の飲食業界は想像以上に腐ってるようね。

だが、腐ってるなら余計に面白い。


「カオスは外からもやってくる。なら――叩き返して整えるだけ」


そして私は心の中で宣言した。

次に立ち向かうのは、この街を牛耳る“飲食ギルド”。

潰れかけ食堂の戦いは、まだ始まったばかりだった。



――つづく!



〜あとがき〜


美咲「はい、ここからはあとがきコーナー! 本編じゃ描ききれなかった裏話をひとつ。テーマは――トイレ掃除!」


タク「うぇっ!? 店長、そこ掘り返すんすか……」

ミナ「あの……便器の水、変な色してたよね……」

シド「床に謎のシミ……てか誰が最後に掃除したんすか、あれ」


美咲「誰もしてないのが一発で分かる荒れっぷりだったわね。飲食店のトイレが汚いってのは最大の罪よ。客は絶対に気づくんだから」


タク「でも、あそこ掃除するの、正直めちゃキツかったっす」

美咲「甘い! トイレ掃除はな、“店の魂磨き”なのよ。便器ひとつ輝かせられない店が、皿ひとつ輝かせられるわけない!」


ミナ「ト、トイレの神様って本当にいるのかな……」

美咲「いるに決まってんでしょ。少なくとも私の経験じゃ、トイレを光らせた店は潰れなかったわ」


シド「……言われてみれば、掃除終わったあと空気が変わった気が……」

美咲「そうそう。水回りは“気”が溜まるの。綺麗にしておくと流れが良くなるのよ」


タク「なるほど……でもやっぱり鼻が死にそうだった」

美咲「鼻が死ぬのは三分。そこを耐えて笑って掃除できる奴が一流。はい、次から毎朝ローテーション組むからね」


三人「「「えぇぇぇぇぇぇ!?!?」」」


美咲「はい、というわけで今回も読んでくれてありがとう! 次回はいよいよ“飲食ギルド”との初バトル! 乞うご期待!」


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