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第1話『カオスを整えるのってほんと快感』



「……誰だアンタ?」


カウンターに突っ伏して居眠りしていた男が、半目でこちらをにらんできた。


隣の女はまかないらしきシチューを勝手につまみ食いし、奥の青年は爪をいじりながら欠伸。


……いやいや、あんたら全員スタッフでしょ? この店、まだ潰れてないからね?


私は深く一度息を吸って、にっこり笑った。

――笑顔は基本、でも言葉はビシッと。


「今日から私がこの店のオーナー兼店長よ! 佐々倉美咲、よろしく!」


「はぁ!?」「店長!?」「聞いてないんですけど!?」


三人が一斉に目を丸くした。いい反応ね。驚いた顔って、次に叩き込む言葉がすんなり入るもんなのよ。


「で、まずひとつ確認。アンタら、働く気あんの?」


沈黙。視線が泳ぐ。

……はいはい、こういう空気、ファミレスで散々味わった。だらけきった現場の典型的な匂い。


私はカウンターを指でトントンと叩き、声を張った。


「いい? 言い訳するヒマがあったら皿一枚でも拭くこと。

今日からこの店、無駄と怠慢は許さない。

――カオスは整える。私のやり方でね!」


一瞬、場の空気がピンと張った。

ああ、この感覚。このバラバラで無駄だらけの現場を、一声で揃えていく瞬間。

カオスを整えるのって……ほんと快感。



私の宣言に、スタッフ三人はぽかんと口を開けた。

居眠り男、つまみ食い女、爪いじり青年。……まあ、見た目からして期待はできない。


「じゃあ、次はアンタらの番。自己紹介、はいどうぞ!」


まず口を開いたのは居眠り男。

「えっと……俺、タク。二十二歳。えーと……特技は、寝ること?」


「はぁい、ダメ! 自己紹介っていうのはね、自分を売り込むプレゼンの一種。寝ることが特技? 面接なら一秒で不採用ね」


次はつまみ食い女。

「わ、私、ミナ。十八歳。好きなことは……食べること?」


「はいアウト! “食べること”って答えるなら、その食べっぷりで客に元気与えられるくらいじゃなきゃ武器にならないの。自己紹介ってのは、相手に『あ、この人は役に立つかも』って思わせてナンボ!」


最後に爪いじり青年。

「あ、俺っすか。えー……シド。十九歳。……特にないっす」


「ストーーップ! “特にない”って、自己否定か! 自分を大事にできない奴はお客さんも大事にできないの。少なくとも“元気だけはあります!”とか“皿洗いは任せてください!”とか、ひとつくらい出せるでしょ!」


三人とも、しゅんと肩を落とす。

私は両手を腰に当て、フロアを見回した。


「いい? 自己紹介ってのは、自分を知ってもらう第一歩。お客さんだって同じ。最初に“あ、この店いいな”って思わせなきゃ、二度と来てくれないのよ。

店の第一声=スタッフの自己紹介。ここから教育し直すわよ!」


三人が顔を上げた。

私はにっこり笑って、指を鳴らした。


「はい、では見本を見せるわ。こういうのは百の言葉より一度の実演よ」


姿勢を正して、胸を張る。声はよく通るトーンで。


「改めまして、佐々倉美咲です! 二十歳に見えるけど中身は四十七歳、経験はダテじゃないわ。得意分野は無駄のない効率的なオペレーションと人材育成。趣味はカオスを整えること。――この店を街一番にするために来ました! よろしく!」


パチンと指を鳴らすと、三人のスタッフは目を丸くしていた。

タクがぽつりと呟く。

「……なんか、めっちゃ店長っぽい……」


私はすかさず切り込む。

「でしょ? “っぽい”は印象。自己紹介の目的はそこなの! はいタク、アンタからもう一回!」


タクは立ち上がり、緊張で背筋を伸ばした。

「えっと……タクです! 二十二歳! えー……元気だけはあります! 料理の盛り付けとか、見た目はきれいにできるかも……です!」


「うん、いいじゃない! “元気がある”ってだけでも武器になるんだから。次、ミナ!」


つまみ食い女――ミナが手を挙げる。

「わ、私ミナ! 十八歳! 食べること好きです! あと……お客さんに“美味しそうに食べるね”って言われたことあります!」


「そう、それ! ただ食べるだけじゃなくて“客に元気を与える食べっぷり”なら、十分武器! 次、シド!」


爪いじり青年――シドはやや不満げに肩をすくめた。

「シド、十九歳っす。……特技は……皿洗い。早くはないけど、割ったことは一度もないっす」


「それ立派な強み! “確実に壊さない”ってのは信頼に直結するのよ。スピードは後から鍛えられるけど、信用は最初からなきゃダメだから」


三人はお互いの顔を見合わせて照れくさそうに笑った。

私は腕を組み、にやりと口元を上げる。


「はい、よくできました! 自己紹介っていうのは“自分をどう見せたいか”で印象が変わるの。今の三人なら――まあ、ギリギリ店に立たせても恥ずかしくないレベル!」


「ギリギリなんだ……」と三人が同時に肩を落とす。


「当然でしょ? ここから磨き上げるんだから。

――さあ、次は掃除よ。店を回す第一歩は、見た目から!

カオスの現場は第一に見た目から整えるのが定石よ!」


私は両手をパンと叩いて、スタッフ三人に指示を飛ばした。


「タク、そっちの床! 粉がこぼれっぱなしでベタついてる! 雑巾持って四つん這い!」

「は、はいっ!」


「ミナ、テーブルの上! 食器とゴミが混ざってるじゃない。客が来たら第一印象で帰るレベルよ!」

「わ、わかりましたぁ!」


「シド、皿洗い場! 今すぐ山積みの食器に手ぇつけて! 割らないのが取り柄なら、それを見せて!」

「……了解っす」


三人が慌てて動き出す。

その様子を見て、私は鼻で笑った。


「やればできんじゃない。最初の一歩は“とりあえず動く”なのよ」


私はフロアを見回しながら、テーブルを一つ動かしてみた。

……案の定、通路が狭すぎる。スタッフ同士がすれ違うたびにぶつかるのが目に見えていた。


「ストップ! この通路、狭いわ! テーブルを一列後ろにずらす!」

「えっ、でも壁際に寄せたら椅子が……」とタクが戸惑う。

「いいからやってみなさい! 通路は動線の命! 椅子なんて客が座るときに引けばいいの!」


三人が慌ててテーブルを動かす。

するとどうだろう、たったそれだけでフロアの見通しが良くなり、通路がスッと一本線みたいに伸びた。


「な、なんか歩きやすい……」とシドが驚いた声を漏らす。

「でしょ? 導線が揃うと、現場は“自然に動ける空気”になるのよ」


私は次に厨房に足を踏み入れた。

調味料の瓶は蓋が開きっぱなし、鍋は焦げ付き、まな板は黒ずんでいる。


「……アンタら、客に出して恥ずかしくない? これ」

三人とも気まずそうに目をそらす。


「はい、じゃあ厨房は私が仕切る! タク、鍋を全部こすって! ミナ、調味料は瓶ごと熱湯消毒! シド、まな板は削れ! ――全員で“清潔感”を徹底するわよ!」


「うわっ! きっつい!」

「……店長、鬼……」

「けど……なんか、ちょっと楽しいかも」


不満を漏らしながらも、三人の手はどんどん動いていく。

ゴミ袋は次々といっぱいになり、油の匂いは消え、フロアと厨房の空気が澄んでいく。


私は腕を組み、にやりと笑った。


「ほら、空気変わったでしょ? この瞬間が最高なのよ」



掃除でフロアが整ったところで、私は手を叩いてスタッフを呼び集めた。


「はい、次! 在庫の確認。食材がどれだけあるか把握してないと、メニューなんて立てられないわよ」


「え、でも……いつも勘でやってて……」とタクが口ごもる。


「勘!? 勘で食材管理したら、足りないか余るかの二択よ! 在庫は数字で管理! 棚卸しは飲食店の基礎中の基礎!」


私は倉庫の扉を開け、中を覗き込んだ。

袋の口が開きっぱなしの小麦粉、干からびた玉ねぎ、変色したトマト。……はい、カオス。


「まず“使える食材”と“もうダメな食材”を分ける! シド、野菜を並べろ! タク、肉を一枚ずつチェック! ミナ、調味料は残量を声に出して読み上げて!」


「えーっと……玉ねぎ三個、生き残ってます!」

「豚ひき肉……半分黒い……」

「トマトソース、瓶が二本、ひとつはカビ生えてます!」


「はいアウト! それは捨て! “いつか使えるかも”は飲食店の敵! 在庫は使い切れる分だけ! 無駄は罪!」


三人は大慌てで仕分けを進める。

やがて「まだ使える食材」だけがテーブルに整然と並んだ。

私は腕を組み、にやりと笑う。


「よし。これでメニューを組める。……ハンバーグ、オムライス、ナポリタン。この三本柱でいくわ」


「え、それって……ファミレスの鉄板……」とミナが首をかしげる。


「そうよ。鉄板メニューは客に安心感を与えるの。奇をてらうのは基盤を固めてから。まずは“どこでも見たことある、でもここでしか食べられない味”を出すのよ!」



私は厨房に立ち、手早く調理を始めた。

玉ねぎをみじん切りにし、飴色になるまで炒める。ひき肉と合わせて成形し、ジュッと鉄板で焼く。

ケチャップライスを卵で包み、ふわりと仕上げる。

パスタを茹で、ソースと絡めて香ばしく炒める。


「――はい、ハンバーグ、オムライス、ナポリタン。三品、完成」


皿に湯気が立ちのぼり、立ちこめる香りに三人の目が一斉に輝いた。

「う、うまそう……」

「いい匂い……」

「腹減ったぁ……!」


私は三人の前に皿を並べ、腕を組む。

「試食、しなさい。――ただし! 食べるだけじゃダメ。必ずコメントを出すこと! “美味しい”は感想じゃない。具体的にどう美味しいか、何を改善できるか。それがスタッフの舌の役割!」


三人はごくりと唾を飲み込み、フォークを手に取った。


タクがハンバーグを一口。

「……肉汁がすげぇ。噛んだ瞬間にジュワッと広がって……でも、玉ねぎの甘みがそれを包んで、喧嘩してない……! あ、これ……やば」


ミナがオムライスを口に運ぶ。

「ふわっ……たまごが口でほどける……! ケチャップライスの酸味とバターの香りが混ざって……う、うちが出してたのと全然違う!」


シドがナポリタンをすする。

「んっ……ケチャップなのに、軽くてしつこくない……。甘いのに爽やか……。……あ、気づいたらもう一口いってる……」


三人が一斉に、夢中で食べ始めた。

私は満足げに腕を組み、笑みを浮かべた。


「よし。合格。アンタらの目が輝いた。――それが正しいメニューの証拠。

この三品を店の顔にするわよ!」


3人は口いっぱいに飯を頬張りながら、声にならない返事をした。

夢中で皿を平らげる3人の様子を見て、私は大きくうなずいた。

もわ

「いい? これが“客に出せる料理”ってやつよ。

見た目、香り、味、全部が客を笑顔にできなきゃ意味がない。

――今日から、この三品を店の柱にするわ!」


「う、うっす!」

「店長、すごすぎ……!」

「……なんか、ほんとにやれそうな気がしてきた……」


三人の表情に、やっと“やる気”の火が灯った。

その光景を見て、私は胸の奥で小さく笑った。


カオスを整えるのって、ほんと快感。


でも――この世界の飲食業界のカオスは、まだ始まりにすぎない。


ふと窓の外に目をやると、店の看板に落書きされているのが見えた。

「……ふぅん、なるほど。嫌がらせ、ね」


ギルドからの妨害か、それとも近隣の競合店か。

どちらにせよ、次にぶっ叩くべき“相手”がもう見えてきた。


「よし、次は外のカオスを整える番ね。

――行くわよ、アンタたち!」


三人が驚いて顔を上げる。

私はにやりと笑い、指を鳴らした。



こうして潰れかけの食堂改革は、第一歩を踏み出した。

だが、レストニアの飲食業界を覆う“黒い影”との本格的な戦いは、まだこれからである――。



――つづく!



〜あとがき〜


美咲「はいどうも、あとがき担当の佐々倉美咲です。今日から異世界食堂の立て直し、始まりました〜!」


タク「……店長、俺の自己紹介、最初クソだったっすよね」

美咲「クソだったわね」

タク「即答!?」


ミナ「あたしも“食べることが好きです”って……自己紹介のつもりだったのに」

美咲「食べるのが好きって言うだけなら犬猫でもできるわよ」

ミナ「ヒドいっ!」


シド「俺なんか“特にないっす”って答えて……」

美咲「あれは最低。あんた、面接なら一秒で落とされてる」

シド「グサッとくる……」


美咲「でもまあ、最終的にちゃんと“使える自己紹介”になったから良しとするわ。成長の余地はあるって証拠よ」


タク「店長の料理、マジで美味かったっす……ハンバーグ、もっと食べたい...」

ミナ「オムライスも! あの卵ふわふわすぎる……」

シド「ナポリタン、皿舐めたかった……」


美咲「……あのね、あとがきでご飯の感想大会するんじゃないの! 読者さんにお礼を言うのが仕事でしょ!」


三人「「「そうでした!

皆さん、ありがとうございまーす!」」」


美咲「というわけで、ここまで読んでくれてありがとう! 次回はね、早速この店に“外部のカオス”が絡んでくるわよ。

誰が相手か? 乞うご期待!」


次回、第2話『カオスは外からもやって来る』へ続く!


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