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3. そういう者に私はなりたい

実は、シャーロットのリュックを漁ったら謎肉がどどんと入っていたので、漁る担当だったメリルはびっくりしていた。

メリル「本当に金の1つもねえよ(えっ、肉……??何の肉だこれ……???)」

「デイビッド♡起きたのか♡」


「……メリル!?どうしたお前!?」


 良かった目が覚めたんだな、とみんな嬉しそうだ。シャーロットはちょっと目が覚めなさすぎて怖くなってきたので良かった。

 シャーロットに慣れたことで、即座に防御体勢を取ることが出来るようになった村の人達と一緒にしてはいけなかったと、さすがに反省した。


「美味い肉あるぞ、こっちこいよ!」


「酒があれば……さらに良かったんだがな……まあ仕方ないな……」


 脅したはずの少女と一緒に謎の美味しそうな肉を食べる仲間たち、極めつけは語尾に♡を付けるようになったメリルにデイビッドは理解不可能な顔をする。

 よろ、と立ち上がり打った頭にデイビッドは手を当てた。こぶも血もない。シャーロットはちゃんと水魔法で血は洗い流しておいた。証拠隠滅。


「いっ……たくはないが……クソっ、てめぇがやったんだな!おい!」


「馬鹿だな……やめておけ……デイビッド。……俺らは見逃してもらったんだ……」


「見逃してもらえたってよりかは話し相手にされた感じだけどな♡」


 愉快な盗賊たちの一人であるティオが、拳を握りしめてシャーロットたちの方へと歩き始めたデイビッドを止めた。

 困惑と恐れが入り交じった表情をしている。まあこの先何度も見るかもしれない表情だ、悲しいけど慣れなくてはとシャーロットは真っ直ぐに見つめる。

 絶対的な味方であったゼドがいないのは少し心細かったが、それでも。


 もう始めてしまったことだ、とにっこりとシャーロットは笑った。



「ティオ…!それにお前らもなんで呑気に飯なんか食って……失敗したのに何で逃げてねえんだ、メリルも意味わからねえことになってるし、こいつに何かされたのか!?」


 ──ああこの人は大丈夫だな、とシャーロットは思った。怒りのままにシャーロットを見て拳を握った訳では無い。

 シャーロットを化け物だと理解し、その上で仲間たちが近くにいるのを見て瞬間的に守ろうとしたのだろう。一緒にご飯を食べているのがようやく目に入ったのか、動きを止めた。


「いや、俺のこれはロビーのせいだ♡お嬢ちゃんがメモとってるんだが、俺らの口調が似すぎてて分かりにくいからこうしたんだよ♡」


「はあ!?どういうことだよ!?」


「………本当にな……」


 愉快な盗賊たちの全員集合だ。わちゃわちゃと騒いでいるのをにこにこと頷きながらシャーロットはメモをしている。

 怪訝そうな顔をしているデイビッドに、メリルたちは状況を説明していく。説明したらしたで意味が分からないという顔になっていた。そりゃそうだ。


「お肉いりますか?」


 警戒した顔で見つつも、皆が食べているので耐えられなかったのだろう、シャーロットにお肉をもらってデイビッドが食べ始めた。


「……これ何の肉だ?ただ焼いただけだってのに山猫亭のぐらい美味しいじゃねえか」


「山猫亭?」


「すっごく美味しくて珍しい食べ物出してくれる居酒屋だ♡ツケにもさせてくれるし良いお店なんだよな♡」


「あそこで飲む……酒は……とても美味しいぞ……」


 話がすぐに脱線してしまった。そのまま『山猫亭』の話になるかと思いきや、オレもこれが何の肉か気になってたんだよなとロビーが言った。スウェンも無言でうんうんと頷いている。


「ダンジョン産のドラゴン肉です」


「「「「はぁ!!??」」」」


 メリルは飲んでいた水を吹き出して、それが隣にいたロビーにかかった。スウェンはびっくりして座っていた石から転げ落ちている。デイビッドとティオは固まってしまった。


「? そんな驚くことですか?」


「驚くに決まってるだろ!?ドラゴン!!??しかもダンジョン産!!??」


「50年に1度市場に出回るかってレベルの高級食材だぞ♡貴族の中でも上級貴族しか食べられないっていうやばいやつじゃないか♡」


「すげぇ道理で美味いわけだな!貴族でもないのに貴重な経験できたな〜、ありがとな!」


「ロビー……お前は……すがすがしいほどのバカだな……」


「はあ!?お礼言っただけだろ何がバカだ!」


 属性もない下級のドラゴンなのに?と首を捻るシャーロット。家庭の味といえばこれ。母はよく食べきれないからと近所におすそ分けをしているぐらいだし、シッツォ村で美味しい食べ物の話題になった時真っ先に上がる。


「お嬢ちゃんの父親ってどんな方なんだ…?♡」


「ただのD級冒険者ですよ?」


「俺らと同じランクなわけねえだろ!?」


 一口で金貨が吹き飛ぶのかとメリルたちは躊躇している。その中でロビーだけはもうお腹いっぱいなのか?と食べながら笑っている。バカを通り越して大物になるのではと、ため息をつきながらデイビッドは考えた。


「……ドラゴンの肉なんて払えねえぞ」


「お友達記念ってことでいいですよ!代わりにデイビッドも何かお話してください」


 財布担当はデイビッドらしい。つくづく見た目とのギャップが良いと思いながらシャーロットはにこにことしている。

 もう口つけちゃったしな♡でも食べるの躊躇するな♡金貨何枚分食ったんだ俺は♡と唸るメリル、何の迷いもなく美味しいと食べるロビー、これに…合う酒は……何だろうか……と考え込むティオ、メリルと同じように無言で躊躇っているスウェン。

 話していなくてもいるだけで面白いと、さらにシャーロットは笑みを深めた。デイビッドはまたため息をついた。


「…何が聞きたいんだ?ドラゴンに見合うような面白い話が出来る気はしねえぞ」


「じゃあ、質問なんですが、赤ちゃんってどうやって出来ると思います?」


 聞いた話によると、デイビッドは盗賊たちの中で1番純粋。赤ちゃんはコウノトリが運んでくると信じきっている。──なんて面白いんだろうか!シャーロットは目を輝かせて答えを待った。


「はぁ…?なんだそれ、そんなの天国にいる赤ちゃんたちをコウノトリが運んでくるだけだろ?何で急に一般常識なんて聞くんだ?」


 ブフォッ!!とメリルたちは吹き出した。ここまで一切喋っていないスウェンも笑っているのを見て、声は出るのか、とささっとシャーロットはメモをした。


「恋人ができたらしたいことは何ですか?」


「小っ恥ずかしい質問だな……まあ、そうだな、手を繋ぐこととか交換日記とかだろ」


 愉快な盗賊たちは笑いすぎてヒーヒーと腹を押えてうずくまっている。

 なぜ笑われているのかもなぜこんな質問をされているのかも分からないデイビッドは、困惑しきった表情だ。


 デイビッドは盗賊たちの中で一番純粋。赤ちゃんはコウノトリが運んでくると心から信じきっている。───本当にその通りだった。本当に面白い!

 シャーロットは満面の笑みを浮かべながら、愉快な盗賊たちのことを見る。


「とっても良いです!いつか本を書く時に使わせてください!」


「…はあ??」



 ♢



「本当に俺らを捕まえないんだな…♡お嬢ちゃんがおかしいのはもう十分わかったけどな♡」


「今のメリルがそれを言うのかよ?」


「ちょっと待て♡お前ら昨日から俺の事をヤバいやつ風に見てくるけど、こうなったのはロビーのせいだからな♡」


「へいへい」


「……本当に、いいのか……君なら……出来るだろう……」


 5人分の生きた軌跡を聞き出し、シャーロットはほくほく顔だ。ふんふんと鼻歌まで歌っている。


 あの後野宿をし、すがすがしい朝を迎えた。


 5人は野ざらしで寝ていたので雨が降らないか心配だったが、今までで1番安眠できたと言っていた。シャーロットのおかげで魔物が一切近づいてこなかったからであるが、シャーロットはピンと来ていなかった。


 閑話休題。



 本当にいいのかというティオの問いかけに、シャーロットは首を傾げた。


「何がです?」


「ほら、俺たちは一応盗賊でお嬢ちゃんのお金を狙ったわけだし、奴隷にしようともしたんだぞ?♡俺たちまとめて街役場につきだすぐらい、お嬢ちゃんなら出来るだろ?♡」


「名を残すのが……望みなんだろう……街で有名にぐらいには……なるだろう……?」


 メリルとティオの発言に、ぱちぱちと瞬きをする。

 ──シャーロットは、そんなことを考えたことは無かったからだ。


「うーん……私は、そういうのはとくにいいです。私は勇者じゃないですし…歩き疲れちゃったのなら運べますけど」


 それを聞いて何か思いつめたような顔をして、ティオは俯いた。

 シャーロットがそのことを不思議に思い、聞き出そうとする前にティオは口を開く。



「……楽しかったんだ……久々に……だから……これ以上罪を重ねようと………そうまでして生きたいと………もう思えないんだ……………俺は自首するべき……だろうか……」



 静寂がその場に宿った。



 慌てた顔をしたメリルが、その雰囲気を壊すかのように、わざと茶化すようにティオの肩に手を回した。


「どうしたんだよティオ♡情緒不安定か?♡そりゃあこんなに楽しかったあとで盗賊に戻るのは辛いけどさ♡でも生きていかなきゃいけないだろ♡」


「俺の名前の……あとに……♡をつけるな……キモイ」


 メリルは、同意を求めようとロビーたちに目線を向ける。──ロビーがメリルから目を逸らした。

 それを見てメリルは大きく目を見開く。



 5人は元々同じ村出身だと聞いた。口減らしのため追い出される前に、冒険者になろうと村を飛び出したらしい。

 黒の山脈一帯が魔王領となり、そこから人々が逃げてきたせいで職にあぶれたり、作物や金銭の強奪が起きるのも珍しくはなかった。


 しかしそんな時代だからこそ、冒険者に憧れた。


 黒の山脈を越えたその先にある、龍の住処『最後の楽園』。

 大陸中から選ばれた、いつかは名を残すような才能の集まる『永世中立都市アカネディア』。

 『揺るがぬ波の壁』の向こう側にあるという、あまりの美しさに魅入られた者を氷の彫像に変えてしまうという『ヒンシュルウッド森』。


 誰もが憧れる世界を見たいと村を飛び出し、それでも魔物なんてそう簡単とは倒せず、その果てには盗賊になっているんだから──村にいた方がマシだったかもな、とデイビッドは言っていた。



「ロビー、何で目を逸らすんだよ?♡デイビッドも黙ってないで、自首なんかダメだって言ってくれよ♡」



 険しい顔をしたデイビッドが、重い口を開く。


「……俺も、楽しかったんだ。お前らとこんなに沢山話して騒げたのも久しぶりだった。俺も……もう、盗賊は……」

 

 険しい顔のままデイビッドは俯いた。

 いや、でも、とメリルは焦った顔をしながらもごもごと何か言葉を発しようとしている。気持ちが言葉にうまく変換出来ないらしい。


 黙っていたロビーは視線を下に向けたまま、ぼそりと言った。


「オレももう、無理だ」



 静寂の音が聞こえるほどに、誰も何も言えなくなった。



 風に揺られて草がざわめく音だけがした。


 思い詰めた顔をし始めた仲間たちを焦ったように見ていたメリルだったが、彼も徐々に顔に暗い影を落として、泣き出しそうな、その1歩手前のような目をして。


「……お嬢ちゃんにもっと早く会っていたら、間違えずにいられただろうにな」


 そう、言った。




 シャーロットはたくさん話を聞いた。故郷の話、両親の話、かつての友の話、憧れていたもの、美味しい料理を出してくれる店、楽しかった思い出───話していくうちに、それぞれ思うところがあったのだろうか。


 だいぶ経って、静寂を切り裂いて、けれど暗い雰囲気は変わらず、誰からともなく言葉を落とすように話し始める。


「犯罪を起こしたら目立つところに墨を入れられる。そうなったら冒険者に戻っても依頼が来なくなるし、他の職業には就けない」


「盗賊始めた時は気にしてなかったのにな…」


「顔見られちまってるからな…もう街では指名手配されてるかもしれねえ」


「でも逃げ回ったっていつかは捕まるよな」


「罪を犯しちゃったのはもう変えられない」


「魔王なんて生まれなければ……」


 メリルの語尾からすっかり♡は消え失せて、メモを見るともう誰が何を言ったのか分からない。

 シャーロットはぎゅうとペンを握りながら、メモをじっと眺める。


 最初に邂逅した時と、同じだ。


 物語に出てくるモブの発言は、誰が言ったのか分からない。違いが分からない。生い立ちも分からない。キャラクターとしての個性を削ぎ落とし、盗賊であることしか分からなかった、あの時と、同じ文字をしている。



 たくさんの話を聞いた。

 目の前の盗賊たちは、メリル、ロビー、ティオ、スウェン、デイビッド。

 盗賊である前に、彼らは一人の人間で、ここまで生きてきた道があって、人との繋がりがある。



 何かを言う権利はあるのだろうか、とシャーロットは思う。あまりにも楽しい時間を共有したとはいえ、それでも、元々は盗賊とその被害者の関係性だ。



 脳裏の裏で、勇者となった幼馴染のゼド・ヒューイットが笑顔でこちらに手を伸ばしてくる記憶が蘇った。



 あまりに普通であれないシャーロットを、普通の幼馴染として、お節介を焼いて、ずっと手を伸ばしてくれたゼド。

 ──シャーロットは、ゼドに会ったその時から、ずっと救われている。

 ゼドがいなければ今頃自分は第2の魔王だろうか。その前に父がその手で殺していただろうか。

 何度人を傷つけてもゼドが引っ張りあげてくれたから。誰もが離れていく中でゼドだけは隣にい続けてくれたから。ちょっと人とは違うだけだ、シャーロットが何をしたって僕はずっと隣にいるよと笑いかけてくれたから、だからシャーロットはここにいる。

 救いの果てにここに立っている。



 ずっと隣にいてくれた、ゼド・ヒューイット。


 ゼドはいつか魔王を倒して、歴史にずっと名を刻むだろう。最果てへ、あらゆることが消えていく膨大な時間のその向こうまで、ゼドの名前だけは残るだろう。だからシャーロットは、隣にいたいと願ってしまったのだ。


 いつかのずっと先の未来まで、ゼドの隣で名を残せたのなら。ゼドを1人にさせないように、ずっと隣にいられるのなら。

 それは、どれだけ素晴らしいことだろう、と。





「あの!私とパーティを組んで、もう一度冒険者をやりませんか!」


 シャーロットは気づけば立ち上がり、強く言葉を投げかけていた。


 ゼドが助けてくれて、人間としてここにいることができるシャーロット。ゼドの存在は自分の願いそのものでもあった。自分も、ゼドのように救う人間でありたい。



 人生の軌跡を辿り、たくさん話をした目の前の人たちを、このままにしてはいられない。楽しかったのだ。あまりにも楽しかった。もう他人として見ることは出来ない。強欲と言われようと、部外者が口出しするなと言われようとも構わない。

 手が伸ばせる場所にいるのなら、手を伸ばす人でありたい。




 ───後から思い返してみると、これは、運命を変える言葉だったのかもしれない。

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