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シスターのゲーム 03


01


 サキュバス。

 ~~通称は夢魔、淫魔。外見は人間に似て、角と翼を持つ。身体能力は人間並みだが、魔力が高く様々な魔法を自在に使いこなす。キスや性行為した相手の精気を吸い取り、精神的に支配下に置く強力な魅了の力を持つ。容姿は極めて美しい~~

 主にファンタズマの住民が認識しているサキュバスのデータはそんな感じだろう。魔族全体から見れば特に強くも弱くもない、平均的な力を持つモンスターといえる。


 しかし、サキュバスには他の魔物とは決定的に異なる要素がいくつか存在する。

 その1つは『サキュバスが人間に依存しなければ生きていけない魔物』という点だ。

 先述したとおり、サキュバスはキスや性行為で人間から精気を奪い取る。そしてこれが彼女たちの唯一の栄養補給方法でもあった。

 結果としてサキュバスは人間と生活圏を共にする者が多く、元から(魔族にしては)温厚で平和的な性質である事も手伝って、人間と和解して社会に溶け込む個体が数多く存在していた。

 サキュバスは――あくまで魔族への敵対心が強くない地域限定ではあるが――人間との共存が黙認されている数少ない魔族なのである。

 そうした地域の市街ではサキュバスの娼館も珍しくなく、人間と恋に落ちて恋人や夫婦となるサキュバスもいる。

 そこには人間と魔物の平和的共存という、一部の理想主義者が夢見る光景があるのかもしれない。


 しかし、人間とサキュバスが必ずしも理想的関係を築けるとは限らない。

 一見、双方が仲良く共存しているようで、実は魅了の力で人間を洗脳しているだけ、というケースは多く、なかには都市1つが丸ごと人間牧場と化している事例もあった。

 やはりサキュバスが恐るべき魔族の一員であるという事実は変えようがないのだ。


 そしてもう1つ――サキュバスには特筆すべき存在がある。

 サキュバスの突然変異体――『魔族の女王』『真の魔王』と称される存在――


 “サキュバス・エンプレス”である。



02


 陽光の最後の一片が、地平線に消える――その数秒前。


(……えーと)


 無言のまま西の空を見るレミュータの背に声をかけようとして、アニスは戸惑っていた。普段と何も変わらないレミュータの姿に、なぜか不穏な空気を感じたからだ。

 黄昏の残光は今にも消え去ろうとしていた。周囲の雪景色が宵闇に暗く陰りつつある。足元に散らばったミルク瓶を拾い直すのも一苦労だろう。


「ねぇ、何が――」


 意を決してアニスが声をかけた――と同時に、


『先に帰還します』

「え?」


 ふわり、と宙に浮いたレミュータは、次の瞬間、白銀の矢と化して地平線の彼方に飛び去っていた。



 地平線に沈む黄昏の方向――ミルゴ村に向かって真っ直ぐ飛翔するレミュータ。

 その白銀色の身体が瞬く間に『変形』していく。

 2m40cmの身長が3mを超える大きさに骨格レベルで伸長。体格が女性的なシルエットから無骨な戦闘用ボディに。

 そして、普段はガーターベルト状に変形していた強化外骨格がナノ粒子化しながら全身へ広がって自己増殖及び硬質化。レミュータの機体全体を重装甲でおおい隠した。


 この重装甲強化外骨格の名称は『ガーゴイル』。

 自立型戦闘用アンドロイドの個人兵装としては最新型にして最高性能の武装である。

 装甲は『核パスタ』と『力学的モノポール』の複合装甲。全身に内蔵されたセンサーや戦闘ツールの数は一万を超える。

 特筆すべきはレミュータの全身を覆う外骨格部分はあくまで“端末”に過ぎず、本体は亜空間ネットワーク内部の武装コンテナである事だ。

 この異次元空間に存在する武装コンテナは、それ自体が多種多様な武器や弾薬等の兵装を管理、備蓄、補給、研究、開発、製造する“個人用軍事基地”と称するべき総合戦闘ユニットであり、ここから状況に適応した様々な武装を瞬時に選択、装着、場合によっては即興で開発製造する事を可能としていた。

 この『ガーゴイル』こそが、あらゆる戦闘局面に対応可能な最強の戦闘用アンドロイドの中核といえる存在なのである。

 ……その超未来軍事技術の結晶というべき最新鋭戦闘ユニットが、普段はガーターベルトやエロ下着として使用されていると知ったら、開発スタッフはどう思うだろうか。


『戦闘モードへの移行完了。目標地点到達まで残り10.85km。状況開始』


 それにしても、なぜレミュータはわざわざ戦闘モードに変身して、ミルゴ村に向かっているのか?


(助けて――神様!ラミュルト様!!)


 ミルゴ村でマザーウィルに襲われたショータが、そう心中で叫んだ“3秒前”に、レミュータはマスターの危機的状況を感知して救出に出撃した。

 基本的に『AI規制条約』に縛られているアンドロイドは、マスターの命令がない限り自発的行動が禁じられている。

 しかし、マスターが突発的な危機的状況に陥っている場合は、例外的に具体的な命令無しでの救出行動が認められていた。

 これはマスターが意識を喪失しているなど、即座に命令が出せない状況を想定したものである。

 この処置がなければ、突然の心臓麻痺等で死にかけているマスターを目の前にして、救出しろという命令がないのでボケっと見ているだけ……のような間抜けな状況も有り得るのだ。


 ちなみにレミュータがショータの危機に即座に反応できたのは、彼女がショータの身体状況を遠距離多目的センサーで24時間監視しているからだが、これはマスターの安全を確保するための行動であり、決してストーカー行為ではない。

 決してストーカー行為ではない。



03


ベキベキバキバキバキバリバリ――!!!


「!?」

「おー?」


 ――ミルゴ村ラミュルト教会の屋根を粉砕し、ショータの部屋の天井を突き破って、レミュータが夜空の彼方から降臨したのは、戦闘モードに変形完了した0.001秒後だった。


『お待たせしました、マスター』


 もうもうと巻き上がる瓦礫と埃と雪煙の中、ショータに覆い被さるマザーウィルを悠然ゆうぜん睥睨へいげいするは――身長3mの威容。全身を覆う強化外骨格。鋼を纏った戦乙女――“o.n.e.レミュータ-9”戦闘形態。


 「ふーん……面白くなってきた♪」


 しかし、その鋼の威容を目の当たりにしても、マザーウィルは動じない。それどころか不敵に笑って見せた――刹那せつな、レミュータはアクセラレーションを発動。超光速の加速状態でショータに急速接近――が、


「そー焦ることないし。まず落ち着こ、ね?」


 褐色肌のティーンエイジャーが、若返ったマザーウィルが、ゆっくりと起き上がって、笑顔でひらひらと片手を振って見せた。


 レミュータが慣性を無視した機動で急停止する。

 周囲には彼女が突入時に粉砕した屋根や壁の瓦礫がまだ空中に浮かんだまま、ビデオの一時停止映像のようにその場に静止している。ベッド上のショータも驚愕の表情で固まったままだ。

 もちろん実際に時間が止まったわけではなく、超加速状態に特有の主観的な時空間停止現象である。

 そして、その最中でもマザーウィルは普段と変わらない様子で動いて見せた。つまり彼女も超光速行動が可能という事か――


『マスターから離れなさい、マザーウィル』

「へぇ…あーしって分かるんだ。けっこーイメチェンしたつもりなんだけど」

『生体パルスIDが同一反応です』

「……その様子だと、ず~っと前からあーしの正体分かってたみたいな? いつから気付いてたん?」

『初対面時』


 あの時、森で遭難していたショータを連れて空から落下してきた白銀色の爆乳高身長のアンドロイド美女という、あまりにも怪し過ぎる存在に警戒を露にする村人たちが、マザーウィルの一声で矛先を収めて見せた。

 村長代理の美しい女司祭が村人からの信頼とカリスマを発揮したシーンに見えるが、鉄の精神を持つアンドロイドは別の見解を示した。


 あれは村の住民を洗脳して支配下に置いているのではないか……と。


 そして、修道士見習いとなったレミュータが図書室で調べたファンタズマ世界に関する資料に、ある特殊な洗脳能力を持つ魔族の名があった。

 それは――


『あなたの生物学的種族は“魔族:サキュバス”であると推測します』

「うんうん、ほとんど正解かな……だけど」


 不敵な笑みを浮かべるサキュバスの瞳が、すっと細められた。


『理由も聞かずにいきなりりあおうとするなんて、流石さすが戦闘機械じゃん。それなら御膳立おぜんだてしてあげないと、ね♪』


 対峙する2人の周囲が急に暗くなった。

 淡い紫色の霧が辺りを覆い隠し、ショータの部屋とショータ当人が霧の彼方に消えていく。

 瞬く間に世界は薄紫の霧が漂う暗黒の空間と化していた。


「“ナイトメア・ワールド”……あーしとレミュータ修道士を特別な結界に閉じ込めたよ。ここならいくら暴れても、可愛いショータ司祭が流れ弾で怪我することはないから安心していいし」


 その台詞が終わる前にレミュータは突進していた。


 マスターの安全を保障するマザーウィルの言葉が欺瞞ぎまん情報である可能性を考慮して、排除作戦行動は近接戦闘モードを選択。

 眼前の黒ギャル女司祭に超光速の抜き手を放つ。

 命中直前に物質操作機能で掌の質量を中性子星内核レベルに増加。同時に目標との接触面に数グラムの指向性反物質を精製。

 火星サイズの惑星を丸ごと消滅させる破壊力の手刀が、真っ直ぐにマザーウィルの右乳房に命中――!!


 ぱしっ


 ――命中する直前、必殺の抜き手はピンク色のネイルに彩られたラブピースサインに挟み止められていた。


 超光速の拳が、惑星破壊級の威力が、片手であっさりと。


「おーおー、マジでヤバいじゃん。速さも鋭さも容赦ようしゃ無さも申し分ない攻撃って感じ?」


 本気で感心した風に無邪気な笑みを浮かべる金髪褐色の美少女。


「でも――この程度じゃまだ届かない。この“サキュバス・エンプレス”マザーウィルには、ね♪」


 その邪悪な笑顔に、周囲の空間がぐにゃりと歪んだ。


 サキュバス・エンプレス――それは『魔王級』と称されるサキュバス族の突然変異体である。

 簡潔に言えば身体能力と魔力が通常のサキュバスと比べて大幅に強化された個体なのだが、その強化率が桁違いに大きいのだ。

 あらゆる魔族の中でも最高ランクに位置するそのスペックは容易たやすく天変地異を起せるほど凄まじく、他の魔族からは畏怖を持って『魔王級』と呼ばれていた。

 他にこの『魔王級』の敬称を持つ魔族は、最強のライカンスロープ『金狼』とバンパイアの頂点『黒の王』のみ。

 魔族百万年の歴史上でも、このサキュバス・エンプレスが出現したのは僅か2回だけであり、両者共に魔王の座に就いて、その強大な力で地上世界と魔界を震撼させたという。


 そして、今ここに、史上3体目の魔王級サキュバスが降臨したのだ。


『…………』


 しかし、レミュータは強大な敵を前にしても一切動じない。

 恐れない。

 躊躇わない。

 そんな些末な感情は戦闘用アンドロイドには搭載されていない。

 マザーウィルがファンタズマ最強の魔族なら、レミュータは地球最強のアンドロイドなのだ。


 再び間合いを詰めたレミュータは、左右同時に神速の抜き手を放った。目標は左右の乳房。


「おっと♪」


 流石に今度は片手とはいかなかったが、あっさりと回し受けで弾かれた。

 かまわずレミュータのラッシュは続く。

 上下左右あらゆる方向から繰り出される超光速の連撃に、鋼のアンドロイドの両腕は千手観音の如く分裂して見えた。

 否、これは残像ではない。連続で放たれる抜き手があまりにも速過ぎて、周囲の時空間に干渉を起し、実際に実体を持って同時攻撃しているのである。

 目標はマザーウィルの右乳。左脇乳。右乳首。左乳輪。両下乳。etc.etc.etc……


「ほいほいほいほいほいほい……♪」


 その全てが回避された。一発も爆乳には当たらなかった。一発も。

 あまつさえ――


「ほいっと♪」


 カウンターのサマーソルトキックが炸裂!

 レミュータはギリギリのスウェーバックで回避するが、どたぶるるんと盛大に揺れた強化外骨格の下乳には蹴撃の跡が薄い筋となって残された。

 もし彼女が生身の人間だったら酷い蚯蚓みみず腫れが刻まれただろう。

 息吐く間もなくキックの連続がレミュータを襲う。

 前蹴り。側蹴り。跳び蹴り。踵落とし。ハイキック。ミドルキック。ローキック――


「言い忘れてたんだけどさ、このナイトメア・ワールドの中は、外の世界とは時間の流れが違うんだよね。あんまりモタモタ戦ってると、ショータ司祭がお爺ちゃんになっちゃうかも♪……それちょっとイヤだなぁ……ねぇ、早くあーしを倒すか、早くあーしに倒されてくんない?」


 事実なのかブラフなのかも分からない台詞と共に放たれる連続蹴りのラッシュに、レミュータは完全に防戦一方だった。

 クリーンヒットこそまぬがれているが、避け切れなかった数発が3mの爆乳を盛大に跳ね動かす。

 90cmの身長差とバストサイズ差を補うためか、マザーウィルは蹴り技を多用した。

 本来、蹴り技は手技よりも隙が大きくて実戦では使いにくいとされているが、それで戦闘用アンドロイドを一方的に追い込むサキュバス・エンプレスの格闘技術は、彼女が武の極みに達している事を証明して余りあった。


『……ッ』


 全裸逆立ち開脚によるカポエラ風キックをクロスガードで受けつつ、レミュータは恐るべき魔族の女王から間合いを離した。

 その3m爆乳強化外骨格には、連続攻撃の傷跡が幾十本も刻まれている。

 レミュータは吐息を漏らした――ように見えた。


『戦闘用アンドロイドとして設計された当機には、あらゆる種類の戦闘プログラムがインプットされています』

「お? 急にどーしたん?」

『その私を近接戦闘技術で圧倒するとは驚異的です。マザーウィルはどのような格闘訓練プログラムを施行したのでしょうか』

「訓練? そんなメンドいのやった事ないし。あーしの強さは全部生まれつきだし。凄いっしょ?」


 マザーウィルはわざとらしく鼻を鳴らした。


 仮に戦闘に関するあらゆる能力の才能が人類史上最も優れた個人がいたとしよう。

 その人間が最高の師と至上の幸運に恵まれて、極限まで効果的かつ過酷な鍛錬と実戦経験を積み重ねて、果てには過去現在未来における人類最強の戦闘能力を持つ存在になったとしよう。

 その者が持つ人類史上最高にして到達点の戦闘力を数値の『1』と仮定しよう。


 サキュバス・エンプレス――マザーウィルの戦闘力は、その数値に換算して億の単位に達していた。


 これは特権でもチートでも不条理でもない。

 鳥が生まれつき空を飛べるように、魚が水中で呼吸ができるように、それがサキュバス・エンプレスという魔族が持つ当たり前の能力なのだ。

 それが当然であるかのようにファンタズマ最強の力を持つがゆえに、この恐るべき魔族は魔王級と称され『データ分析完了』


 褐色のサキュバスの笑みが止まった。

 白銀のアンドロイドの普段と変わらない無感情な声に、そうさせる何かがあった。


 瞬速で間合いを詰めたレミュータが再び抜き手を放つ。

 紙一重でかわしつつカウンターの膝蹴りを――


(――ッ!?)


 手刀の軌道が変化。

 正確にマザーウィルの右乳首に突き刺さった。

 勃起した乳首が陥没乳首になるほどの衝撃に、褐色少女の美貌が苦悶に歪む。

 間髪入れずに左から抜き手が襲う。

 反応すらできずに左乳首は陥没乳首と化した。


「痛ぁ~~~い!!」


 今度はマザーウィルが半泣き悲鳴と共に連続バク転で間合いを離す番だった。惑星破壊級の攻撃を受けて“痛い”で済むだけでも規格外なのだが、そんな余裕は消え失せていた。


 今の二撃で理解した。

 レミュータがマザーウィルの攻防全ての動きを見切っている事に。

 鋼の戦乙女がサキュバス・エンプレスを遥かに上回る武の境地にいる事に。


 白銀色の武装外骨格に、電子の輝きが宿る。


 サキュバス・エンプレスが最強の魔族? 武の到達点にいる? そんな事はレミュータには何の問題もなかった。

 目標が現実世界に存在し、物理的な存在である以上、どれほど近接戦闘能力が高くても理論上は対処法があるからだ。

 身長、体重、質量、骨格、筋肉、神経ネットワーク、呼吸器、内臓構造、感覚器官、ニューロン配置、人格構成等の情報さえ把握すれば、あらゆる戦闘行動パターンは予測かつ対応可能となる。

 後はそのためのデータ収集の時間さえ確保できればいい。


「ちょ、ちょっと! 痛っ !痛い! 痛いってばぁ!」

『…………』


 攻守は逆転した。

 レミュータの手刀はことごとくマザーウィルの乳房に突き刺さり、反撃のキックは全て回避される。

 瞬く間にサキュバス・エンプレスの褐色の爆乳は痣だらけとなった。

 戦闘用アンドロイドは無駄な行動は一切取らない。先程の会話はデータ分析の時間稼ぎだったと気付いた時には、もう遅かった。

 だが――


「痛いって言ってるし!!」


 猛烈な旋風脚。これもレミュータは楽々避けるが、ほんの少し間合いが離れた。

 その間隙を逃さずマザーウィルは跳躍し――そのまま空中に浮かんだ。


 ――だが、全てが手遅れなわけではない。まだ肝心の手の内は見せてない。


 漆黒の翼が大鳥おおとりの如く羽ばたく。

 その周囲に真紅のオーラが渦を巻いた。物理的な圧力すら感じる強大な魔力だ。

 人間の限界値を遥かに上回るのは勿論、ファンタズマ全ての生命体をも圧倒的に凌駕する世界最強の魔力が渦巻いていた。


 なるほど、『武』は異界の戦闘機械が上回るだろう。だが、『魔』ならどうだ?


「あーしを本気にさせちゃったみたいね。これからが本番だし♪」


 再びサキュバス・エンプレスの口元が歪む。

 マザーウィルの言葉はハッタリではない。そう、サキュバスという魔族は元来は物理戦闘は苦手で、魔法の行使を得意としている種族なのだ。

 そしてサキュバス・エンプレスはファンタズマ世界最強の魔族。当然、その魔法行使力も他の追随を許さない世界最強の実力を誇っている。


「さぁさぁどんな魔法を味わってみたい? どんなリクエストにも答えてあげちゃうよ~?」


 無限の魔力で焼き尽くそうか。時間を停止して嬲り殺しにしようか。古典的にヘビやカエルへ変身させるのもいい。歴史改変で存在を消滅させるのも悪くない。

 脅しではない。魔法使いとしてのサキュバス・エンプレスは誇張抜きで万能の存在だった。

 レミュータが地球最強のアンドロイドなら、マザーウィルはファンタズマ最強の魔族なのだ。


『…………』

「リクエストが決まらないならぁ……あーしが勝手に決めてあげるし!」


 無言のまま動かないレミュータに向かって、マザーウィルは哄笑と共に無限の魔力を解き放った――!!


「……え?」


 無限の魔力を解き放った――はずだった。


 何も起こらない。


 マザーウィルは動揺を押し殺しつつ、矢継ぎ早に様々な魔法を展開するが――どの魔法も瞬く間に雲散霧消うんさんむしょうしてしまう。

 聡明な彼女は瞬時に理解できた。

 自分自身を含めた周囲の空間で、あらゆる種類の魔法が無条件で打ち消されてしまう事に。


 それを見つめるレミュータの瞳が赤く輝いていた――



 ――地球。

 レミュータ型アンドロイドが開発される少し前の時代。

 人類は『銀河大航海時代』を迎えていた。

 未知なる星、未知なる惑星、未知なる資源、そして未知なる文明を求めて、数多くの探索者たちが銀河系というフロンティアを開拓していた時代だ。

 その過程で人類は様々な種類の知的生命体――異星人と接触する事となった。地球人は宇宙の孤児ではなかったのである。

 異星人とのコンタクトと、その後に起こった様々なイベントの詳細は省略するが、その中でも特に地球人を驚かせたのは、数種類の異星人が使う驚くべき技術だった。


 魔法や超能力である。


 後に地球では『概念操作能力』と呼称される事になる、摩訶まか不思議な超常の力は実在したのだ。

 従来の科学と相反するような概念の発見に、むしろ科学者たちは歓喜した。

 それがどんなに荒唐無稽なものに見えても、実存して他の存在に影響を与えるものである限り、それは物理現象であり科学の範疇なのである。

 科学者たちは概念操作能力という未知なるテクノロジーを徹底的に研究した。残念ながら運用コストの問題でそれらの科学的な再現は断念せざるを得なかったが、その対抗策となるメカニズムは完成できた。


 それが現在レミュータが瞳の輝きと共に発動している『対・概念操作能力位相反転消去機関』――通称『サイレンス・フィールド』である。


 その効果はシンプルかつ絶大だ。発動と同時に使用者を中心とした半径数十mから数kmの範囲にある全ての概念操作能力を消滅させるのである。

 特筆すべきは対象の“位相”を直接反転干渉するため、どれほど強力かつ特殊な能力でも問答無用で打ち消せる点だろう。

 このシステムが作動している限り、レミュータはマザーウィルのあらゆる魔法を無効化できるのだ。

 そして、マザーウィルがレミュータを物理的戦闘で倒す事は不可能である。



「……異界の戦闘機械、恐るべし」


 褐色のサキュバスが、がくりと頭を垂れる。


 勝敗は決した。


 ……ピシピシピシ…パキン……


 これもサイレンス・フィールドの効果か、マザーウィルが結界を解除したのか、周囲の空間にひび割れが走り、急速に崩壊していく。


「あーしの負けです。レミュータ修道士」


 薄紫の濃霧漂う幽界が、粉々に砕け散った――




つづく





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