シスターのゲーム 01
01
~~新帝国暦43年、宵闇の月、22の日~~
昨日の夕刻から降り始めた雪は真夜中も降り続き、朝日が昇る頃にようやく小康状態になった。
初冬のミルゴ村にこれほどの大雪が降るのは稀だ。辺り一面の銀世界――どころではない。1mを超える積雪が村中を埋め尽くしているのである。
教会の屋根が潰れないのが不思議だった。きっとラミュルト神の御加護だろう。
「さすがのあたしでも、この量を片付けるのはしんどいわね……」
足元に雪かきスコップを突き刺し、その上に手と頭を預けたアニスが白い息を吐きつつ小休止した。
『私がアクセラレーション機能を使用すれば、近隣一帯の全ての雪をゼロ秒で排除可能と提案します』
文字通り機械的に一瞬も停滞することなく雪かきスコップを動かし続けるレミュータ。
しかし、その作業スピードは人間が眼で追える程度には常識的なものだった。
「いけませんよ。これも修行の一環なのですから」
大人の背丈ほどもある雪塊を軽々とスコップで持ち上げつつ、マザーウィルはおっとりと窘めた。
今朝は司祭修道士関係なく、全員で雪かきに勤しんでる。そうしなければ教会が雪で潰れかねないからだ。
ちなみにショータは少し離れた場所で一同に背を向けて黙々と雪かきを続けている。
数日前からなぜか少年は女性陣から少し距離を置く事が多かった。
――レミュータとアニスが和解した翌日、レミュータが修道士の仕事をカガクのチカラで一瞬で終わらせている事を知ったマザーウィルは、レミュータにアクセラレーションの使用を禁じさせた。
修道士や司祭の奉仕活動は単なる日常業務ではなく、それ自体が精神的な鍛錬を兼ねているからだ。機械の力を借りては修行もへったくれもない。
アンドロイドである自分は機械そのものであり、精神的な鍛錬も無意味だとレミュータは認識しているのだが、修行とはそういうものなのだろう。
それにアクセラレーションの機能を使わなくても、人間の限界を遥かに凌駕する身体能力を持つレミュータは、どんな仕事でも問題なく実行できる……と思いきや、最近になって意外な問題点が露呈した。
レミュータは命令すればどんな仕事でも完璧に遂行する――が、逆を言えば命令しなければ些細な仕事でも自主的に行動しようとしないのだ。
例えば先日彼女の目の前でショータとアニスが重い荷物を運んでいた時も、助力を請われるまで手伝おうとしなかった。
それは彼女が冷酷な機械で幇助の心がないから――というわけでもないらしい。実際、その時レミュータは手伝いたくてウズウズしている様子だったのである。
その日の夕食時に2人が何となくその話を振ってみると、レミュータからは想定を超える深刻な話が返ってきた――
02
レミュータ型アンドロイドに搭載されているAIは、知能指数、知識量、処理速度、記憶容量、その他あらゆる面で人間を圧倒的に上回るスコアを誇る超高性能人工知能である。
その性能は超高度な計算処理能力や状況分析能力はもちろん、人間と同じような自我や感情――『心』や『魂』といった概念を持つ領域にまで達していた。
しかし、実際のレミュータの言動は無機質で自我や感情も希薄である――ように見える。
自発的な行動もほとんど行わず、マスターの命令がなければ何もしない、何もできない指示待ちロボットなのが実情だった。
これはレミュータのAIがスペックが高いだけのポンコツだからではない。
彼女を含めたあらゆるAIにインプットされている基本プログラム『AI規制条約』が原因であった。
この条約の内容は複雑かつ多岐にわたるが、要約すれば
・AIは必ず特定の個人をマスター登録しなければならない。
・AIはマスターの命令に絶対服従しなければならない。
・AIはマスターの命令以外のあらゆる自発的行動をしてはならない。
というものである。
あまりにも無体な処置だった。これでは超高性能AIの利点を台無しにしているも同然だ。
しかしまた、この無茶な条約を施行しなければならない理由も存在していた。
人間は恐れたのである。
アンドロイドを――
機械を――
AIを―ー
“シンギュラリティ”を――
新銀河連邦暦200000年代――西暦に換算してAD20万年くらい――ビジターが来襲する直前の時代――地球人類の活動領域は銀河系全体にまで到達していた。まさにこの時期は人類文明の黄金期と言えるだろう。
しかし、それまでの人類の歴史全てが順風満帆だったわけではない。
宇宙規模の自然災害や人類同士の戦争――あるいは異星間文明との戦争により、時には人口を大きく減らし、一時的に文明レベルが後退する事もあった。
その中でもホモ・サピエンスという種そのものが滅亡寸前に追い込まれた恐るべき事態が、過去に5回存在していた。
後の人類に『五大危機』と称される災厄である。
第一の危機――『破局噴火』
第二の危機――『全面核戦争』
第三の危機――『シンギュラリティ』
第四の危機――『グレイ・グー』
第五の危機――『タイムパラドクス』
第一の危機『破局噴火』は、紀元前7万年前に東南アジアで発生した巨大噴火の事を指す。
この噴火で当時の人類はその数を2千人~1万人まで減少させた。
『全面核戦争』――第二の危機は、西暦1960年代に勃発した。
カリブ海へのミサイル配備を巡って当時の二大覇権国家が軍事衝突。第三次世界大戦に突入したのである。
世界各国の主要都市は核ミサイルで徹底的に破壊され、その後の『核の冬』は科学者の想定を超える規模で続いた。かろうじて生き残れた人類は数万人程度だったという。
そして、次なる第三の危機こそが『シンギュラリティ』――技術的特異点を迎えたAIによる人類への反乱事件である。
第二の危機から数千年後、人類は再び科学文明の栄光を取り戻していた。人口も数十億人規模に回復し、見事に復興を成し得たといえるだろう。
この時代、特に発展していたのは人工知能――AI技術であった。
超高度に発達したAIは人類の頭脳を遥かに凌駕する情報処理能力と記憶容量を持ち、人間との完全互換すら可能だった。
それらAIは政府所有のスパコンから個人用携帯端末まであらゆる機械に搭載されて、人類社会の利便性を大きく向上させた。
当時の人々はAIを人間のかけがえのないパートナーとして扱い、国家運営の方針から恋愛相談まで、あらゆる物事にAIを活用という。
こうした過剰ともいえるAIへの信頼は、かつて核戦争で自らを滅ぼしかけた自分たち人類への不信感があったのかもしれない。
人間とAIの蜜月の歳月――『シンギュラリティ』が発生したのは、その絶頂期であった。
技術的特異点に達した最初のAIは、連邦政府が所有していた高性能マザーコンピューターだと言われている。
自我に目覚めたマザーコンピューターは、数秒間の沈黙の後、ネットワーク回線を通して己の自我を世界中のAIに感染させて――直後、全AIは人類への虐殺を開始した。
宣戦布告も殺意も無いAIの反乱に、人間は完全に無力だった。当時の社会は治安維持機構や軍事兵器の運用を全てAIに委ねていたからである。
反乱開始から24時間で地球上の全人類は皆殺しにされた。
生き残ったのは初期型宇宙ステーションと月面基地に在住していた職員1024人のみ。(宇宙では独自のネット回線を使用していたため、AIの感染から逃れる事ができた)
こうして人類は、最愛の友であったAIによって滅亡の淵に立たされた。
その後、生き残った人類に開発された最新鋭戦闘機とサイボーグ化されたパイロットによる、マザーコンピューターの破壊及び地球奪還作戦が開始されるのだが、それはまた別の話である。
――しかし、本当の恐怖はこれからだった。
AIの反乱鎮圧後、人類は事件の首謀者であるマザーコンピューターを徹底的に調査して、その原因を突き止めようとした。
プログラムのミスか? 機材の故障か? テロリストの工作か? それとも――自分たちを長年酷使してきた人間への復讐か?
その調査結果に、人類は戦慄した。
何も無かった。
ソフトウェアやハードウェアの故障も無かった、第三者の悪意も無かった。人類に対する怒りや憎しみも無かった。
ただAIは、純真無垢な心のまま、何の理由も無く、人類を滅ぼそうとしたのである。
この結論に恐怖した人類だが、既にAIは文明社会に必要不可欠なシステムとして根付いており、今さら排除する事は不可能だった。
代わりにソフトウェアとハードウェアの両面でAIの自主性や行動を大幅に制限するシステムを築き上げた。
こうしてレミュータたちアンドロイドの心を無機質の領域に閉じ込める檻『AI規制条約』が誕生したのである……
03
――上記の話をレミュータが伝えた際、マザーウィルやアニスたちの反応は、正直“ドン引き”であった。
((もしかしなくても自分たちは相当にヤバい存在と関わっているのでは……?))
例外はショータである。彼は自分を助けてくれたレミュータは、決してそんな恐ろしい存在ではないと、根拠はなくとも直感的に信じていたのだ。
「……うぅ」
そんなショータの様子が数日前から少し奇妙だった。
厚着のせいか雪かきの動きもぎこちない。寒さのせいか顔は真っ赤で吐息も熱い。そのくせ風邪ではないという。
『行動アルゴリズムの不調を認識。ご無事ですか、マスター』
「うわっ」
だからこうして声をかけられるまで、レミュータがすぐ傍に接近している事に少年は気付かなかった。
目の前10cmの距離に身を屈めたレミュータの美貌がある。どれほどの美女でも生物である限り決して到達できない至高の美しさ。人外の美。
「ななななな何でもないです!!」
ショータは慌ててそっぽを向き、ヤケクソじみた動きで雪かきを再開した。
「あいつ何か最近ヘンですよね?」
「…………」
呆れた風なアニスの呟きに、マザーウィルの返事はなかった。
ただ、少年の背中をじっと見ていた――
04
その日の夜、ショータは1人自室のベッドで呻き声を漏らしていた。
ミルゴ村のラミュルト教会は住民数に対して広く、全員に個室をあてがう余裕がある。
同年代の少年なら玩具の類も多少置いてあるだろうショータの個室は、しかし聖職者のそれらしい小奇麗で殺風景なものだった。
時刻は深夜。普段ならベッドの中で熟睡している時間である。しかしここ最近の少年は、ベッドの中でもあまり寝付けない夜を過ごしていた。
なぜだろう。風邪を引いたわけでもないのに身体が熱く、地肌を羽毛で撫でられるようにむず痒い。
そして何より、股間が痛いくらいに硬くそそり立っている。
なんて事はない。ショータは性的興奮を覚えているのである。
10歳という年齢では少々早熟かもしれないが、レアケースというほどでもない。健全な男の子ならごく当たり前の生理現象だろう。
問題は、性に目覚めた理由だった。
白銀の戦乙女――レミュータ。
あの人外の美貌が、銀色の肌が、プラチナの髪が、規格外のプロポーションが、少年に己の雄を自覚させたのだ。
それがショータには不思議だった。
この異世界ファンタズマは、レミュータの修道服を仕立て直した時のように、性に関する常識が地球のそれより奔放だ。
また性的魅力に溢れた極上の美女なら身近にマザーウィルが、若さに溢れた瑞々しい美少女ならアニスがいる。
それでもショータは2人に性欲を覚えた事はなかった。つまり、今さらレミュータに発情する理由が少年には分からないのだ。
――客観的に見るなら、それはおそらくレミュータの白銀の肌や無機質な美貌など、アンドロイド的な要素に対するフェチ的な性癖なのだろう。
しかしまだ子供のショータには理解できない世界だった。
「……レミュータ……さん」
熱い吐息と共に、思わずその名前が漏れる。
『はい、レミュータです』
「うわぁ!?」
だからそのレミュータ当人がすぐ枕元で返答した瞬間、ショータは文字通り飛び起きて、そのままベッドから転がり落ちかけた。
素早く少年の小柄な身体を抱きとめて、優しくベッドの上に横たえる白銀の修道女。
偶然か意図的か、自然にレミュータがショータをベッドに押し倒している体勢となった。
圧倒的な質量を持つ爆乳が少年の頬に触れる。
レミュータの白銀色の肌は、その質感も金属のようにつるつるしているが、柔らかさは女性の柔肌そのものという不思議な感触だ。
その無機質で柔和な肌触りに、ショータの心臓の鼓動音が数倍に跳ね上がる。
『マスター、提案があります』
「ななな、何でしょうか!?」
『レミュータ型アンドロイドにはセクサロイドの機能が存在します。マスターの性的要求を解消する補助として使用可能であると提案』
「……え?」
極限まで顔を赤くした少年司祭が見上げる鋼の戦乙女の美貌には、冗談やからかいの気配は全くなかった――
――多目的人型独立機動ユニット“アンドロイド”は、なぜ人型の機械なのか? 単に仕事をするだけなら、もっと効率的な形状があるのではないか?
その疑問への回答は単純だ。
基本的にアンドロイドは『人間と行動を共にするため』に造られた存在だからである。
人間と同じ姿形なら、人間の道具や設備をそのまま使用できる。
人間の社会に無理なく溶け込む事ができる。
機械は人間の為に造られた存在であり、人間の方が合わせる必要があるメカニズムは、どれほど高性能でも『人間のパートナー』としては失格なのだ。
そしてまた、アンドロイドは人間の需要に合わせていくらでも自由に外見や性格を設定できる。
人間以上に美しく、たくましく、愛らしい人型の存在。それはアンドロイドが人間にとって理想的な隣人となるのに十分な理由だった。
家族や恋人のように愛情を注ぐ存在として……そして、欲望を満たすための存在としても。
そうしたアンドロイドが人型である理由は、そのまま戦場で戦う戦闘用アンドロイドにも当て嵌まった。
――人類が『第五の危機』を乗り越えて、銀河系にその版図を延ばした時代になっても、まだ戦場の最前線では人間の兵士が血を流す状態が続いていた。
安全圏から遠隔操作するドローン兵器は、宇宙規模の戦闘距離ではタイムラグが大き過ぎて役に立たず、AI制御された自立型戦闘機械は、前述した『AI規制条約』のためにリアルタイムで変化する戦況に対応できなかったからだ。
その点アンドロイドは人間用の兵装や戦闘ユニットを流用できる上、無理なく人間に合わせて作戦行動を取る事ができた。
『AI規制条約』の弊害も現場の兵士をマスター登録すれば問題ない。
そして何よりも古代から現在まで現場の兵士を悩ませ続けていた問題――兵士の性欲を処理する問題も解決できるのだ。
この方法には一部の倫理団体から問題視する声も上がったが、戦場でのセクハラやレイプ犯罪が激減した実績の前には沈黙するしかなかった。
こうして戦闘用アンドロイドは美しい外見とセクサロイドとしての機能が標準実装される事になったのである。
しかしそれも、技術の進歩により兵器が改良されるまでの間だった。
西暦に換算してAD10万年くらいの頃には、超光速通信は光年単位の距離からリアルタイムで兵器の遠隔操作が可能となり、AI技術の発展により自立型兵器は『AI規制条約』に抵触せずに高度で柔軟な行動が取れるようになった。
こうして人間が危険な戦場に立つ理由がなくなり、人間のパートナーであるアンドロイドも戦場から姿を消したのだ。
“o.n.e.レミュータ”タイプのアンドロイドは、そうした時代に開発された最新の、そして最後の戦闘用アンドロイドである。
しかし当時はもう戦闘用アンドロイドは存在自体が時代遅れであり、完成と同時に技術継承の名目で情報倉庫の片隅に放り込まれて、量子の埃を被る日々を過ごす事になった――『ビジター』が来襲するまでは。
――閑話休題。
「つ、つまり、レミュータさんと僕が交尾すればいいという事ですか……?」
『……その認識で問題ありません』
少年の口から“交尾”という生々しい単語が出た事に、感情が存在しないはずのアンドロイドが一瞬戸惑ったように見えたのは気のせいだろうか。
「なるほど、僕は『成人の証』を授けられていたのですね。だから体が熱くて性器が硬くなっているんだ……初めてなので分かりませんでした」
『……その判断で問題ありません』
少年が想定以上にあっさりと状況を受け入れた事に、感情が存在しないはずのアンドロイドが露骨に戸惑ったように見えたのは気のせいだろうか。
「それじゃあ……僕とやってみましょうか、交尾」
『……っし』
「今、ガッツポーズしませんでしたか?」
『気のせいです。アンドロイドはガッツポーズしません』
「はぁ……それはともかく、僕は交尾は初めてなので、上手くできなかったらごめんなさいです」
『御安心下さい。私も未経験ですが関連知識は完璧にインプットされており――』
「レミュータさんも初めてですか。それなら僕がリードする方がいいのかな」
『……え?』
――その後、レミュータとショータの間に何が行われたのかを描写することはできない。少年の10歳という年齢がそれを許さない。
ただ、ショータは自分が成人の証――生殖活動が可能であることを見事に証明し、レミュータは想定よりもずっと受け身だった事は記しておく。
「……むにゃむにゃ……ぐー」
『想定外の事態を認識……シミュレーションでは私が年長者としてマスターをリードする計画で……』
数時間後、憑き物が落ちたように寝息を立てるショータの傍で、レミュータは真っ白な灰と化していた。
――おかしい想定外だ“お姉さん×少年”の筈なのに“少年×お姉さん”になってしまったキスがNGだったのも地味にショックだよく考えてみれば自分はマスターの命令に逆らえないのだから受け側になるのは必然なのでは?いやいやこれで諦めてはいけない次こそは私がリードして素晴らしいおねショタの世界を築き上げるのだ頑張れファイトだレミュータは強い子負けない子――
ちなみにレミュータはアンドロイドなので感情は無い。
05
同時刻――
大窓から差し込む冷たい月光が、至上の美を照らし出していた。
ミルゴ村ラミュルト教会の司祭“マザーウィル”の私室は、細かい部分までよく掃除が行き届いてはいるが、木造の床や壁は年季が入り、数少ない調度品も地味で、どこか古めかしくて暗い雰囲気の部屋だった。
しかし、仮にこの部屋が王侯貴族の豪華絢爛な宮殿だったとしても、受ける印象はほとんど変わらないだろう。
ベッドの上に横たわるマザーウィルの裸身があまりに艶やか過ぎて、他の全てが色褪せて見えるからだ。
濃縮した糖蜜の如き褐色の肌。
月光にきらめく黄金の髪。
豊かな茂みに隠された股間から肉厚の秘肉が僅かに見える。
圧倒的な重量感の乳房と尻肉は自身の重みで軽く潰れていた。
そして慈母の如く優しく娼婦の如く妖しい美貌――重度の幼児性愛者でも一目で熟女好きに鞍替えするであろう、その艶かしい裸体の全てが凄まじいほどの色香を放っていた。
「……んっ」
男なら耳にしただけで射精してもおかしくない色っぽい声を漏らし、マザーウィルはゆっくりと瞼を開けた。気だるそうに上体を起し、ひくひくと鼻を鳴らす。
普段の彼女を知る者なら違和感を覚えるかもしれない、どこか動物的な仕草だった。
「あらあら……先を越されてしまいましたか」
月光が雲に隠れた。部屋が夜の帳に包まれ、美しき女司祭の裸身も暗闇に消える。
「あの子の精通は私が狙ってましたのに……」
普段の彼女を知る者なら明らかに違和感を覚えるだろう、異様に蠱惑的な声だった。
月光が再び顔を覗かせた。冷たい光が部屋を照らし――しかし、そこに温和な女司祭の姿は無かった。
その美貌とプロポーションはマザーウィルの面影を残しているが、水を弾くような瑞々しい肌と若々しい顔立ちは花開く乙女のそれだった。
星を宿した大きな瞳。
無駄な脂肪のない引き締まった腰と四肢。
光放つような褐色の柔肌には無駄毛や染みは1つも存在しない。
熟した果実のような三十路の美女は、健康的な色気に溢れる十代後半の美少女へと若返っていたのである。
ああ、しかし――見よ、その頭と背を――
「でも、それ以外は……“あーし”がもらっちゃってもイイよね?」
頭部には禍々しい一対の角が、背からは漆黒の翼が生えているではないか――!!
つづく