たったひとつの冴えた戦(や)りかた 01
01
異世界ファンタズマにも、牛、豚、羊などの産業家畜が存在する。
無論、分子生物学レベルで精査すれば地球のそれとは様々な差異があるのだろうが、少なくとも外見や性質には変わりがない。
牛や豚は美味しい。羊からはウールが採取できる。
しかし、地球ではポピュラーだが、ファンタズマには存在しない家畜も存在した。
哺乳綱奇蹄目ウマ科ウマ属――いわゆる“馬”である。
馬は人類史上非常に重要な位置を占める家畜だ。もし地球に馬が存在しなかったら、人類の歴史は全く違う様相を見せていただろう。
だが、ファンタズマにはそれに代わる動物が存在し、人間は昔から馬代わりに利用していた。
爬虫網恐竜上目――かつて地球の大地を支配していた巨獣――“恐竜”である。
ファンタズマの住民には“亜竜”と呼ばれるこの巨大生物は、現在から一億年以上昔に誕生し、今も絶滅せずに元気に大地を闊歩していた。
大きな翼で空を飛び炎を吐く、いわゆる“ドラゴン”が退化した下位種族だと一般人には認識されているが、生物学者はむしろ亜竜が進化してドラゴンが誕生したと主張している。
いずれにせよ、亜竜はファンタズマにとって身近な存在であり、時には人類の良き隣人として、そして大多数の場合は危険な野獣として認識されていた。
大多数の亜竜にとって人類は、人間から見たネズミ程度の小さな存在だ。踏み潰すか一口サイズの餌でしかない。
そして集団になれば逆に自分たちを狩り尽くす恐るべき脅威になる点も同じだろう。
しかし、亜竜の中には飼い易くて有益な種族も極少数ながら存在し、人類は長い時間をかけて家畜化に成功していた。
以下がその家畜化亜竜の例である。
大人しく人間によく慣れ、乗用馬や農耕馬として使われる『イグアノドン類』。
鈍重だがとにかく頑丈で力が強く、荷馬や重機として運用される『アンキロサウルス類』。
勇猛果敢でサイズが騎乗に丁度よく、軍馬や競走馬として使役する『パキケファロサウルス類』。
そして、上記の仕事全てに高い適性を見せ、基本的にファンタズマで“馬”といえばこの種を指す『トリケラトプス類』。
おそらく太古の地球での姿とは大きく異なる性質なのだろうが、とにかくそれら4種の亜竜が、この世界の“馬”として、人間社会で重要なポジションについていた。
アルバイン帝国でも馬は大事な労働力として重宝されて、この皇都アジャーハの皇宮でも、多数の軍馬や荷馬が巨大な厩舎に飼われている。
厩舎や馬房の外観や構造は、地球のそれと大して変わらないが、何せ扱うのが亜竜――最大体長10mを超える怪物たちである。そのスケールは巨大兵器の格納庫を思わせた。
今は戦争の影響で軍馬や荷馬の需要が高まり、皇宮に隣接された大厩舎は、飼育員たちが馬の飼育や馬具の手入れでそれこそ馬車馬の如き忙しさだ。
しかし、そんな忙しない厩舎の中に、明らかに場違いな影がぽつんと独り存在していた。
身長240cm、バストサイズも240cm。白銀の肌にやたら露出が派手な修道服。透明で無機質な絶世の美貌――レミュータである。
この鋼の戦闘用アンドロイドが、亜竜の厩舎というどう考えても似つかわしくない場所で何をしているのかといえば、
『…………』
(…………)
『…………』
(…………)
『…………』
(…………)
ただひたすら、飼葉を食む馬を目の前数センチの超至近距離で、ボケーっと凝視しているのであった――
シグナスの襲撃から10日が過ぎていた。
あれから負傷兵の治療も一段落して、孤児院にも優秀な保母が専属で就き、ミルゴ村の4人は久方ぶりに自由な時間が与えられていた。
しかし自由な時間は暇な時間というわけではない。ショータとアニスはラミュルト教徒の日課と修行で結構忙しく、司祭であるマザーウィルはそれ以上に忙しい『大人の付き合い』がある。
結果、暇な時間を持て余しているのはレミュータだけであった。
そんな時、普通のラミュルト教徒なら瞑想などの修行や神学の勉強、奉仕活動などに精を出すのが通例だが、アンドロイドのレミュータに前者2つは必要なく、奉仕活動もアンドロイドの機体能力なら、加速装置を使わなくても人間よりも圧倒的に速く終えてしまう。
暇つぶしに勧められた皇宮付属の図書館での読書も、刹那で数十万冊をスキャンしてしまった。
皇帝の護衛の仕事はマザーウィルとシグナスとの3交代であり、シフト外の時間が手空きである点は変わらない。
レミュータはやはり暇であった。
……正確にいえば、暇な時にレミュータは、ショータの顔を数ミリの至近距離で観察したり体臭や服の残り香を吸引調査したり体毛や分泌物の回収保存作業に没頭したいのだが、先日ついにアニスに、
「いいかげんにしなさいよ!! この変態!!!」
という理不尽な難癖で禁止されてしまったのだ。
普通のアンドロイドなら、こんな時は待機モードのままマスターの近くで動かずに、ひたすら命令を待つ状態を維持するものなのだが、レミュータがそれを実行しないのは、やはりAIの不調と故障が理由だろう。
暇を持て余す、という普通のアンドロイドにはありえない機体状態の挙句、レミュータが選択した行動とは、こうして厩舎の馬をひたすら凝視するという謎の行動であった。
これもやっぱりAIの不調と故障が原因だろう。
朝から皇宮付きの大厩舎を訪れたレミュータは、見学料代わりに飼葉の輸送と厩舎の清掃を一瞬で終わらせると、例によって馬という名の恐竜を超至近距離で凝視していた。
馬側もこの白銀のアンドロイドの事は木か岩の類と認識しているらしく、全くの無反応で飼葉を食んでいる。
こうして修道服を着た戦闘アンドロイドが恐竜をただガン見しているだけという、なんともシュールな光景が生まれたのだ。
「ねーちゃんは馬が好きなのかい?」
『いえ、別に』
「そ、そうかい…」
厩務員のおじさんに声をかけられても、こんな調子である。
一頭の馬を凝視する時間は数秒から数十分と幅広い。あるパキケファロサウルスの尻尾の先を10分間眺めていたレミュータは、次の馬房に移動しようとして、ふと、脇の棚に置かれている物体に目を止めた。
灰褐色の丸みを帯びた円筒形、ラグビーボール大のそれが、大きな籠の中に無造作に積まれている。
「そいつは無精卵だよ」
『無精卵、ですか』
「ああ、食ってみるかい? なかなか美味いよ」
『では、あれは?』
銀色の指が差した先で、卵が1個カタカタと揺れていた。
「ありゃ? 有精卵が混じってたか。すぐに親元に返して――」
厩務員の台詞が終わるより先に、円筒形の卵にひび割れが走って――
ピシピシ……パリン!
白銀色の冷たい美貌の眼前で、一匹のアンキロサウルスの赤子が誕生した。
粘液に濡れた赤子の恐竜は、プルプルと震えながらゆっくりと瞼を開き、
ぴぃ
レミュータの顔をまっすぐに見つめて、小さく鳴いた。
02
「はぁ? それで馬の赤ちゃんを貰ってきたわけ!?」
レミュータの爆乳の上でのんびり寝転がっている亜竜を睨むアニス。
この銀色の同僚の奇行には慣れたつもりだったが、これはその中でも上位のアレだ。
「親の元に返しなさいよ」
『それは困難です。この個体は私にインプリンティングされています』
「いんぷり……何ですか?」
『刷り込みと呼称される現象です、マスター』
好奇心あふれる瞳で赤子を見つめるショータ。こちらは可愛らしい亜竜に興味津々である。
インプリンティング――“刷り込み”とは、鳥類と一部の哺乳類において、生まれたばかりの赤子が、最初の視界で動いた物や初めて聞いた声を親だと認識する習性の事である。
今回の場合、産まれたばかりのアンキロサウルスが最初に見た物がレミュータであったために、彼女を親だと認識してしまったのだ。
白銀色の爆乳の上でぴぃぴぃと鳴き、顔を小さな舌で舐める亜竜の姿は、確かに親に甘える赤子の愛らしさに満ちている。
『マスター、この個体を飼育許可を願います』
「いや、僕に言われても……」
一同の視線が集中したマザーウィルは、数秒間の沈思の後、優しい吐息を漏らした。
「ちゃんと世話できますか」
『理論上は可能です』
「できますか?」
『……できます』
褐色の聖母は微笑んだ。
「それでは、かの馬の赤子を我らがラミュルト教会の新たな家族として迎え入れましょう」
「え、ホントにですか?」
「やったぁ」
面倒くさそうに頬を引きつらせるアニスと素直に喜ぶショータを、キョロキョロと交互に見回す亜竜の赤子は、どこか喜んでいるように見えた。
なんとなく、レミュータのAIはそう情報処理した。
無論、最大体長10mまで成長するアンキロサウルスを、教会が最後まで飼い続けるのは現実的ではない。いずれミルゴ村の共有財産として、村全体で飼育される事になるだろう。
口には出さなかったが、マザーウィルはそこまで計算しており、レミュータもその意図は承知の上だ。
いずれにしても、レミュータは馬の赤子の世話という、絶好の暇つぶし手段を手に入れたのである。
「あんたって、そんなに馬が好きだったのね」
『いえ、別に』
「そ、そうなの…」
03
~~新帝国暦44年、黎明の月、16の日~~
ミルゴ村ラミュルト教会のメンバーに、亜竜の赤子が加わってから5日後。
シグナスのタケル皇帝暗殺未遂事件が発生してから15日後。
深夜零時、雲1つ無い満月の夜――
「なかなかいい月夜じゃねえか。やっぱりラングレードのシケた曇空とは違うな」
皇都アジャーハ郊外の小高い丘。この皇都の街並みから皇宮まで見下ろせる開けた土地は、昨夜降り積もった処女雪に優しく覆い隠されている。
しかし、今は2つの黒い人影が純白の光景を無粋に穢していた。
人影の周囲に足跡は無い。
「ずいぶんと派手に戦り合ったみたいだな、あのワンコロは」
人影の1人――小柄な男が見上げる満月には、先日の戦いで生まれた巨大なクレーターがくっきりと刻まれていた。月そのものが砕けなかったのが不思議なくらい巨大な傷跡だ。
「シグナス様が失敗なさるとは、相当に手強い護衛がいるらしいですな。かのサキュバスの女帝とは別の存在らしいですが……」
月を見上げる男の後方に控えた人影の声は穏やかだった。その好々爺な顔は微笑を崩さない。
漆黒の執事服にモノクル。白髪頭と鼻髭――ヴォイド卿である。
「関係ねぇよ。まとめてブチ殺せばいい」
そして、小柄ながら全身が爆発しそうな筋肉で膨らんだ、凶相にして狂貌の男――武帝ガイ。
むき出しの素肌に黒い野獣の毛皮をマント状に羽織った姿は、地球北欧の伝説にある“熊の毛皮を着た戦士”を思わせた。
タケル皇帝のチート“虫の知らせ”は今回も的中した。大陸北方の大帝国『ラングレード武帝国』皇帝、武帝ガイ本人が、直接殴り込んできたのである。
一国の王が敵地の王都に直接攻め込む。それもたった1人で。供は痩せた執事の老人だけ。
傍目には、無理無茶無謀を通り越して自殺としか思えない行為――しかしそれは凡俗の発想だ。
この男なら1人でも一夜でアルバイン帝国を滅ぼす事が可能だろう。
武帝ガイ――彼は女神に授けられし無敵のチート“最強”を持つ、世界最強の戦士なのだ。
「……さて、一戦始める前の準備運動に――」
ガイは目線を月から落とし、大きく背伸びをして――
「――ゴミの片付けだ」
――振り上げた腕をバックハンドブローで背後に振り下ろした!!
「ッ!?」
紙一重の間合いでギリギリ避けるヴォイド卿。ほとんど偶然の回避だった。
「ほぉ、さすがは“五本指”。よく避けた」
「何をなさるのです!?」
黒い執事の笑顔は引きつっていた。
今の一撃はかすっただけでヴォイド卿の頭を爆発させる威力があった。冗談では済まされない。
「オラぁ!!」
一瞬で間合いを詰めて、無造作に右フックを放つガイ。
その右拳がヴォイド卿の頭部に触れる直前、その箇所に光のリングが生じて右手を吸い込んだ。
『次元門』――転移魔法ポータルによる絶対防御。
即座に白い光輪が収縮する。空間断絶による絶対に防御できない切断攻撃。
ガイの右腕はポータルから先の部分が切断消滅した。
「なっ!?」
――切断消滅するはずであった。
ガイの右腕に収縮する白い光輪が触れた瞬間、ポータルの方が粉々に砕け散ったのだ。
太い筋肉質の腕には傷1つない。
「馬鹿な……」
「薄汚ぇ裏切者を始末するだけだ。覚えが無いとは言わせねぇぜ」
鉄槌の如き両手を打ち鳴らす武帝。
その凶相は嘲笑っていた。
「くっ」
後退るヴォイド卿――こちらも笑顔のままだ――の背後に新たなポータルが出現した。
三十六計。あんな出鱈目な相手には逃げるに限る。
だが――
「フンっ!!」
ガイの正拳突き。
触れてもいないポータルが向こう側の景色ごと粉々に砕け散った。
ポータルとは空間に開いた穴だ。殴って物理的に壊せる存在ではない。
しかしあの男は壊した。
ありえない。
その“ありえない”を実現させるのが、女神の与えし力“チート”か。
それなら――これはどうだ。
何の前触れもなく、ガイの足元に白い光輪が開いた。ポータルの大きさは直径5m。地面に直接展開したのでジャンプもできない。
ガイは成すすべなく次元の狭間に落下した。
即座にポータルは消滅する。
「ふぅ……恐るべき御方だ」
笑顔のまま額の汗をぬぐうヴォイド卿は硬直した。
ぴし…ぴし…
ポータルを閉じた地点の空間に、細かいひびが走っている。
空間の亀裂は瞬く間に広がり――
ぱりん
粉々に砕けた先に、五体満足な最強の戦士の姿があった。
「お前がガルターク本国と裏で連絡取り合っているのはお見通しなんだよ。当たってるだろ?」
返事の代わりに、黒い執事は武帝の左右両側にポータルを出現させた。
まるで合わせ鏡のように、ポータルの出入口に武帝ガイの姿が無限に並んでいる。左右のポータルの出口座標を互いの入口に設定したのだ。
これが何を意味するのか――
ぱんっ
左右からサンドイッチするように、2つの次元門が重ね合わされた。
二次元の厚さに圧縮される武帝ガイ。
厚みゼロとは存在が完全に消滅する事を意味する。三次元以上の世界でこの攻撃に耐えられる物体は存在しない。
ぱりん
――存在しないはずであった。
ガラス片にように砕け散る“空間の破片”を、体毛が一本も無い頭から払い落としながら、最強の武帝はニヤリと嘲笑った。
「――というわけで、俺をここまで運べばお前の役目は終わりだ……さっさとくたばりやがれ!!」
150cmに満たないガイの体が3倍以上に膨れ上がった。凄まじい闘気の爆発だ。
一見無造作に、しかし完璧なタイミングの踏み込みで瞬時に間合いを詰める。
鼻先が触れ合うほどの至近距離。
ガイは笑っていた。
ヴォイド卿も笑顔が凍り付いていた。
その笑顔に次元を引き裂く右アッパーが炸裂する!!
その夜、皇都アジャーハ郊外の丘が1つ消滅した。
「――やるな、あのジジイ」
黒土が剥き出しになったクレーターの中心で、武帝ガイは苦虫を噛み潰していた。周辺には空間の破片――ポータルの欠片が散らばっている。
その右手で掴んでいるのは、黒い執事服の右腕――ヴォイド卿の右腕だった。
「この俺様から逃げ失せるとは、さすがは“五本指”か」
ヴォイド卿は右腕を犠牲に、あの恐るべき“最強”からの逃走に成功したのである。
「まぁいい。まずこのチンケな国を潰して――」
ガイは無造作に右腕を投げ捨てた。眼下の夜闇の中に黒い腕が消えていく。
「――次はガルタークだ。最後にシューレント。全部平らげてやるぜ」
夜闇の向こうに広がるアジャーハの夜景に、“最強”は凄惨な狂貌を向けた。
ラングレード武帝国皇帝“武帝ガイ”――ついにアルバイン帝国皇都への侵攻を開始する。
つづく




