一日目0:00~『少女M』
・・・・・死にたくなった。
爽やかな初夏の昼下がり。家の外からかすかに、少年達の楽しげな笑い声が聞こえてくる。
開かれてる数学のノート。放り出したペン。机の前に一人、何を考えるともなくボーっとしていた時、ふとそんな考えが浮かんだ。
毎日、同じ家 同じ電車 同じ学校 同じことの繰り返し。なんとなく楽しいから友達とだべって、なんとなく恋して、将来「りっぱなおとな」になれないから勉強して、このままなんとなく大人になって行くんだ。なんてうっすら思って・・・・・・・・・。
なんか・・・俺、何のために生きてんのかな~なんて思ったりして・・・・・・・。
前にも何回かこんなこと思って、死にたくなった。・・・なっただけだけど。
少女の放った弾丸が、サングラスの男の額を撃ち抜いた。
「こっちへ来て、早く!」
国道をはさんだ向こう側から、少女が手招きしている。
しかし少年の脳内は、つい今しがた自分を撃ち殺そうとしていたグラサン男と、そいつの頭をハンドガンで撃ちぬいた見知らぬ少女の、どちらのそばが安全なのかを測りにかけることに没頭して、ろくに少女の声を聞いてなかった。
銃声を聞きつけ、数人の大人たちがあちこちの路地から顔を出した。ここで、もし、その大人たちが、サブマシンガンやらハンドガンやらを持っていなければ、その銃口をこちらに向けていなければ、あるいはお互いに撃ち合いを始めなければ、少年は真っ直ぐ大人たちのもとへ駆け込み、救いを求めたのだろうが・・・・・・・・・・・・・
これは、あごの震えが止まらないとか言ってる場合ではない。足が笑って走れないとか言ってる場合ではない。
少年は、銃弾の飛び交う国道を突っ切り、少女のいる路地へひたすら走った。
少女の方は、自前のハンドガンで辺りに牽制をかける。
--------少年は、その後の事を、朧げにしか記憶していない。覚えているのは、ただ必死になって走ったこと。少女に手を引かれるまま、路地から路地へ。
・・・・・たどり着いたのは、小さな会社の事務所らしい所だった。
「・・・OK。もう付いてきてないね」
少女が外を窺いながら言った。
いったい何がOKなのか・・・・・・・
「あの・・・いまいち頭が付いていかないんだけど、とりあえず、助けてくれてありがとう・・・かな?」
まさか、お前は私の手で葬ってやるために生かしておいたのだ! なんて展開、無いとは思うが、次に何が起こってもおかしくない状況であることは確かだ。
「お礼はいらんよ。代わりに次から気をつけてよ。大通りを一人で歩くなんて自殺行為だよ」
少女は朗らかに応え、一番高価そうな革張りの椅子に腰を下ろした。
「しかし、銃撃戦の中を突っ切るなんて・・・バカもいいとこ、ってか、よく当たんなかったね~。素人ばっかで良かったね。」
少女はうんうんと頷きながら、なおも続ける。こっちがしゃべるまで言い続けるつもりなのか、しゃべらす気がないのか。
「だいたい丸腰なんてなめてるよ。君、殺されに来たの?死体役はまにあってますよ?」
おまけにかなりの毒舌の様子だ。一体どうやったら、出会ったばかりの、見ず知らずの少年の心をここまで傷つけることができるのだろうか・・・。
「・・・・・で、えっと、何の話かっていうと、とにかく、このゲームに参加してて武器持ってないってただの的だから・・」
ゲーム?これはゲームなのか?だったらこんな理不尽なゲームはない。全員にルールの説明もないのだから。
「え~、っと・・・だから、ひとまず貸してあげる」
そう言って少女は、鋼でできた何かの「安全な方」をこちらに向けて差し出した。
見なくても、触らなくても『それ』が何かは分かる。無論、玩具じゃないことも。
「ベレッタM92Fだよ。カッコいいでしょ?」
少年は、恐る恐る、差し出されたハンドガンを受け取った。
「そんなビクビクしなさんなよ。男の子だろう?」
ちびっこに諭すような言い方で言って、少女はクスッと笑った。
「・・・・・恐いもんは恐いだろ。男女関係なく」
少年は、銃口がいきなり180度回転してこっちを向いた時に備えて、かわすためのイメージトレーニングに没頭しながら答えた。
「お、しゃべったね」
そう言って少女はまたクスッと笑った。この子には笑顔が似合う。
しばらく少年の銃との格闘を見つめた後、少女は口を開いた。
「君、お名前は?」
「浩介。安田浩介。」
答えた後、銃が完全に沈黙を保ち続けてる事を確認して、少女に向きなおった。
「アンタは?」
「・・・・・みずき」
若干の間があった。
「へえ。水の水に希望の希?あ、美しい月の方?」
「・・・カタカナでミズキだよ。君、以外に饒舌だね」
「話してでもいなきゃ、おかしくなりそうなんだよ。で、名字は?」
「・・ミズキでいいよ。友達にもそう呼ばれてるし。よろしく。ワトソン君」
「・・・・・・カタカナでミズキと書いてホームズ?難しい名前だな」
すると彼女はアハハと笑って
「冗談冗談。よろしく。コースケ」
・・・名前で呼ばれるのは、少し抵抗があるな。何かむずがゆい。
ところで、ミズキの外見は、暗闇で見た限りでは、浩介と、そうはなれた年でもなさそうだった。肩まで伸びた栗色の髪。整った顔立ち。華奢な体。どこにでもいそうな女子高校生だ。それに、相当、魅力的だったと思う。こんな状況でなければ、見惚れていたかもしれない。
「さて、それじゃそろそろ行こうかワトソン君」
ミズキは、しばらく携帯電話をいじってから言った。
「おお、やっと帰れる」
浩介は、ぐっ、と伸びをした。
「え?帰るってどこに?」
「え?ここの出口に連れてってくれるんだろ?」
「え・・・・・・・・・・・」
ミズキは丸二秒くらい、浩介の顔を見つめた。
「・・・何が変なんだよ?武器があっても、道がわからないんだから、帰りようがないだろ?」
ミズキは聞いた。
「君、ここにどうやって来たの?」
「・・・・・気づいたら、ここにいた」
少し真剣な顔でミズキは訊ねた。
「質問変更。ここはどこだか解る?」
「さあ?俺の夢の中じゃないの?」
「夢に出口なんてあるの?」
そんなもん俺が知りたい。
それをそのまま言うと、「論点がずれた」
と言ってミズキはう~っと考え込む素振りを見せた。
「君は、メールとかあんまりよく見ない人なの?」
「メール?」
そういえば、携帯はどこだろう?それで他の人と連絡が取れるじゃないか!
必死にポケットを探す浩介に、ミズキは言った。
「意味無いよ。今はゲーム仕様になってるから」
「てか、ゲームってどうゆう事なんだ?」
「そのままの意味だよ。これはゲームなのさ。勝者には、賞金がでるんだ」
ミズキはグッと拳をかかげる。
「そんな話、今聞いたぞ。ルールだって知らないし」
「ルールなら、携帯のメモ帳で確認できるぜ」
半信半疑ながらも、浩介はメモ帳を開いて見ることにした。この訳の分からないところでは、今はミズキに手を引いてもらうしかない。
携帯のメモ帳を開くと、『ルール①』という題名のメモが確かにあった。そして、②、③、④といった調子に下の方までズラッと並んでいて、それぞれ開くと詳細が書かれていた。
「・・・・・・しかし、携帯の使い方も含めて、ゲームの内容を参加者に伝えないってのはどうなんだ?ゲームとして」
「ちゃんと説明はあったよ。君が見なかったんだ。きっと、迷惑メール設定とかで・・・」
ミズキが言い終わらないうちに、建物に、爆発音と震動が響いた。
とっさに身を伏せるミズキに、浩介もならう。
「さ、さっきの奴ら?」
「分からない。けど、道路のど真ん中走ってた君に当てられないような素人なら、さっきので撒けたと思ったんだけどな」
「アンタが走れって言ったんだろ!そんなに危なかったのかよ!」
小声で怒鳴る。
「あそこで合流できてなきゃ、どうせ君死んでたよ・・・っと、そっちはダメ。上に行こう。屋上に出られるはずだから」
二人は、部屋の奥の階段を駆け上った。
「じゃあ、アンタと一緒なら助かんのかよ?」
なかなか大きな建物だったらしく、屋上からはこの辺りが一望できた。
手摺に寄り掛かり、しばらく下を眺めていたミズキは、振り向いて言った。
「・・・・・君は助かりたい?」
「・・・・・は?あたりまえだろ。そんなもん」
「君が生きたいって望むのなら、私は君を助けるよ。」
「・・・けど、君が生きたくないのなら、私は君を置いていく。」
「だから、そんなん決まってんだろ!生きたいってば!」
「生きるって、そんなに簡単なことじゃないんだよ?」
「そんなこと解ってるし、さんざん聞いてる。てゆうか今は道徳の授業やってる場合じゃないだろ。あいつらが来る!」
「・・・わかってるならいいけど。ただ、生きる気がない君は助ける余裕はないよ。ってだけ。」
ミズキはまたクスッと笑って、行こっか。と言った。
浩介は、頷いた。
差しのべられた手は、天使の微笑みか、悪魔の囁きか・・・
まるでこの夜が明けることは無いと暗示しているように、空は真っ暗で、星ひとつ瞬いてはいなかった。