第2話 半壊鍛冶場はギルドホーム
『ギルド』とは――。
以前、この世界の人々はモンスターが発生、生息する地下に潜り、モンスターを狩って、『地下大迷宮』を封印する大樹『ユグドラシル』を守って来た。
しかし、生涯を賭けて無限のように湧き出るモンスターを狩るには、時間がどれほどあっても足りない。
と感じた時、人に伝承して伝えて、それを広める。
事を考えだした結果、指導してそれを束ねる組織『ギルド』を考え抜き、それの設立に至った。
世界の中心、『地下大迷宮』であり、この世界の人々の中心が『ギルド』である。
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この『ギルド』は様々な種類がある。
今で言う『冒険者』を雇い、『地下大迷宮』の攻略。
『希少魔獣』から得る一攫千金を狙う『ギルド』――。
そして、そんな『ギルド』の潤滑油として存在するのが、商業系や生産系の『ギルド』である。
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また、『ギルド』に加入した『冒険者』には、『ステータス』が宿る。
そこに『アビリティ』が追加されて行く、とされている。
『冒険者』たちはクラスアップはもちろんだが、
『ステータス』アップや、ギルド本部に登録されていない『レアアビリティ』の獲得に勤しんでいる訳だ。
『冒険者』が『ギルド』に加入して、その『ギルド』の拠点となるのが――。
『ギルド隠れ家』である。
言ってみると、『冒険者』たちの第二の家となるのだ。
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そして今、この世界の時代は動き始めていた。
様々な『ギルド』が群れとなり、凌ぎを削り合う。
より有能で、才能に溢れた『冒険者』の取り合い。
利益の取り合い。
情報の取り合い。
そんな混沌とした時代へと移ろうとしていた――。
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俺はこうして『地下大迷宮』の7階層から戻り、
ギルド本部での買い取りを終わらせて、絶賛、構成員1名の『ギルドホーム』――俺の鍛冶場に帰るところだ。
『大迷宮都市ユグドラシル』の中心部であるギルド本部から続く、
様々な種族で溢れるメイン通りを縫うように進む。
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ヒューマンはもちろん、獣人、エルフ、ドワーフ……。
住民のような見てくれの格好をした人たちもいれば、
堅固で物騒な装備に身を纏った人たちもいる。
もともと日本生まれ日本育ちの俺にとって、
この通りを歩くたびに「やっぱり異世界なんだ」と思い知らされる光景だ。
渋谷や新宿の雑踏とはえらく違い、新鮮で色鮮やかで――。
この人混みだけ見ても、幾らでも見続けられるほど飽きが来ない。
この鬱陶しさが、気付けば俺の心を浮き立たせてくれるようになっていた。
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途中、すれ違う淡麗な顔立ちのエルフ族に目を奪われる。
喧騒とした人混みに負けじと、異なる表情を持つ街並み。
日本では決して見られない酒場の数々。
こんなにも酒に酔いしれて、その酔いが他人も誘い、
それが群れとなって騒ぎ立てる――。
こんな光景、日本で見られるだろうか。
人集りから今にも喚き声が聞こえてきそうな、
本当の『楽しみ』を身体全身で体現している。
――俺にこんな真似が出来るか。
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そんな小気味好いメイン通りを進み、12地区に踏み込むと――。
俺の『ギルドホーム』が見えてくる。
ここ12地区を跨げば、街の表情はまた変わる。
地区によってその街の特色は様々で、住人の雰囲気も違えば、種族の割合も違う。
だから、この街に飽きることは無い。
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日本の空気と、この世界の空気は違う。
匂いや色も違う。
たまに鼻を刺すのは血の匂い。
きっと『冒険者』が持ち帰ったモンスターの返り血の臭いだ。
それと単純な鉄の匂い。
そして、様々な果実にも似た、どこか心地良い酒の匂い。
ここに流れ着いた当初の俺とは違い、
今はどこか、この生活を楽しんでいる自分がいる。
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夕暮れの陽に照らされ、街は幻想的な風景に変わる。
……悪く言えば、廃墟に近いが。
半壊した鍛冶場。
所々崩れかけた外壁から石材と木材が剥がれ出す。
数週間前までは、ここで俺は刀を打っていた。
だが、鉄を焦がす匂いや鎚の音は、もうしない。
その代わりに――。
俺の鍛冶場は『ギルドホーム』に成り変わったのだ。
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敷地からはみ出した瓦礫を脚で退かし、
損壊した木戸を無理矢理補修して作った『ギルドホーム』の玄関。
またの名を――扉の無い玄関。
修繕は不可能に近かった。
そんな痛々しい傷跡が残る俺の鍛冶場。
今となっては『ギルドホーム』となった建造物の前に立ち、
俺は扉の無い玄関を膝を曲げて潜るようにして入る。
「よっ……と、帰ったぞおー!」
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小恥ずかしく、周囲の目を気にしながら中に入った。
特に理由はない。
ただ「何かと有名な『コイツ』が立ち上げたギルドの唯一の構成員」――
そう言われるのが、俺には少しばかり抵抗があったからだ。
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俺が造った鍛冶場兼住居は、日本で言う古民家を想像させる造りにした。
今となっては木戸は無いが、入ると土間が広がる。
土間には台所とキッチンを併設。
そこから一段高く、石を積んで石畳を模した内装が続く。
部屋には仕切りはなく、天井から吊るすようにして仕切り板をはめただけ。
だが床まで繋がっていないため、煙や匂いはどうしても流れ込んでしまう。
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それでも、鍛冶場が『ギルドホーム』に代わって数週間。
もはや俺が造った鍛冶場の原型は見えなくなっていた。
床の石畳には絨毯が敷かれ、なぜかソファまで登場。
しかも組み合わせられて、カタカナの『コ』の字を描いている。
ただし――色のセンスは壊滅的。
調和を無視した緑色のソファである。
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鍛冶場であり、住居でもあるからベッドだってある。
だが今は、そのベッドの8〜9割が『コイツ』に占領されていた。
そして、そのソファに寝転がっているのが――。
俺がひょんなことから加入させられ、つい最近設立したばかりのギルドの、唯一の構成員にして『ギルドマスター』。
まぁ、その唯一の構成員が俺なんだが。
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名ばかりの『ギルドマスター』は、外見は幼女……いや、少女の狭間をのらりくらりと行き来するヒト型生き物。
一応、女性と言っておこう。
並んで歩けば兄妹に見られ、デートなど程遠い幼女っぷりである。
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身長は140〜150センチほど。
小柄でありながら女性らしいくびれに、華奢な肩幅。
整った顔立ち。
すっきりした美形の輪郭は、立体感さえ感じさせる。
人形のような小顔。
長く揺れる銀髪は、屋根の穴から差す夕陽に照らされ、オレンジ色へと変わっていた。
澄んだ水色の瞳。
夕焼け色よりも少し薄い、小さな唇。
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俺が帰ってきた合図をすると――。
その小さな唇が、これでもかというほど大きく開いた。
「あぁー、おっかえりー!!
ねえっ、ねぇっ! ちょっと今日遅っかたじゃん!?
何してたの? 寄り道? 女? ねえ? どこ行ってたの?
ボクはもう腹ペコなんだよ!? 知ってる? 分かってるかい?」




