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第2話 博覧闘技会前夜騒動

 『コイツ』は俺がこの世界に漂流してから、両刃の刀の打ち方を会得し、これまでの集大成として打ち上げたのが『コイツ』だ。


 日本刀特有の反りを改良して、直剣に近付けた。

 だが、幾度の斬撃を想定したら、反りはなくてはならない。

 どれだけの名刀とは言え、人肉を重ねて斬ると、体肥が刀身にこびり付き、これが原因で日本刀のもっとも強みである切れ味を落とす原因となる。


 俺はそこに注視し、片刃である日本刀の刃に、両刃の刃の良い面を加えた。

 それは血抜き溝である。

 日本刀にもそれを踏まえて打つが、戦の時は刃がダメになるとそもそも刀を変える。と言う概念がある為、そこまで重要視はしていない。


 それに、この世界にある剣とは、斬撃で斬るよりも、叩き斬る、突き刺すという用途に重きを置いている。

 と言うのを見受ける事が出来た。


 即ち、それを可能にするには、俺が打ち上げる日本刀に柔軟性をもたらせる事が出来たなら、日本刀でもそれが可能になると言う答えに至った訳だ。


 これが、今の俺に出来る集大成だ。


 ここでふと思ったのが、俺に備わった『力』である『魔術刻印』だ。

 だが、俺にはこの未知なる力を使って刀を打とうととは思えない。

 これまで刀鍛冶として生きて来たのだから、そんな事をしてしまったら邪道中の邪道だ。

『菊一文字』を打ち上げた先祖たちに申し訳が立たない。


 だからこの世界で得た『力』は使用せず、技術的に向上出来るのではと思える点にだけ注力して、渾身の出来。を目指した一振りが『コイツ』だ。


 今の俺に打てる渾身の刀――。


 俺は『コイツ』に俺の名を取って『菊 政宗(きく まさむね)』の銘を与えた。


 自意識過剰ではあるが、俺は『コイツ』の刀身に魅入られている。

 どこまでも続くような、龍が空を泳ぐ姿を施した刃紋。少しだけ反りを感じさせる刀身。銀面には俺の顔が写るまでにも磨きに磨き上げた。

 『コイツ』の刃は、かの有名な『とんぼ槍』(蜻蛉切)、とんぼが止まっただけで2つに切れて割れた。と言わしめた槍と変わらぬ切れ味だと自負出来るほど、磨き上げた。

 

 切れ味の試し切りは既に行った。

 俵を自作し――。

 俵とは、人間の腕の太さや躯体の太さを想定して、それを一刀両断する。と言った試しの道具である。

 そもそも、日本では真竹を人間の腕と想定して試し切りを行うのだが、この世界には竹が無いようだ。


 俵の切断面と言い、切り応えは十二分だ。


 製鉄された鋼に柔軟性を与える。

 それは、今後も研究が必要だ。

 日本刀を打ち上げるには玉鋼が必要となる。

 玉鋼の概念は、鉄に粘り強さと強固を持たせる。と言った考えがある。

 だが、それだけだと、柔軟性には欠ける。


 この世界の刀鍛冶は、モンスターの素材を金属に混ぜて剣を打つとも聞いた。

 それがどんな効力をもたらすか、どう改良されるのかは俺にはまだ分からぬ。

 だが、その行為が刀に良い影響に繋がるのであれば――。


「もっともっと、研究せねば――」


「ふむ。我ながら良い一振りになった」


 俺はこの世界の刀鍛冶としてはまだ無名。日本刀は邪道で異端と卑下される刀鍛冶なのは変わらない。


 だが、『菊 政宗(きく まさむね)』を持って『地下大迷宮(ダンジョン)』に足を踏み入れて、己の手で俺の刀鍛冶としての腕をこの世界の連中に知らしめてみようか?


 ふん。馬鹿馬鹿しい考えをしてしまったな――。


「さぁ、休憩はここまでにしといて、たたらを踏まないとな」


 俺は手入れの為に刀身と(つか)を分解した『菊 政宗(きく まさむね)』を再び組み合わせて(さや)に納め、鍛治場の奥に立て掛けた。



---


 喧騒した雑踏の中から喚き声が響く。


「闘技場からモンスターが脱走したっ!!」


「おい! あんたらもちんたらちんたら酒なんか呑んでないで、早く避難しろ!」


「ったくよぉ! 騎士の次は『冒険者(ハンター)』どもかよ!? こううるせぇんじゃあ、のんびり酒飲めねぇよ!」


「ちょい、シゲさんよっ! マジでヤバいんじゃねぇか? 騎士の次は『冒険者(ハンター)』まで出て来やがった」


「大袈裟なんだよっ! 仮にモンスターが脱走したとしても、どうせ『冒険者(ハンター)』どもが狩っちまう! それに、あの『剣王』がいるんだ! さぁ続けようや」


「おいっ!! なんでこんなところにミノタウロスがいるんだよ!? ダメだ! ここにいる俺たち『冒険者(ハンター)』じゃあ歯が立たねぇ!!」


「ヴオォギャアァ!!」


「シゲさん! 今ミノタウロスとか聞こえたぞ!? ……本当に大丈夫か――」


「バカやろうっ!! 早く逃げろと言っただろうが!」


「うがあぁぁっ……!!」


「おい! おいっ……シゲさん! 大丈夫か? おいっ! 返事しろって……くっ、ここにいたら俺まで――」


「くそっ! お前らレベル3以上の『冒険者(ハンター)』を呼んで来い! こいつは――ウガッ、やっ、やめろ! やめてくれぇー!!……ガハッ」



---


「良いんですか? あんなのを逃したらメチャクチャになっちゃいますよ?」


「アルト……よく見ておきなさい! 神々が創り出したダンジョン……そこに人間が抗うなんて愚の骨頂! って事をね――」


 闘技場――。

 即ち、現ローマに位置するコロッセウムの形に近い。

 モンスターと『冒険者(ハンター)』希望者が闘い、それを上から観衆が展望する。


 ここ、『大迷宮都市ユグドラシル』で年に一度開催される『博覧闘技会』を翌日に控えた今。

 大手ギルドによって、『地下大迷宮(ダンジョン)』から連れ出したモンスターが脱走したのである。


 しかし、モンスターの脱走は意図して行われた。


 そんな騒動の中、『大迷宮都市ユグドラシル』に(そび)え立つ時計塔に人影があった。


「大司教ヘルファイア様、ご報告します。現在ミノタウロスは12地区を蹂躙。その後、我らが標的ギルド本部にもう時期向かうかと――」


「……ふふ。良いでしょう。このまま続行なさい」


「はっ!」


「……大丈夫ですかい? なんぼヘルファイア様の従属の呪いと覚醒呪文でミノタウロスを……それでもレベル3程度。レベル3以上の『冒険者(ハンター)』が来たら討たれますよ?」


「ふふ……。それで良いのよ。今はまだ――。ギルドの連中がどう動くか高みの見物と行きましょう。アルト? 私の7つの指……大罪司教全員に伝えなさい。まだ動くなと……きっとその時はもう時期来るわ。私の指示を待ちなさい。とね――」


「本気でやるんですかい? ヘルファイア様は我々を導く長……。表の顔は第9地区を代表する大手ギルドのギルドマスターですよ? そんなお方が――」


「だからこそよ! 大手ギルドのギルドマスターがこんな事を企てるなんて誰も想定して無いでしょ?」


「へへ! その通りでさぁ!」


「近いわ……大樹の封印が解かれる日は――」



---


「ちょっと! 9地区の『大炎の翼龍(フェニックス)』は何してんのよ!? 大手ギルドでしょ? 早く来な……さい……よっ!」


「『大炎の翼龍(フェニックス)』は今遠征中らしいぜ? 『地下大迷宮(ダンジョン)』の未踏階層に挑戦してるってよ! 46階層だと……よっ! すげぇ……よなっ!? 46階層だぜ? 流石だよ!」


「もう……つべこべ言ってないで、ルルも早くこっち来て加勢してよね!?」


「そっ……そんな事言ったってよ……よっと! はいっ、もう1匹貰いましたぁー! で? そっちは何匹ぶっ倒した? シーファさんよぉ?」


「……もう、いちいち数えてらんないわよ!? 早く……そこ片付けて……こっち……ハァッ!! 来なさいよっ!」


「……それにしても参るよなぁ? 俺たち、明日の『博覧闘技会』にエントリーしてるってのに! ……うぉっと! 危っねえー。明日の『博覧闘技会』どうなっちまうんだよ!?」


「……知らないわよっ! もうキリがない……なんでこんなに『ウォーウルフ』が湧いて出てくるのよ?」


「……さあな! コイツらアレだろ? 明日の『博覧闘技会』で俺たちみたいな『冒険者(ハンター)』希望者が闘うはずだったモンスター。っつう噂だぜ?」


「じゃあ闘技場に捕まってないとおかしいじゃないっ? なんでこんなところに湧くのよ!?」


「そんな事、俺に言われてもな……でも、お隣の12地区はもっとすげぇ事になってるって、さっき『冒険者(ハンター)』が言ってたぜ!? なんか、レベル3相当のケンタウロスが暴れてるって話だ! ……おいっ! シーファ! そっち行ったぞ!」


「言われなくても……分かってるわよ! ……ハァッ!! レベル3のケンタウロス? なんでそんなモンスターが……いるのよ?」


「そいつも大手ギルドが捕らえて、明日の『博覧闘技会』にお披露目する予定だったらしいぞ!? ……クソッ! コイツら――」



---


「なんだい、なんだい! ステファのヤツぅー! 家賃払えないなら出てけなんて……、そんな事ボクにいきなり言われたって……どうしろって言うんだよ?」


 ここ『大迷宮都市ユグドラシル』の中心、いわば『世界の中心』と呼ばれる『地下大迷宮(ダンジョン)』を封じた巨大樹『ユグドラシル』を後ろに、石畳の大通りをとぼとぼ俯きながら歩く1人の少女がいた。


 夕暮れの灯火が、優雅に立ち(そび)える時計塔を照らす。

 この時間は、『地下大迷宮(ダンジョン)』から戻った『冒険者(ハンター)』たちで賑わいを見せる。


 この日の報酬で得た金で、酒を浴びる『冒険者(ハンター)』や新装備を目的にして道具屋や鍛冶屋を転々として、次なる一攫千金を狙う『冒険者(ハンター)』たち。


 パーティを組んだ『冒険者(ハンター)』は、その仲間たちと親睦を深める飲み会があちこちで行われている。

 また、明日に控えた『博覧闘技会』を心待ちにしている、今度は自分が見物客だと嬉々悠々と酒を飲む『冒険者(ハンター)』たち――。

 当然と言えば当然。

 一度『地下大迷宮(ダンジョン)』に潜ったら、命を賭けてモンスターに立ち向かわなくてはならない。それがほんの一瞬、気が休まるという『大迷宮都市ユグドラシル』の特大イベントだからだ。

 一時、高みの見物を装って観衆の群れに同化出来るのだから当然なのだ。

 それに、「コイツは使い物になるか?」と高位置から品定めが出来るのだから――。


 そんな中、下を向いて(うつむ)きながら歩くのは、アリぜという少女である。


 一見この少女、見たところ幼き少女かと思いきや、違う。

 見た目は少女、中身は大人なのである。


 だが、中身は大人なのだが、精神面はそれに見合ってないのだ。


 ここに至るまでの経緯はこうだ――。


 大手商業ギルド『白鯨の大商人(メルカトル)』のギルドマスターであるステファ。本名を ステファニー・ラルフローレンと言う。

 ステファとこの少女アリぜは昔、『冒険者(ハンター)』として同じパーティを組み、死線を共にした仲間であった。


 故に、ステファはパーティを脱退して、自身の手で新たなギルドを設立した。

 当初、それに便乗したのがこのアリぜだった。


 しかし、このアリぜはお調子者で、押し掛けに近い状態でステファのギルド団員のひとりとなった。

 もちろん、押し掛けだから、自分の住まいイコールステファの家だ。

 もっと言うと、居候の身であった。


 だが、そんなアリゼの姿に時折小言を吐くステファであったが、アリゼの実力を知る最も気を許せる仲間のひとりであった為、それ以上の追求はしなかった。


 居候として許す条件は、家賃の折半であった。


 ステファのギルドは『冒険者(ハンター)』を雇い、『地下大迷宮(ダンジョン)』を攻略、一攫千金を狙ったギルドでは無く、言ってみれば商業系ギルドに組みしたギルドであった。


 その狙いが功を得て、今となっては代表する屈指の大手ギルドとなった。


 そうして、ステファは新たな住居を構えて、アリゼに今まで共に暮らした家を格安家賃で提供した。


 だが、ここに来てアリゼの家賃支払いが滞った。


 再三に渡って、家賃の支払いを請求したがそれに応じず、今に至ったのである。


「アリゼも自分のギルドを設立したら良いんじゃない? 設立条件のレベル9以上ってのは裕にクリアしてるんだし……それ考えたら?」


「もうそろそろ、本気で家賃払ってくれないなら追い出すからね! そう何度もチャンス上げないから!」


 この言葉を見事にスルーして、今に至る訳だ。


「ちょうど明日、『博覧闘技会』なんだから、そこで良さそうな『冒険者(ハンター)』でもスカウトしたら良いでしょう?」


 そして最後に、アリゼを見送る言葉はこうだった――。


「くそぉーっ、こうなったら酒でも呑んだやるぅー! …………ううっ、財布の中身が寂しいよっ……ううっ」


 このアリゼと言う少女、実力は去ることながら有名ではあるのだが、その反面、「金に汚い幼女の姿をした歩く金食い虫」の異名を持ち、アリゼを知る者や、同じレベル帯である同業の『冒険者(ハンター)』からある意味で、一目置かれている存在であった。


「アリゼと関わるとロクなことがない」「歩く疫病神」「歩く厄災」と、言語する者もいる始末である。


 こうして、途方に暮れながら『大迷宮都市ユグドラシル』の中央通りを歩いて、12地区を(まだが)ろうと言う時――。

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