新世界より、新世界へ
池袋にある鬼金棒ってバカ辛いラーメン屋知ってる?
あれめっちゃ最高だぜ?
基本は辛さ普通なんだけど俺だけ山椒鬼増しで食う。
んで痺れた口で三省堂とかジャンク堂によく行くわけだ。
字面だけ見たら頭おかしいね
次の日の朝4時46分
無駄に早めに起きてしまう自分が恨めしい。
二度寝しないように、30分おきに2度設定したスマホのアラームが5時に鳴り出す前に切る。4月といえども3月が終わって間もないため、早朝は少し肌寒く感じる。
直様エアコンの暖房を付け、のっそりとベッドから起き上がりテレビの電源を付け5番を押す。
「沖縄県の宮古島周辺を飛行していた陸上自衛隊のヘリコプターが消息を絶ちました。第8師団の約10名が行方不明となり、捜索を続けています」
毎日世界では色んな意味で変化が起きる。戦争、事件、事故、芸能人の結婚や離婚まで・・・。それを我々はテレビや雑誌、いや今のご時世ではSNSやネットニュースで知ることが大半だ。他人のことなのによく騒げるなと一周回って感心する。斯くいう俺も好きな女優の結婚と引退をニュースで知った時には良くも悪くも湧き立ったのを覚えている。
ニュースや世間の噂が情報源なのはどこも同じだが、100%信じるのは愚の骨頂だ。情報を知り取り扱う以上、読者側も取捨選択や裏取りをやって誤報に踊らされないようにしなければならない。"素直"が鵜呑みだとするのなら、俺は天邪鬼で満足だ。
朝の決して良くないニュースを前に下らない自問自答を行いながら、俺は眠気覚ましに作った濃いめのミントティーを啜った。
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昨日アンネが入ってきた出入り口を開けてみたが、やっぱりいつもの路地裏だ。
「朝に開けても繋がらない。と言うことは夜か、あるいはその決まった時間に一時的に繋がると見ていいな。もっかい繋がんないと立証とは言えないけど」
どっちにしろ夜にならなければ仮説は証明できない。未知の世界が俺を待っているのだ!
しかもダンジョンと言っていたから魔物もいることだろう。なんなら向こうでの伝記を書いてこっちで出版するのも悪くない。どうせ誰も信じることなどあり得ないのだ。真実100%で書いてやろう。そうと知らず読んで終わっていく読者を考えるだけで愉悦の至りだ。
「今まで一切の看板や張り紙を置かなかったが、これからは異世界と繋がらなくなるまで9時以降の立ち入り禁止を出した方がいいな。出入りがカブって碌でもないことになる前に」
今日は土曜日で休日。客は不定期でいつ来るか予想はできない。今のうちに立ち入り禁止の看板を書いておこう。あのアホの子ならどうせ友達と遊びに行ったりで昨日の今日で来るはずもない。
ないよね?
午後8時50分
今日も安定して客は来なかった。
あと10分もしないうちに、また異世界と繋がるかもしれない。
趣向を変えて今日は絵本と文庫本のミックスを読んでいた。絵本を片手に茶菓子で買ったフロランタンを摘むのもまた乙である。
いやいや読者諸君。絵本といえどもバカにできないぞ?
昔ならともかく、今の絵本はかなり前衛的だ。規制レベルで怖いものもあれば、難解すぎて自己啓発本かと疑いたくなるようなものまで様々である。
『えんとつ町のプペル』はとびっきりの名作だ。芸人の妬み嫉みがどれだけあろうと名作だ。分かったね?
「よし、そんじゃ改めてもう一個・・・・・・あ?」
食べようと手を伸ばした先にあったはずのフロランタンが減っている。あと3つはあったのに何故か2つになっていた。
いくら膨大な広さを誇る我が書房でも衛生面はきっちりしてる。ネズミなんてもってのほかだ。
結論
「ンーーーおいひいでふ♡」
「何やっとるだねチミは」
やはりお前か雌牛。
しまった、フラグ回収をしてしまった。
何で夜のこんな時間に俺の店にいるんだよバカ。
今すぐ帰れ、もしくは本買え。
「いやー瑞樹さんから借りた本が友達にすごくウケちゃって!なので本を返すついでにいっそのこと泊まってみようかなと思いまして」
「休日をいいことに嫁入り前がほざけ。本は回収する、だがお前はダメだ」
「またまたー!こんな時間になった以上私を1人で帰すことなんてしないと信じてますので!」
「信頼はありがたいがそれ以上にウゼェなお前(真顔)」
「真顔ですごい酷いこと言った!?」
「良いから早く帰れ・・・・・・いや、もういいや。お前もここにちょっと残れ。面白いもんが見れるかもしれんぞ」
「え?映画の誘いですか?わたしスパイダーマンが観たいです」
「いやスパイダー・バースも近いけど、むしろナルニア国物語だな」
「・・・?それってどーゆー意味ですか?」
彩綾に意味深な言葉をかけてる間に、丁度短針が9時になった。俺の考えが正しければ、もうすぐ・・・・・
バタン
タッタッタッタッタッ
扉が開閉するとともに、階段を駆け降りてくる音が近づいてくる。
どうやら俺の仮説は当たっていたようだ。
「ミズキ!こないだのマンガってやつ超面白かったよ!
続編買いたいから棚紹介し・・・・・え?」
意気揚々と1日ぶりに来たと思えば急に固まるアンネ。
その視線の先には
「?・・・・・あのー瑞樹さん。知り合いですか?」
「あーまあな。紹介しよう。加藤彩綾にアンネ・サーシュ。互いに異世界人ってやつだな。以後お見知り置きをw」
「「えええええええええええええええええ!!!!!」」
午後9時23分
あの後は慌ただしかった。彩綾は素直に異世界を受け入れ質問の嵐。アンネは「なぜバラしたのか」と訝しげに疑問を投げてきたので
「ここに来る人は限られているが、何時来るかは俺にも予測できない。そんな不測の状況で隠し通すのは不可能と判断し、ハナっから明かした方が混乱は少ない」
という説得のもと納得させた。
今となっては2人とも和気藹々と人の店で談話中。アンネは知らんが彩綾は流石コミュ力の怪物である。しかし忘れないでほしい、ここは本を買うところであって友達とかと笑い合うようなグリフィンドールの談話室ではないということを。
喫茶店だっけここ?本屋じゃなかったっけ?
まあフロランタンぐらいなら出すけどさ。
「ミズキもこんな彼女さんいたならこないだ言えばよかったのに」
「お前、俺が異性と恋愛に興じるタイプに見えるか?」
「いえ、そういえばそんな人間には見えないわね」
「だろぉ?」
「ねぇ〜2人してイジんないでくださいよ〜」
「ヤダね。こんな面白いオモチャは令和じゃ貴重なんだよ」
鼻で笑いながら言ってやれば、それにも大袈裟に反応してくれる。決して俺にいじめっ子特有の気質があるわけではない。このアホの子であっても無邪気で素直に未知を知ろうとしたり素直に驚いたりする心を買っているのだ。
だから言ってはないが、彼女の買う本はちょっとだけ値引きしてある。
「で、どうなのよ。アンタもこっちに来る気にならない?王国案内もしていいわよ」
「王国!?ねぇねぇ言ってみましょうよ!」
「ん〜〜〜いつかは行く予定だったんだが、もしトラブって時差ボケが起きたり長居しすぎてお前とか学校サボっちまったりしたらどーすんだよ」
「あっ」
「俺は休店日にすればいくらでも行けるけどよ。いや待てよ?なあアンネ、お前前回からどのくらい経った?」
「えっと、3日くらいだけど」
「ほう、こっちの1日が3日にねぇ・・・。よし決めた、今から行くぞ」
「え、本当ですかやったー!」
「ねえちょっと、サーヤも連れてく気!?王国内ならまだしも外は一般人にとって危険もあるのよ?」
「こいつだけ置いていこうもんならもっと面倒クセェことになるわ。それに俺が保護者である以上は、自業自得でない限り守ってやるよ。それに」
少し席を外して自室に戻り、数分後には
「とっくに準備くらいできてる」
黒いウエストポーチを腰につけて戻ってきた。
「じゃあ行くわよ」
「ワクワクしますね!こんな経験一生に一度ですよー!」
「普通は一度もねーよ。全くお前の分の最低限の荷物も持ったもんだから予定より重いんだが・・・。おい、携帯や財布とかちゃんと持ってんだろーな?」
「はーい!」
「異世界に行く人の感じに見えないんだけど」
異世界とは言うが世界に変わりはない。
しかしこっちより遥かに摩訶不思議だと思われるなら、まともな神経で行く意味はない。多少ネジがぶっ飛んでる方がかえって安全だ
「あ、そうだ」
異世界に行く直前、忘れていた物を取り出し2人に一つずつ持たせた。
「あの、これは?」
「急に本なんかあげてどーしたんですか?」
2人の手にあるのは、小説と絵本だった。
小説は彩綾に、絵本はアンネに。
異世界処女卒業の餞別である。
・・・ごめん、ふざけたかった。
「初異世界ってことでプレゼントさ。彩綾には『新世界より』1000年後のガチガチの管理社会となった日本で隠された先史時代の歴史を探る話、アンネには『新世界へ』作者が実際に見た渡り鳥の壮大な物語だ。
【新世界より新世界へ】
フッ、中々に洒落てるよ我ながら」
不敵な笑みを薄く浮かべて、俺たちは扉を開けてアンネの後ろをついて行った。
後に残ったのは、時を刻む音が本に吸われて、されど耳に響く空っぽな音だけだった。
長編シリーズものの小説くらい参考文献使ってるなこの小説