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八意書房と異世界読者  作者: ディスマン


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20/20

新しいステージへようこそ

ろくでもねえな俺の前書きと後書き

 人の精神が進化した瞬間を見るのは、なんとも心地良いものか。愉悦というよりは悪辣ではなく、もっと柔らかい感情が阿賀野の心に浸透していた。そうだ、これは親が新しいことを知って成長した子供を見るような感情だ。偉そうに言うなら、「私のいるステージによく近づけましたね」といったところだろう。

 それは、目の前で熱心に学問のすゝめを読む者達を見ればそう思わざるを得ないことだった。


「なるほど、人々の間に貧富や身分の格差があるのは賢愚の差があるからなのか!」

「実学とは、盲点でしたな。確かに世界の真理やまだ知らぬ叡智を探求することも大事だが、一般市民にとっては日常で使われる学問が何より重要なのは間違いない」

「となると、魔法は日常の役に立つから良いとして、算術や語学といったものをより充実させなければならないのぉ」


 店の前(自分の店ではないが)で、学位や教養のある人たちがこぞって福沢諭吉の聖典を立ち読みしている。雷の如く天啓に打たれたかのようにページを捲りながら打ちひしがれていた。新たな学問とかを開拓するのも良いが、それを受け入れられるかはその時の世論とか世情に大きく左右される。ガリレオの天動説しかり、ニュートンの重力しかり。ならば、その国の知識や教育に関する意識を変えてしまえばいい。前に学園で化学が意外と受け入れられていた所から、大きな反発を生むことはないだろう。

「めっちゃ好評だなオイ」

「まさかここまでとは・・・」

 店主と一緒にその光景を眺めながら感嘆の意を漏らした。正直うまくいきすぎてなんか怖くなってきたまである。

「何にしろ、未熟な生命体がまた一段進化してくれて嬉しいねぇ」

「今の発言すごく魔王でしたぞ」

 違えねえ、と愉快に笑いながら読んで売れていく本を眺めている。因みに著者は福沢諭吉だが、誰かに著者のことを聞かれても困るため自分の名前を入れた。安心してくれ、売っているのは異世界だ。世界そのものが違うのだから、著作権だとか肖像権の範囲を逸脱している。金を儲けたり名誉を貰ったりだとかは興味ないが、これも立派なリスク管理だ。

「そもそも著作権切れてるから訴えられても問題ねえしな」

「何か言いましたか?」

 いーや、と白々しく否定した阿賀野は、ひとまず帰ろうと踵を返した。この世界での実験は成功したのだから、次は自分の手で知識や思想を広めていこう。いっそのこと、本屋とかじゃなく知識の神とか名乗って宗教化しても面白いかもしれないと、馬鹿なことを考えながら。

「・・・・・・」

 その後ろ姿を、曲がり角から覗くように一人の少女が見ていた。




 書房に戻った阿賀野は、冷たいアッサムティーを飲みながらミントアイスを口に含んでいた。魔法のある世界に来たということで、西洋の魔術を読んでみている。ソロモンの鍵と呼ばれる、ヨーロッパでは古典的な魔導書だ。

 残念ながら日本語の詳しい本は存在しないため、仕方なくイタリア語訳された写本を読んでいる。

 それにしても、あの書店での掴みはOKだった。これからもあの書店にはこれまでより客が来ることだろう。人が入っている店には、知らなくても入りたくなる心理というものがあるのだ。

 まだ日も高いことだし、今日はいっそ微睡んでしまおう。そう思って、本を置いた阿賀野は追加のミントアイスを取りに奥へ向かっていった。



 少しして、阿賀野が机に戻ってみると呼んでもいない招かれざる客が椅子に座って本を読んでいる。後ろ姿なので顔は分からないが、青海のような綺麗な青い長髪が少女だと告げていた。背は150cmと小柄で、魔法使いのようなローブと帽子を被っている。横には少しゴツゴツした木の杖が立て掛けてあった。

「・・・・・・」

 黙々と魔導書を読んでいる。こっちの世界はともかく、地球の魔導書に効果なんて信じていない阿賀野は、地球の古代魔導書を読んで意味があるのかと半信半疑だった。

「44の惑星霊を呼び出すための護符魔術、そして72の悪魔を召喚し使役する法・・・・・・これは、何て凄い魔導書なんだ!」

「俺のいた所じゃ、時代とともに魔力が薄れていって今じゃ使える奴は一人もいないからな。正直ただの古文書と変わらねえよ」

「いやいや何を言う! これほど強力な魔術はどの書でも載ってな・・・い・・・」

 ここでようやく、少女は阿賀野に気づいた。ぎこちなく振り返り、髪と同じ蒼い瞳に焦りの感情が見える。無断で立ち入ったことに罪悪感を感じているのだ。

 即座に椅子から立ち上がって、帽子が脱げ落ちるのも厭わず90度の綺麗な礼をした。

「申し訳ない! 勝手に其方の書物を読んでしまって・・・!」

 少女が顔を上げた。身長に見合った、幼さのある顔立ちでありながら、古風な口調が少し面白い。盗人なら女子供だろうと容赦しなかったが、この程度の可愛らしいことなら許してやろう。それが大人の器というものである。

「いや別にええんやで、俺が読んでも意味ねえし。そもそも悪魔とかそーゆーものは俺の魔法と相性が悪いからな」

 無遠慮に、帽子のない頭を撫でる。子供といえど不法侵入になるので、立場と罪悪感を利用して子供扱いの悪戯をしてみた。少女は頬をむくれさせているが、先のことがあるためあまり怒れないでいる。

「や、やめろぉ・・・! 我は子供じゃないんだぞぅ・・・!」

「はいはいかわいいかわいい」

 暖かい目で十秒ほど撫でたところで手を離してやる。彼女は恥ずかしそうにしながらも阿賀野から目線は外さなかった。

「で・・・誰きみ?」

「ようやくそれを聞いたか・・・。我は宮廷魔術師のクローネ・ハッフルパフである! 其方よ、我と魔法の研究をしてみぬか!?」

 目をキラキラと輝かせる小学生・・・もとい宮廷魔術師のクローネは無い胸を張りながら阿賀野を見上げた。それを見て阿賀野は、表情一つ変えることなく返答した。


「あ、結構です」

「なぜじゃ!?」

ハッフルパフはハリー・ポッターのパクリじゃありません。

普通に実在する苗字です。

批判廚乙。

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