最高の物語、盗みにいこうよ!
最近では、いくつかの言葉を願うだけで、イラスト作品ができちゃうそうです。
そんな世の中で、小説なんて書いてる『意味』はあるんでしょうか?
そんな宝物を見つけにいく物語。どうぞお楽しみください。
後の世に『伝説』と謳われた義賊。
その最初の1ページが、今ここに幕を開ける。
なーんちゃってね、そんな風な、馬鹿な夢を見たんだよ。
何の取り柄もありゃしない、そう言われちゃう私だけど。
誰にも言えない秘密もある。たったひとつだけ才能がある!
世界は怪物にあふれてて、人々は戦いに明け暮れてるけど。
私には戦うことができなくて、途方に暮れてるんだよね。
でもでも私は戦わない! 戦わない才能はきっと世界一!
だって私は、人類で最初の偉業を成し遂げてみせた!
それは巷で噂の勇者さん、彼さえいまだに成し遂げてないこと。
魔王城への到達をたった1人で実現したの!
前回は下見だったけど、城の構造を調べるだけだったけど。
私の言う話なんて、誰も信じてくれないから。
だから、今度は違うんだ。
あの最悪魔王のお城から、お宝を盗みにいく!
誰かが認めてくれなくてもいい。
戯れ言って信じてくれなくてもいい。
でも私は世のため、人のために!
最高の宝物を盗みにいくよ!
なーんて思ってたんだけど、君はなんでそこにいるの?
え? 道に迷って帰れない? もうここは魔王城の近くだよ?
危なっかしいな死んじゃうよ? 帰れる? 無理? 困ったなぁ。
じゃあ、一緒にいくのは、どうかな?
私は、あの城に用事があって、その後なら街まで連れて行くよ?
そのとき、頭によぎったのは、いざとなったら囮にして、逃げるつもり?
でも、その子は純真な笑みで、こちらに手を伸ばすものだから。
すっかり毒気を抜かれてさ、のこのこと、ついていっちゃったんだ。
決して、その中性的な魅力に釣られたワケじゃないからね?
君と私の2人旅!
こんなことになるなんて思わなかった。
でもこんなのも悪くないね、実はちょっと、心細かったんだ。
堅牢に聳える、魔王の城。
実はこっちに抜け道があるんだよ。
ほらほらこっち、ついておいで?
そんなこんなで忍び込んだ。
君は私に問いかける。
どんなお宝を盗もうか?
王冠? 名画? 金銀財宝は盛りだくさん!
のんのん、私は首を横に振る。
そんなの私が手に入れる意味なんて、これっぽっちもありません!
欲しいのは、魔王の秘密とか、弱点とかを示す情報!
あつらえむきの場所があるの! 私は君の手を引いた。
魔王城の一角、中庭のとある施設。
無限図書館と看板にある。
なるほど、ここならば確かに。
なにか手がかりが見つかるかも?
さぁ魔王の趣味でも暴こうか! それは暴力的な笑みで。
私と君はうなずき合って、そっとゆっくり扉を押し開けた。
足を踏み入れ、おどろいた。
どこまでも夜空が広がっている、それも。
地面もまったく同じように、夜空が広がっていたんだ。
私と君は宙を歩くような、不思議な感覚を味わった。
いつどこで魔王が出てきても、おかしくないよな、そんな雰囲気のなかで。
ふわりと前に現れた、妖艶なる女悪魔。
ああ、死んだな、なんて思ったけど。
その悪魔さんの瞳には、知性の光が宿っている。
やったね! 話が通じるよ。この奇跡的幸運に感謝!
ここは無限図書館です。
限りない本が収められています。
私はマクスウェル。ここの司書を任されています。
襲ってこないんですか? 恐る恐る、君は聞いた。
不思議そうな悪魔さん、首をかしげた。
それは業務内容に含まれません。まぁ、襲ってきたら自衛はしますけど?
私と君は手を上げて、降参&無害を全力アピール!
そんなたくさん本があるなんて、とても探しきることできないよ!
君がそう言うと、悪魔さんはこう答える。
欲しい本を強く望み、星に手を伸ばしなさい。
魔法がかけてありますから、それだけで欲しい本が見つかります。
ここまで辿りついた、この喜びを讃えるようなものはあるのかな?
私はそう願い、手を伸ばした。
手にしたのは分厚い本。中を開いてみたら、音楽が飛び出してきた。
異世界の音楽が、私を歓喜に包み込んだ。
おやおや、良い趣味してますね。
それは異世界の音楽家、ベートーヴェン作曲の、交響曲第9番「合唱」です。
しかもカラヤン指揮の1976年盤。全盛期のものを選ぶだなんて。
あなたは本当にお目が高いですね。
いやいや、確かに良い曲なんだけど、素晴らしすぎるぐらいなんだけど。
これは、ちょっと違うよね? 義賊には似合ってないって!
君はもっと、気軽に楽しくなれるものを。そんな願いを星に託した。
そしたら1冊と言わず、色々掴めてしまったんだ。
来週発売予定の週刊誌とか。
来月出版の小説に、来年出る予定の大作RPG?
いやいやワケ分かんないんだけど!?
これは存在しないはずじゃないの? なんであるの?
君と私は大騒ぎ! 図書館なのにね。
悪魔さんは笑って言う。
ここは無限の図書館です。
ありとあらゆる作品が、ここには存在しています。
サルのタイプライターってご存知ですか?
キーを叩くだけで文字を書ける道具をサルに叩かせるのです。
延々と叩かせるのです。
すると時には「こんにちは」「ありがとう」「さようなら」。
意味のある文字列ができますね? それを更に繰り返します。
未来永劫、はるか未来までずっと、ずっと……すると、何が起きるでしょう?
それがどんな作品であったとしても、たまたま、作り出せることになりますよね?
いいですか?
ここは無限図書館。ありとあらゆる本があります。
そして、悪魔の魔法がかかっています。
その効果は。
どんな偶然。いかな奇跡。
ありえないほどの無限小確率。
ゼロでなければ、わずかでも可能性があれば、必然に変えてしまう魔法。
そんな魔法を使えるから、司書を任されているんですよ。
そして、私は星に願い捧ぐ。
将来の夢を叶えた自分。
そんな苦労の連続もあったねなんて、笑って言えるそんな自分を。
いつか書く予定の、自分の人生、その記録を。願ったんだ。
そして、私の馬鹿馬鹿しい空想が、現実に置き換わる。
私の手には1冊の本がある。
これが私の全てなんだ。私はその表紙を撫でた。
でもよく見たら著者名のところが空欄? これは一体どういうこと?
ああ、そんな本を見つけましたか。
それは初めて貸し出される本ということです。
貸出の際はその空白に、あなたの名前をお書き下さい。
利用者カードの代わりです。
貸出期限はそうですね、あなたの死後、70年ほどまで保証しましょうか。
それ以降でも、初めてあなたが借りたという名誉は残ります。
そして、悪魔さんは私に羽ペンを押しつける。
震える手で。
インクを付けて。
でも書けなかった。
どうしても。無理だった。
だって私は。
貸して欲しいなんて願ってないよ?
その本は夜空に返した。
君と私は、図書館の出口へと向かう。
扉に手を掛けた私の言葉が、君に響く。
意味のある文字列だって?
たとえ、それにどれほどの価値があったとしても。
盗む意味のある物語は、ここにはないよねって。
その苦笑いが、記憶に残っている。
そして、2人して街に帰った。
結局何も盗れなかったねって笑いながら。
別れ際に私は言う。
「次は意味のあるものを盗みにいくよ。君の心なんてどうかな?」なーんて、ね。
†
あの日のことを思い出しながら。
月明かり差す窓辺の下で、拙くもこれを書いている。
きっとこの文章だって、あの図書館であるならば、すでに収められているんだろう。
でも、手元のこれは、この物語は。
あそこにあるものと、同じなんだろうか?
本物の夜空にただ願う。
――ねぇ、盗みにきてくれるかな?
作者所要時間:
タイトル決め:4時間越え。
本編:3時間ほど。
推敲:1時間ちょい?
やば……タイトル決め、長すぎ……?
次回短編タイトル、まだ決まってません。が、がんばる……。
あとがき下のところから、評価を頂けると作者のテンションが爆上がります。よろしくね!^^