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ファンタジーシリーズ

俺の師匠は百万の人を殺して最強の魔導士と呼ばれる様になりました。

作者: ゅべ

4500字程度の作品です。


お楽しみ頂ければ幸いです。

「生き恥を晒すな」



 俺の師匠の口癖だった。


 俺は師匠と二人で山奥で暮らしていた。



 師匠は世界でも名の知れた魔導士で、文字通りその名前を出しただけで敵は震え上がる。師匠がその場にいなくとも、生きていようがいまいがその名を語るだけで一種の抑止力が働く。


 強さとは大抵が戦闘における物差しとして扱われる、師匠は過去の大戦で一騎当千の働きをしたことで周辺諸国から最強の魔導士として認知される事になったのだ。


 戦争は下らない国家のプライドを守るためのものだった。自国の領土はここまでだ、だからお前の国は領域侵犯を犯している。出ていかなくば実力行使に出るぞ?



 そう言った脅しにも似た言葉から始まって最終的には何十万を超える軍同士の衝突にまで発展していく。



 そんな人の命を消耗品とさえ思わせる人の営みを師匠はただ傍観していた。師匠は売られない限りは喧嘩を買わない人だった。最初は師匠も己の名がここまで世間に浸透するとは思わなかったのだろう。



 強い、と言う自負はあったが人に振るう気はサラサラない。



 師匠はそう言う人だった。



 俺は子供の時分、師匠に純粋に湧き出た疑問を問いかけた。



「師匠はどうして魔法の修行をするんですか?」

「アレを見よ」


 師匠は寝そべりながら木の枝に丸々と成った果実を指さして言葉を続けた。


「リンゴがどうしたんですか?」

「お前ならどうする?」

「腹が減ったら採ります」

「どうやって採るかね?」

「魔法で枝を切って落とします。あんな高い場所に生えた実だとジャンプしたって採れやしない」

「つまりそう言う事だ」



 師匠が得た力は己の利益のみに使う、それも生きるために必要な分だけ適宜使う。彼は己が生きるために必要ならば容赦なく力を振るった。



 俺はそんな師匠が許せなかった。



 魔導とは魔を導くと書く。つまり魔導士はどこまで行っても魔を導く人間で魔法はその手段。俺にとって魔とは人を惑わすもの、つまり人の争いの根幹を指していた。


 だが師匠は違ったようで、人が生きる事そのものを魔として認識しており師匠にとって己の生活が魔だった。だから己の生活を妨害されない限りは魔法を行使せず、己の生活を潤わせるために魔法を使った。



 俺と師匠の考え方は平行を辿った。



 それでも師匠は俺の育ての親だから、捨てられていた俺を拾ってここまで育ててくれた恩義があったからずっと一緒にいた。好きか嫌いかと問われたら俺は迷わず「好き」と即答する。


 師匠のそばにいる事が何よりも好きだった、考え方が違えどこの人には人を穏やかにさせる何かがあった。俺は魔を望みながら魔とは対極の感情を求めていたのだ。


 そんな他人に穏やかさを分け与える師匠の口癖、「生き恥を晒すな」とは何を意味するのだろうか? 生き恥となればこの人にも当然プライドがあって、それを守るために生きると言う事だろう。



 じゃあ師匠のプライドとはなんだろうか?



 俺は師匠にそれを聞くもいつもはぐらかされた。



「師匠の大切なものってなんですか?」

「ずっと隣にありたいと願うもの、だろうな」



 俺は師匠の大切なものが何なのか、その答えが一向に分からぬまま子供の時代を過ごした。そして人間はそんな俺たちの事情など気にも止めずに戦争を起こした。


 俺は師匠に黙って山を降りて戦争に加担した。人は惑わされて戦争を起こす、そして戦争そのものが人を更に惑わせる。俺は己の魔導を貫くために魔法で人を殺め続けた。


 師匠のように一騎当千とまでは言わないが、俺もそこそこに強いから魔法一発で数十人を一度にほふれる程度の実力は備えている。その力を持って加担した国に勝利をもたらし続けた。俺は英雄として崇められ、終いには最強の魔導士などと持てはやされて良い気になった。



 際立った存在となった俺はいつしか他国から命を狙われるようになり、戦争とは関係無く日常生活の中でも暗殺をされそうになった。日に日にそれはエスカレートしていき、俺は夜に寝る事さえ困難となった。



 ベッドに入れば無防備な状態となり命を狙われ、風呂に入れば同様に命を狙われる。



 俺に安息の時間が無くなったのだ。



 だがこれも俺にとっての魔なのだ、人が惑わされた結果、俺は命を狙われる。そして俺はそれを阻止すべく魔法で襲いかかってくる暗殺者たちを倒していった。



 ここでようやく気付いたのだ、そして俺と師匠の考え方は一致した。俺は己の生活を妨害された事で魔法を使いだしたのだ。師匠は間違っていなかった、己の手で人を惑わせて、その結果己の身が危うくなる。



 俺に安息の日は無くなった。



 過ぎた力の行使はいつか自分に返ってくると師匠は知っていたのだろう。俺はそう気付かされて、いてもたってもいられなくなり、気が付けば師匠の元に帰ろうと思う様になった。


 そして俺は師匠の前で盛大に土下座をして己の過ちを謝罪した。だが当の師匠は相変わらず穏やかさを撒き散らして俺を許してくれた。





「私が間違っていたようです」

「自分から気付けたか、成長したじゃないか」



 ケラケラと師匠は笑って俺を許してくれた。



 だがそれは師匠だけだった。



 俺は戦争に加担して戦場で人を殺すだけ殺して、戦争の有利不利を作っておきながら恐れをなして逃げ出したのだ。そうなれば敵国からしても加担した国からしても俺は厄介者以外の何者でも無くなった訳だ。


 加担した国からすれば、俺が敵国になびく恐れがある不安要素として、敵国からはあれだけ好き勝手に戦場を荒らしておいて今更何をと憎悪を向けられてしまったのだ。


 そしてあれだけいがみ合っていた両国は俺を共通の敵として協力関係を結んで師匠の住まう山に軍を送ってきた。


 これには流石の俺も参ったと頭を抱えてしまったが、師匠はあっけらかんと笑い飛ばして魔法を行使していた。師匠の強力な魔法が二カ国合計百万を超える軍勢を一瞬で吹き飛ばしたのだ。


 俺は師匠の凄さをまざまざと見せつけられてただ茫然とするしかなかった。そして俺は師匠に迷惑をかけたことを深々と頭を下げて謝罪した。


「俺の過ちのせいで師匠を巻き込みました」

「いや、これは私の過ちだ」

「どうしてそうなるのですか? 私が先走って戦争になど加担しなければ今頃は……」

「私が弟子のお前をしっかりと導けなかったせいだ、お前は悪くない」



 俺は絶句した。


 師匠は俺のしでかしたことの全ての責任は師匠にあると言う。そんな理不尽な事が罷り通ってたまるか。俺は俺の大切な人のプライドをぐちゃぐちゃにしたのではないのか? 俺は師匠に対して罪悪感を抱いてその場に突っ伏すしかなかった。


 だがそんな俺の肩に師匠は優しく手を置いて言葉をかけてきた。



「私のプライドはお前そのものだ、私の自慢の弟子、自慢の息子よ」



 目から止めどなく涙が溢れていた。俺の顔はもはや人に見せられるような状態では無くなって咄嗟に両手で顔を覆っていた。すると師匠の手は更に優しさを増していって、泣き崩れる俺の背中を摩すってくれるのだ。


 この人は俺を守るために強くなってくれたのだ。強くあってくれたのだ。


 もはや涙のせいで何も見えない、寧ろ顔も上げられない状況だった。俺は恥ずかしさからそれを少しばかり助かったと思ってしまったのだ。今の俺は師匠にとても顔向け出来ないと思ったのだ。



 だがやはり俺は間違っていたらしい。



 俺は更なる後悔をする事となったのだ。俺の下らない羞恥心が己の大切な人を失うその瞬間を見逃してしまうことになろうとは思いもせず、それに気付いてからただ目を見開いて驚くのみだった。



 師匠は自らの手で自決してしまったのだ。



「師匠!? どうして!?」

「生き恥を晒す気はない、お前を正しく導けなかった責任を潔く取るとしよう」


 俺の目の前で師匠は血反吐を吐いて倒れていた。俺は師匠に走り寄って項垂れるこの人を抱き抱えて再び涙を流していた。そして喉が裂けんばかりに大声で師匠に話しかけていた。


「どうして師匠が死ぬことになるんですか!?」

「あれだけの人数を虐殺すれば私に向けられるだろう憎悪は計り知れん、そうなればお前と一緒に暮らすこともままならんよ」

「全部俺のせいじゃないですか!! だったら俺が死ねば良かったんだ!!」

「そんな親不孝を口にするな」


 師匠は変わらずケラケラと笑って俺を許してくれた。だが肝心の俺は己が許せない、間違った考えを持って山を降りて、その過ちに気付いて出戻れば師匠に責任を擦り付けてしまった。




 俺は頭がおかしくなりそうだった。




 自責の念に駆られてただ師匠の胸で泣くしかやる事が思い付かず、ただ師匠の死を目の前にして泣き崩れるしか無かったのだから。これが師匠が周辺諸国に最強の魔導として名を馳せた由縁だ。



 この後、俺は師匠の遺言で山に墓を作ってから名前を変えて山を降りて生活を送ることにした。昔師匠が俺とどうやって出会ったか、どこで拾ったかを聞いていたからか、山を降りるなり無言でそこに向かった。


 師匠の故郷は二つほど国境を越えた国の片田舎にあって、その地で俺を拾ってどう言うわけか故郷から遠く離れた山で暮らすようになったと言っていた。



 師匠の故郷は何もないところだった。



 土地は枯れ果てて満足に作物も育てられない、にも関わらず人々はその土地に縛られたかの様に他所へ移り住むこともせずに静かに暮らしていた。ここは土地も人も生きながらにして死んでいた。



 俺はふと周囲を見回してみる。そして気付くのだ。一人の女性が力尽きて倒れ込んでおり、俺はその女性に歩み寄って大丈夫かと声をかけた。するとその女性は赤ん坊を抱き抱えており、俺に気付くなり縋る様に話しかけてきた。


「この子を……、この子だけでも助けて下さい」


 女性は己がもはや助からないと自覚していたようで、その痩せ細った体には涙する水分も残っていなかったらしく、ただただ必死に俺に頭を下げてきた。俺はコクリと首を縦に振って「分かった」と一言だけ言葉を返す。


 すると女性は緊張した糸が切れたのか、俺がそう言うなり崩れ落ちるように息を引き取った。


 俺は女性から赤ん坊を受け取って抱き抱えながら考えた。そうか、師匠はこうやって俺と出会ったのだと、そう勝手に確信した。この土地では赤ん坊を養えない、かと言って魔導士たる師匠がどこかの国に移り住めば必然的に人を惑わす。



 だから師匠は山奥にひっそりと暮らして俺を平和に育てくれたのだ。



 ならば俺は師匠に返せなかった恩をこの子に返そう。痩せ細った母親から乳も満足に貰えなかったのだろう、赤ん坊もまた母親と同様に痩せ細っており、その空腹からか泣き出してしまった。俺はあやし方も分からずに「よしよし」と言いながら赤ん坊を揺すった。


 まずはこの子に食べ物を与えねばと、何もない師匠の故郷から再び旅立つことを決意した。そしてその道中でふとすっかり忘れていた事があると、そう思って赤ん坊を抱き抱えて歩きながら深く考え込んだ。




「まずは赤ん坊に名前をつけないとな」




 俺は明確にどこを目指す訳でも無く黙々と歩き続けた、途中で果実のなった木を発見すれば赤ん坊に与えるべくもぎ取ってはまた歩く。野生の動物と遭遇すれば危険を排除すべく最小限の魔法を行使する。


 そんなことを延々と繰り返して俺は漸く赤ん坊に付ける名前を振り絞って、その名前でこの子を呼ぶことにした。そしてその名前の意味を師匠に倣って穏やかな雰囲気のまま口にした。




「お前の名前はジョージだ、この世で最も偉大な魔導士から取った名前だよ」




 俺はお前の前で絶対に生き恥を晒すまい、これはお前と師匠に向けての約束だ。俺はお前を守りながら絶対に正しい方向へ導くとしよう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔は人の欲求に根差して、それに誘うものであり、それを行使する力ですが、単純に強大な力そのものを指すものでもあるとおもいますね。 閻魔なんて、初めて死者の国に独力で到達した人間ヤマが元ですか…
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