最終話「永遠の愛」
今回のお題は「山奥」「ゴリラ」「花火」です。
ゴンザレスとたかしの物語はこれで最終回ですが、また全く別のお話を投稿します
たかしは絶叫した。視界を埋めつくすのは愛しいはずのゴンザレスだったが、数が増えすぎるとさすがに気持ちが悪かった。
「こ、この化け物が!」
眼前のゴンザレスの群れを突き飛ばし、たかしは一瞬できた群れの隙間からの脱出を試みる。
たかしの五十メートル走の記録は約三秒。並の人間では追いつくことはかなわない。自身の内側で増殖を続けるゴンザレスの細胞、その鼓動はもはやたかしにも伝わっている。一刻の猶予もない。自身がゴンザレスと化す前にたかしはその危機から抜け出す方法を見つけ出さなくてはならない。
ゴンザレスの大群はたかしを捕えようと全力で飛び跳ねる。しかしながらたかしの走力に肩を並べることはなく容易に引き離れてしまう。
それでも、ゴンザレスの余裕は崩れなかった。
「ふふ、たかしくん。この私から逃げられるとでも思っているの?」
直後、上空で何かが爆発する音が響く。逃げながらたかしはその不気味とも言える音に目を奪われた。たかしの視線の先では空を虹色に彩る花火が打ち上げられていた。
「まさか!」
たかしは全身に冷や汗をかいた。嫌な予感がする、と。そして予感は正しかった。
打ち上げられた花火の花弁ひとつひとつがゴンザレスと化し、空中からたかしに向けての自由落下を始めた。
「たかしくーん!」
上空から降り注ぐ幾百ものゴンザレス。
「く、くそ! だめだ! 上空から見渡せる場所には逃げ場がない!」
たかしは咄嗟に病院裏の山へと逃げこんだ。これならば空中から位置を把握されることはない。だが、それは悪手であるのだとたかしはすぐに気が付く。
「逃げられないわよ」
山に入るや否や、生い茂る木の一本からそんな声が聞こえた。
そう、ゴンザレスだ。
木ははじけ飛び、中からは白い靴下だけを履いたゴンザレスが爆誕する。
一本、二本、三本。木は次々とゴンザレスに変貌し、たかしを山奥へと追い詰めていく。
もはや逃げ道はない。
「だ、だめなのか……」
やがて体力の尽きたたかしは山頂でへたり込んだ。山のふもとから頂上に向かい、ゴンザレスの群れは増える一方、上空には花火から生み出されるゴンザレスの群れ。
たかしが取り囲まれ、ゴンザレスの群れに呑まれるのはもう数秒先の出来事。たかしは覚悟を決めた。
――その時だった。
「うほうほ! アイアム ゴリラ!」
どこからともなく轟いた野獣の咆哮。同時に、たかしを捕えようとしたゴンザレスたちが一瞬にして肉片と化した。あたりに飛び散るゴンザレスの血液。そして鼻をかすめる生臭い血の匂い。
「あ、あなたは!」
すべてを諦めていたたかしの瞳に僅かな希望の光が灯った。
「そう、私はゴリラだ」
たかしの前には一匹のゴリラが仁王立ちしていた。
威風堂々、その言葉が相応しいゴリラは次々にゴンザレスを蹂躙していく。
「もう大丈夫だたかし。私がいる限り君をゴンザレスに変えさせたりはしない。君は私が必ず守る!」
ゴリラは微笑んだ。それは子をあやす母のような、包容力に満ちた笑みであった。
何とかなるかもしれない。ゴリラの登場がたかしの心を勇気付けた。
――だが。
「う、うほっ!」
突如ゴリラが苦しそうに胸を抑えた。
「ご、ゴリラさん! どうしたんですか!」
「うほ! 今すぐ逃げるんだゴリ!」
次の瞬間、ゴリラは死んだ。そしてゴリラの口から人間の腕が飛び出す。
「そう、私よ」
ゴリラの中にはあろうことかゴンザレスが潜んでいたのだ。
希望は一瞬にして潰えた。
ゴリラであったはずの存在はゴンザレスとなり、たかしの肩を力強く掴んだ。
「今度こそ捕まえたわ。ずっと一緒よ。この先もずっと、永遠にね……」
「う、うわああ!」
たかしは脱糞した。そして、死んだ。