第三話「無限のゴンザレス」
今回のお題は「クッション」「花束」「白ブリーフ」
翌朝午後六時、約束の時を迎えたたかしは勇み足でゲームセンターへと向かう。勝負下着として着用している白ブリーフには名前ペンでたかしと書かれているが、緊張による発汗でその字は徐々に掠れつつあった。
道中、たかしは一度ズボンを下ろし、消えかかった字の上からもう一度ペンで自らの名を刻む。
「これでよし」
周囲からの痛々しい視線に気付くこともなく悠々とズボンを履き直し、歩くこと数分、たかしは約束の場所へと辿り着いた。
「お待たせしましたねえ」
「ううん、今きたとこ!」
既に到着していた看護師は照れ臭そうに頬を赤らめていた。たかしはそれを試合前の高揚であると断じ、自らもまた頬を赤く染め上げてみせた。
「では、対戦しましょうか」
「まって」
たかしの申し出に、看護師は一呼吸挟んだ。
「たかしさん、あなたに話があるの」
「な、なんでしょうか......」
一体何の話だというのだろうと、たかしは深く身構える。
「話っていうのはね......その......」
羞恥か緊張か、身をよじらせるのみで言葉を発しようとしない看護師。だが、やがて意志が固まるとその動きはピタリと止まった。
その刹那、看護師の頭部に亀裂が走った。
まるで卵から鳥が孵るように、亀裂は顔、首、胸へと広がっていく。
――そして。
「私がゴンザレスだ」
亀裂の入った看護師の体が弾け飛んだかと思うと、中からはうさぎのような少女、ゴンザレスが姿を現した。
「な、なに!?」
驚愕のあまりたかしは脱糞した。しかも下痢だった。穢れを知らない純白のブリーフは瞬く間にカレーライスのような香ばしい姿に変貌する。
「騙しててごめんね、たかし。好きだよ」
ゴンザレスは懐から花束を取り出すと、膝をついて頭を垂れ、それをたかしへと献上する。
「待ってくれ、理解が追いつかない。君が看護師のフリをしていたなんて......。一体どういうことだい?」
「そうね......。あなたには話さなくてはならないわね」
「いいから早く回想シーンに入れよ」
「わかったわ。あれはそう、今から二年前のこと――」
二年前、ゴンザレスは不治の病に陥った。おそらく自分はもう目覚めることはないだろう、そう悟ったゴンザレスは看護師の肉体に自らの細胞を植え付けるという賭けに出たのだ。
二年もの歳月を費やし、徐々に看護師の中で増殖していくゴンザレス。
そう、すべてはもう一度たかしに会うため、そしてたかしを愛するため。ゴンザレスはずっと、復活の機会を伺っていたのだ。
私のことは気にせず幸せになって、という言葉はもう自分が目覚めることはないと思わせ、たかしを油断させるためのトリック。本当にたかしが幸せになっていたら殺す予定だった。
そして今、ゴンザレスは復活を遂げたのだ。
「そうか、そういうことだったんだね......」
「でもね、まだ話さなくちゃいけないことがあるの」
「なに......?」
ゴンザレスは不適な笑みを浮かべると、懐から人間の頭部ほどのサイズのクッションを取り出した。たかしにはその行動の意味がわからなかったが、直後、ゴンザレスによって理解させられた。
クッションの内部には何かが入っているようで、絶えずその何かが蠢いている。
「ま、まさか――」
たかしが口にした途端、クッションが弾け飛んだ。
「そう、私よ」
クッションの中にいた【それ】は笑みを浮かべながらたかしに応じる。そう、ゴンザレスだ。
「ゴ、ゴンザレスがふたり......!」
「だけじゃないわ。あれを見てちょうだい」
ふたりのゴンザレスは同時にそう言うと、おもむろにゲームセンターの建物、そして内部の人間を指さした。
「ふふ、私は保険をかけておいたの。看護師の肉体がダメになった時のために、色々なものに私の細胞を植え付けておいたわ」
直後、ゲームセンターの建物が弾け飛んだ。数十人という内部の人間も、ゲーム機も、全てがヒビ割れ、そして最後にはひとりの人物を生み出した。
「そう、私よ」
誕生した数十人の少女がたかしを直視しながらいっせいに笑う。
「ふふふ、この世界のすべての物質はいずれ私になるわ。たかし、もちろんあなたもね」
「そ、そんな......!」
たかしは一歩後ずさる。だがゴンザレスはたかしを逃がさない。たかしの後退に合わせるように地面が裂け、そこから人間の腕が飛び出した。
「私よ」
地面からの声に、たかしの全身に鳥肌が立つ。
道ゆく人も、信号機も看板も車も、何もかもがゴンザレスになっていく。
やがて数百、数千というゴンザレスの群れがたかしを覆い、うさぎのようにたかしの周囲を跳ね回る。
「さあ、愛し合いしまょう」
数千人のゴンザレスが、いっせいに笑った。
次回のお題は「山奥」「花火」「ゴリラ」です。次回で最終話になりますが、また新しく始まります。