第二話「たかしと看護師」
今回のお題は「テトリス」「靴下」「雑草」です。後悔はしていません。
たかしはたった今胸のうちに湧き上がった決意を口にすべく再びゴンザレスの眠る病室へと踏み入った。そして、壊れた腕時計の破片を掃除する看護師の姿を認めると静かに口を開く。
「あ、あのっ......」
自ら人に声をかける。なんということはないその普通の行いがたかしにとっては拷問にも等しい苦痛だった。だが、それでもたかしは言わねばならないことがあった。
「何ですか?」
不機嫌そうに眉をひそめる看護師に気圧され、生唾を飲み込みながらもたかしは意を決してそれを口にする。
「ぼ、僕と......テトリスをしませんか?」
看護師は言葉を失った。あまりにも唐突に言い渡されたそれに理解が及ばなかったのだ。
そんな看護師をよそに、たかしは胸中にてゴンザレスへの抑えきれない思いと覚悟にも似た決意を膨らませていく。
かつてゴンザレスは言った、私のことは気にせず幸せになって、と。しかしどうだ、今のたかしはその言葉を受け入れることはできず、挙句の果てには親友である腕時計すらも失ってしまった。
たかしは自身への情けなさと失望で胸が痛んだ。それと同時に、このままではいけないとも思った。
目の前の看護師は今は亡き腕時計の破片をまるで汚物のように淡々と掃除している。親友である腕時計をそのように扱われ、許していいはずがない。
この看護師をテトリスで叩きのめし、腕時計への非礼を詫びさせる。それが弱い自分を変える第一歩なのだとたかしは考える。それこそがたかしの決意。ゴンザレスへの想い。
「......もちろん、今すぐにとは言いません」
状況を飲み込めていない看護師にそう告げ、たかしはなおも言葉を吐き続ける。
「看護師さんにも都合があるでしょうからねえ。すぐにというのは難しいかもしれません。そうですねえ、明日の午後六時、病院横のゲームセンターで対戦、というのはどうでしょうか。もちろんタダでとは言いません。あなたが勝てばこれを差し上げましょう」
たかしはおもむろに靴を脱ぐと、足を覆う純白のそれを指さした。
「ま、まさか......!」
「そのまさかです」
目を見開く看護師の表情を一瞥し、たかしは悪戯に口の端を歪める。
「これは、靴下です」
「やはり......!」
あろうことか、たかしは命よりも大事な靴下を賭けたのだ。
「この勝負、受けていただけますね?」
「おうよ、やってやるとも!」
先刻までたかしを侮辱していた看護師の瞳は、いつの間にか闘志が迸る戦士の眼へと豹変していた。
看護師は雄叫びを上げると、窓ガラスを突き破り路上へ飛び出した。そして勢いのままにアスファルトに咲く雑草を貪り始める。
「うまい! うまい! うまい!」
その様子を割れた窓から見下ろすたかしは、額に緊張の汗を走らせる。
「やれやれ、血の気の多い看護師さんですねぇ......」
たかしはそっとカーテンを閉めると、ゴンザレスの元へと歩み寄る。
「待っていてくれ、俺は必ず勝ってみせる......!」
こうして、たかしは看護師と靴下を賭けた戦いを行うこととなった。
次回のお題は「クッション」「白ブリーフ」「花束」です。