第一話「ゴンザレスとたかし」
第一話のお題は「うさぎ」「初恋」「腕時計」です。
たかしの初恋の相手は、うさぎのような人物だった。それは決して寂しがり屋という意味でのうさぎではない。
彼女は物を口にするとき、常に前歯だけを使って咀嚼を行う。足はおろか、手や腹部にも体毛に似た白い靴下を着用しており、いつもたかしの家の中を飛び跳ねるという、まさしくうさぎのような人物だったのだ。名をゴンザレスという。
身長154センチ、体重120キロの彼女が跳ねるたび、たかしはその大地の振動を揺りかごのように楽しんでいた。それがたかしの初恋、高校生活唯一の青春だった。
そして大学生となった今、たかしの心は荒れていた。恋人だったゴンザレスが不治の病に侵され植物状態となったからだ。
ゴンザレスは眠りにつく直前、「私のことは気にしないで、どうか他の人と幸せになってほしい」とだけ言い残した。
それはまさしくふたりの関係を終わらせるひと言ではあったが、同時に、自分に構うことなどなく人並みの幸せを手にしてほしいというゴンザレスなりの愛情でもあった。
しかし、たかしはその言葉を受け入れられなかった。
講義を終え、大学を後にしたたかしはすぐにゴンザレスが眠る病室へと足を運ぶ。
「なあ、ゴンザレスは治ると思うか?」
彼女の手を握り締めながら、たかしは唯一無二の友である腕時計に語りかけた。しかしどういうわけか、腕時計からの返事はない。
腕時計は小刻みに針の音を奏で、自らの役割をまっとうするのみ。
「な、なんで無視するんだよ!」
たかしはたまらず声をあげた。怒りのままに腕時計を壁に投げつけ、幾度となくそれを踏みつけた。
「病室で何やってるんですか!」
やがて騒音を聞いた看護師のひとりが顔をこわばらせながら病室へと駆け寄ってくる。
「あ、あ、これはその......あの.....。あっ、えっ...」
たかしは酷く動揺した。
大学に入るまでの十数年、たかしは両親とゴンザレス以外の人間と言葉を交わしたことはない。
「彼女さんが心配なのはわかりますが、病院には他の患者さんもいらっしゃいます」
「あ、あの.......うあああ!」
責めるような、睨み付けるような看護師の視線が恐ろしくてたかしは病室から逃げ出した。
しかし扉を開けて廊下に飛び出たところでたかしの体力はつき、すぐにその場に座り込んだ。
背負いきれない現実の数々に打ちのめされるたかし。しかしその直後、たかしはとある決意を胸にした――。
次回のお題は「靴下」「テトリス」「雑草」です。