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龍と少女

 黄金の龍はフリーデを見つめたまま動こうとしない。フリーデもまた同じだった。

 暖かな春の正午の日差しが照って、ここが魔物との戦場だったと一瞬忘れかける。

 額の傷が気になり、触ると、自身の回復魔法で無事にふさがっていた。フリーデの動作を見た龍がおもむろに口を開く。


「無事か……怪我は、ないか?」


 不思議な響きの声だった。穏やかだけれど、全身が震えるほどの魔力を感じる。


 龍って、喋ったかしら? 何故、私を気づかってくれるの?


 ぼんやりと思っているうちに、声の形に口を開いているのではなく、魔力を使った念話であると気づく。


 (いいえ、そんな事考えてる場合じゃないわ。この龍は敵意こそ無いようだけれど、Sランクの魔物を一撃で四散するほどの力を持っているのよ……)


 正直、命があるのが不思議でならない。だけど、龍を目の前にして平然としていられない。


「あの……あなたは?」


 我に返ったフリーデが尋ねると、龍は何故か目を逸らした後、決心した様にフリーデを見つめる。


「……すまなかった」


 龍が頭を下げるのは、なかなかに奇妙な光景である。


(どうして、そんなに申し訳なさそうなの?)


 気高い龍は、自身の倍ほどの大きさの魔物を一瞬で倒し、たった今、自分を最大の危機から救ってくれた。


「何故謝るのです……あなたは助けてくださったのに……」


(私を知っているの?)


 龍に笑顔を向けようとするが、死線をくぐり抜けたばかりで上手くいかない。まだ少し震えて顔を強張らせたフリーデを見て、龍は心底すまなそうな声を出す。


「……君が、今こんな目に遭っているのは……全て私のせいだからだ。どんなに謝っても、償いきれるものではないが……私は償いたいと思う。償わせてくれ……」


 そう言うと龍の姿は光輝き、一人の男性の姿になろうとする。


 何故思い至らなかったのか。この国で龍の血を引き継ぎ、自分を知っている者といったら、彼ではないか。


「ちょっと待った――――!」


 フリーデが片手で目を覆い、一方の手を龍に向けると、変化が止まる。


「私は……貴方が、どこの誰かわかります。わかりますが、もうその姿を見たいとも、声を聞きたいとも思わないのです。龍のままでいてください!」


 彼は酷く傷ついた顔をしながら、再び龍へと変化する。


「……すまない」


 龍の声は、もとの彼の声と少し違う。それだけで何とか聞いていられる。フリーデが恐る恐る目を開けると、しょぼくれて背を丸めた龍がうな垂れていた。龍の目からは大粒の涙が流れている。


「……あの」


 フリーデは何も言えず龍を見つめる。


(なんで泣いているのよ……泣きたいのはこっちだわ……)


「君に……本当に酷いことをしてしまったと思っている。観衆の中で、どれだけ君を傷つけただろうと……成人式で龍の眼の光を浴びた時、そこに映った魔物に襲われそうな君を見て、居ても立ってもいられなくなった……君を守りたいと心から思ったんだ……」


 龍の目からは涙が止まらず流れている。涙を受けた周囲の草花が生き生きと揺れる。


 龍の眼に、私が映った? リリーではなくて?


「それは……つまり、私が貴方の(つがい)だと……?」


 フリーデが番という言葉を口にした時、龍はビクッと震え、やがてこくりと頷いた。


「それは……あまりに都合が良すぎるのではないですか? 貴方は私に無実の罪を着せ『忌々しいその面、二度と見たくない』、『貴様など知らぬ地で惨めに死ねばいい』と言って、身分の剥奪と、国外追放を言い渡したのですよ? ……今さら、私が社交界に戻れると貴方は思っているの? リリーを番だと言った舌の根の乾かぬうちに、私が番だと言うの?」


 フリーデの中で怒りが湧き上がる。何と都合のいい話だろう。婚約者としてフリーデの人生を縛り、それを破棄し、また再び戻れと?

 婚約破棄をされるならそれでよかった。悪評も王家が必死になって払拭すれば、いつか消されるかもしれない。


(だけど、私の気持ちは?) 


 公爵令嬢として、もとに戻れたとしても、フリーデの気持ちを戻すことはできない。

 失った信頼はもう戻らない。抱いていた想いも死んでしまった。


「……すまない……私は……その事をあまり覚えていない……」


 気まずそうに龍が言う。


 覚えてない、ですって?


 誰のせいで、私がこんな目に遭っていると思うの?


 湧き上がった怒りが爆発する。


「人を馬鹿にするにも程があります‼」


 フリーデは龍を振り切り歩き出す。


 龍は追って来なかった。


 フリーデは怒りに任せて歩き続けた。




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