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成人式

 ミッドランド王国の神殿は王宮からほど近い東南の位置にあった。公的な神事の度に王族が出入りしやすいように、王宮と神殿は長い渡り廊下で繋がっていた。

 王族が荘厳な衣装を着て王宮の渡り廊下から神殿の回廊に足を踏み入れた時から神事は始まる。

 威風堂々と王者の貫禄を備えたフリードリヒは白亜の神殿に到着した。

 神殿の回廊を抜け、儀式の間に入室したフリードリヒの美しさに神官達と待機していたヴィンセントは息をのんだ。

 白色の祭服キャソックの上には髪色と同じ黄金色のストラを交差するようにかけ、輝くように白い肌と紺碧の瞳は宗教画に描かれた天の使徒が抜け出たようである。

 神官長から成人の祝詞を受けると、台座の上にある龍の眼を高らかに頭上に掲げ、フリードリヒ自らも祝詞を述べる。


(あまつ)神である龍王の御力によって、ここに万物の穢れを祓い清め、人民に幸いをもたらさん』


 国中の穢れを払い人々の幸せを願う事で王族は成人したとみなされる。

 フリードリヒの祝詞と同時に頭上の龍の眼が輝き出す。光は神殿中を照らし、フリードリヒの状態異常を消していく。今までになく爽快な気分になり、濁りと虚ろさが消えて澄んだ目を開いたフリードリヒは水晶の中に信じられない光景を見た。


「……!」


 幼い銀髪の可憐な少女が、フリードリヒとともに王宮を駆けている。別の場面では楽しそうにフリードリヒに寄り添い本を読み、原っぱで編んだ花輪を自分とフリードリヒに載せ微笑んでいる。

 そうだ、あれは幼少期にフリーデとした結婚式だ。花輪を冠にし、未来を誓い合ったあの頃、自分は確かにフリーデを好いていた。

 この時以来、フリーデの為に将来立派な王になろうと帝王学に励んだのだ。

 フリードリヒの胸の中にフリーデへの温かい気持ちが蘇ってくる。

 何故自分はあんな男爵令嬢に恋い焦がれていたのだろう。魔法学園に入学し、廊下の角でリリーとぶつかってからの記憶がフリードリヒは曖昧である。あの時、唇がぶつかって、強い不快感を覚え目を開いて、そして……


 フリードリヒの手から龍の眼が転げ落ちていく。壁にぶつかり止まった水晶には、現在冒険者として必死に生きているフリーデの姿が映っている。


「私は……私は何て事をしてしまったのだ……」


 龍の眼の光を浴びはっきりした頭で、記憶の霧の中をさぐる。

 男爵令嬢の冷酷な笑みに甘い声、好奇の目でこちらを見る静まり返った観衆、フリーデの悲しそうな、諦めたような表情に、二度と会う事はないという別れの言葉……

 夢を思い出すようにぼんやりとしていたが、フリーデを怒鳴りつけるのは他でもない自身の声だという事に愕然とする。

 フリードリヒにとって、フリーデはかけがえのない人であった。そして、龍の眼の水晶に映ったその姿を見た瞬間から、フリーデが側にいないという事実がフリードリヒの胸を掻き毟る。

 もはや、フリードリヒの心にはリリー・モリス男爵令嬢など存在しなかった。

 あるのはフリーデへの愛情と渇望である。

 しかし、彼女は今、冒険者となり、彼女の目前には巨大な魔物が迫っている。

 フリードリヒは居ても立ってもいられず神殿を飛び出した。慌てて追ってくる従者を振り切り、ヴィンセントが何か叫んでいるのを聞かずに。

 神殿が遥か後ろに見える頃、ようやく自身が黄金色の龍に変化していることに気づく。龍に変化出来る王族は数百年ぶりだという事も知らずに、番であるフリーデの花のような匂いのする方向へひたすら飛び続けた。




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