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成人式前日

 ミッドランド王国の王族の成人式は他国と違い特殊である。開国の祖である龍王の、龍の眼と呼ばれる国宝の水晶を両手で頭上まで持ち上げ、そこから照る光を浴びるのだ。

 その時に水晶の中に(つがい)の姿が浮かび上がれば、この世に番がいるという事であり、浮かび上がらなければ、まだ生まれていないか、もう、この世にいないということになる。


「フリードリヒ様ぁ♡ リリーも、フリードリヒ様の成人式に出たいですわぁ♡」


 王太子の執務室に飛び込んできたリリーがフリードリヒの腕に自身の腕をからませる。フリードリヒは羽ペンを置いて机から離れ、微笑みながらたしなめるように言う。


「リリー、王家の成人式は神殿で執り行われる神聖なもの。王族と神官以外の者は何人たりとて参加することは許されないのだ。それに、大して面白くもない催しでリリーを待たせるよりも、以前欲しがっていた宝石を選ぶ時間に使った方が良い」


 フリードリヒがリリーの肩を抱き寄せ囁けば、途端にリリーの機嫌は良くなる。


「まぁ! では、王家御用達のシェラード宝石商から買ってもいいんですか?♡」

「ああ。勿論だ。成人式当日に宝石商を呼ぶので、何でも好きな物を選ぶといい」

「キャー♡ フリードリヒ様♡ 愛してるわぁ!」

「ふふ。リリーは本当に愛らしい」


 フリードリヒはリリーの気を宥めるのが得意だが、その度に莫大な金を使う。リリーと出会ってから、その費用はかさみ、国庫にまで手が伸びようとしている事を本人は知らない。

 その様子を扉の隙間からそっと覗いていた侍従長はため息をついた。完璧な令嬢として名高いフリーデ・ウィトゲンシュタイン公爵令嬢との婚約破棄の一件から、王太子の評判は急激に下がっていた。

 男爵令嬢が魔法学園に入学して王太子に近づいてから、徐々に王太子の様子は変わってきた。それまで颯爽とこなしていた執務は滞り、魔力も濁ったものになりつつある。このままでは王としての資質を問われるだろうと周囲の人間は言い始めていた。


 ***


 成人式前日、ミッドランド王国のルドルフ王とアリシア王妃は外遊から戻って来た。本来なら王族の誰かを派遣すればいいのだが、相手側がミッドランド王国より国力のあるシヴァ帝国であった為に、王自身と王妃の同伴を余儀なくされた。

 若い王太子と第2王子に国王代理を任せたものの、戻ってみれば王宮の金庫は空に近く、国庫まで王太子の所有物になる所であった。しかも王太子はウィトゲンシュタイン公爵令嬢と婚約破棄をしており、出自の怪しげな男爵令嬢とねんごろになっている。

 この事実に王及び王妃は激怒した。二人の怒りは凄まじいものだったが、表面的には何も見せなかった。ただ、成人式を終えたら王太子は廃嫡とし、平民に降下する事に決めた。

 代わりに第2王子ヴィンセントを王太子とし、未来の国王にする。男爵令嬢は身分剥奪後、処罰する事になった。何も知らないのはフリードリヒだけである。

 アリシア王妃が俯くとルドルフ王がその肩を抱く。王としての資質を全て兼ね備えた名君とそれを淑やかに支える王妃はミッドランド王国の象徴だった。


「フリーデには申し訳ない事をしてしまいましたわ。フリードリヒのせいで婚約破棄以来行方知れずになってしまいましたし……フランツとクラリスにも……」


 ウィトゲンシュタイン公爵家出身である王妃はフリーデの母である妹に顔向けできない。

 公爵家からは何も音沙汰が無いが、正式に謝罪とお詫びをしてフリーデを探さなければ、公爵家はもう王家に従おうとはしないだろう。


「アリシア……成人式が済んだら国中に触れを出し、フリーデの汚名返上を果たすと共に捜索を命じよう。今からフランツとクラリスに謝罪に行こう」


 愛妻家の王は王妃に寄り添う。王と王妃にとっても、真面目で優等生な嫡男の行動に驚きを隠せなかった。


「ええ……私達は子育てを間違えてしまったのですね」


 王妃は力なく頷く。


「その事なのですが、母上」


 いつの間にか側にいたヴィンセント第2王子が言う。


「父上と母上の留守中、兄上を諌める事が出来ず、申し訳ありませんでした。しかしながら、兄上の様子は尋常でなくおかしかったのです」

「どういう事だ? まさかっ⁉」


 瞠目する父にヴィンセントが頷く。


「はい……そのまさかです。兄上はリリー・モリス男爵令嬢に強力な魅了魔法をかけられていました。あまりに様子がおかしいので、私が独自に王立魔法研究所に調査依頼を出しました……結果は今日やっと出たので、色々と間に合いませんでしたが……」


 ヴィンセントの言葉に王妃が息を飲む。ヴィンセントに手渡された書類を持つ手が震えた。

 書類には男爵令嬢が魔法学園に入学して王太子と出会った経緯から、本日の様子まで詳細に記載されている。


「魅了魔法は皮膚接触を必要とするのね……知らなかったわ。リリーがいつもあの子と腕を組んでいるのはその為だったのね……学園でリリーとぶつかった時から様子がおかしいということは、その瞬間に魅了魔法にかけられて、傀儡になったと……あの子は自分の意志でリリーを選んだのではないのね?」

「はい。その可能性が高いです。しかし、そうだとしても明日の成人式を終えれば兄上は元に戻るかと」


 成人式で龍の眼の光を浴びた王族からは、ありとあらゆる穢れが落ち、あらゆる魔法への耐性もつく。自身にどんな強力な魔法がかけられていようとも、龍の眼の光はそれを浄化してくれる。


「ヴィンセント。明日、フリードリヒが成人式を終えると同時にお前が王太子になれ。フリードリヒは平民に降下とし、男爵令嬢は身分剥奪後に、王立魔法研究所に魅了魔法の実験体として提供後、反逆罪で処刑する流れになる……よいな?」

「……はい」


 ヴィンセント王子は頭を下げる。あの優秀な兄様が……という気持ちが離れなかった。ヴィンセントが王に取りなしても、フリードリヒがした事は取り消せない。

 あの婚約破棄の後、知らせを受けたヴィンセントは急ぎフリーデを捜索させたが、その足取りは掴めなかった。

 王太子の私兵がフリーデを連れ出したのかと思ったが、私兵は王宮の人間ではなかった。リリーが手配した破落戸(ごろつき)が王太子の私兵のふりをしていたのだろうと捜索隊は断言した。辺境の深い森の中でフリーデのものと思われる切り裂かれ散り散りになったドレスがみつかったが、フリーデの遺体は発見されていない。

 連れ出した破落戸に襲われたのか、魔物に襲われたのか、どこかへ逃げたのかまだはっきりしないが、王家の力を尽くして捜索していた。

 優しく美しかった兄の婚約者が、凄惨な姿で発見されなくてほっとしたが、事態が深刻であることに変わりはなかった。

 兄は身分を失い、自分には兄が受けていた王家を継ぐ者としての重圧が一気にのしかかってくる。

 どんな時でも、いつもヴィンセントを気にかけてくれた兄を、自分はどうすることもできない……


「兄様……」


 窓から春の暖かい日が差し込む。

 王の私室を出た後、兄と楽しく過ごした麗らかな午後を思い出し呟いた。


変更しました。


オルシーニ宝石商→シェラード宝石商

王→ルドルフ王

王妃→アリシア王妃

クラウス→フランツ

アイリス→クラリス

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